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02 兄妹事件⁉ 法律、規律十条‼


「おい、俺は別に悪いことはしていない」

「少しは落ち着け」


 来栖尚央が自宅近くの道端にいると、荒々しい声が響いてくる。

 何事かと思い、首を傾げていると、服の袖のところを引っ張られたのだ。


「もしかして、これって、兄妹事件かも」


 妹は真剣な眼差しで言う。


「兄妹事件? なんだそれ」

「それはね。兄とか妹が国のルールを破った事件のことを、兄妹事件って言うの」

「そ、そうなんだ」


 よくわからないが、尚央は妹の意見を聞き、なんとなく頷いた。


「鈴ちゃん、ちょっと行ってみよ。お兄ちゃんもね」

「うん」


 鈴は頷く。


「お、おう」


 尚央は軽く反応したのち、妹に手首を掴まれ、その場所まで向かうことになった。

 一体、何が起きてるんだろ。






「いや、だからこれはさ、俺が悪いんじゃない。妹の方が悪いんだよ」


 とある住宅街のある道の通り。

 声を荒らげて自己主張するのは十代後半くらいの男性。大体、来栖尚央とさほど変わらない年頃のように思える。

 その口論している二人の周りには、そこらへんに住んでいる住民らが佇んで、興味ありげに見ていたのだ。


 なんか、相当な事件のようだ。

 そもそも、住民といっても、若い感じの男女しかいなかった。


「けど、君は何の許可もなく、他の妹と一緒にいたんだよね」


 警察のような風貌の男性は、職務質問するかのような口ぶり。向き合っている相手に問うと、その男性は嫌そうな表情をして見せた。


「あ、ああ。それが何なんだよ。悪いのかよ」


 強気な口調。

 絶対に自分は間違ってはいないといった発言である。


「はい。そうですね。あなたは兄妹規律十条を知らないんですか?」

「し、知らないよ、そんなの。ああッ、面倒くさいな。それより、俺は他の妹と会う約束があるんだ」


 男性は激しく反論する。

 自分勝手な意見ばかりで、背を向け、その場所から立ち去ろうとしていたのだ。


「ちょっと、待ってくれ。まだ話は終わっていないが?」


 警察が、男性の肩を掴み、行動に抑制をかけた。


「うるさいな。待ち合わせなの、わかるか?」

「ええ。それはわかりますが、今の話は終わってないですが?」


 警察は冷静に対処している。


「終わってんだよ。早くしないと、あの妹から怒られるからさ」

「はああ……あなたはよくない方だ。少し別のところで話をしようか?」

「あ、なんでだよ。俺は忙しいんだ。って、おい、俺から手を放せよ」

「それは無理です。兄妹規律十条――、今、付き合っている妹の許可なく、他の妹と付き合う事への処罰ですね。まあ、別のところに、あなたの被害にあわれた妹さんがおられますので、そこに行きましょうか」

「だから、俺は。あの妹とは別れたんだよ。関係ないだろッ」


 十代くらいの男性が声を荒らげると、別のところから他の警察がやってきて、両手を取り押さえられていた。


「おい。俺を離せ」

「無理ですね。規律違反なので、署まで来てもらいます」

「ああ、なんだよ、あの妹の奴。別れるって言ったのに。なんで、なんで、ここまで俺の人生を狂わせようとするんだよッ」


 不満な感情を吐き出すように、その場に言い残した後、警察の方々に連れていかれるのだった。






「な、なんだったんだ。さっきは」


 パトカーのサイレンが鳴り響く頃合い、来栖尚央は隣で一緒にその光景を見ていた妹に問う。


「あれはね、規律違反をした兄だからだよ」

「規律違反? 十条ってことは、他にもいろいろあるのか?」

「うん。私はそんなに本を読めない方だから、すべてを把握してるわけじゃないけどね」


 妹は軽く笑っていた。

 兄妹の関係性が崩れただけで、あそこまでの事件に発展するのか。


 怖いというか、これが夢の中だと思えば、納得ができるというもの。


「ねえ、お兄ちゃん」

「なに?」

「ねえ、私の許可なく、他の妹に手を出したら、どうなるからわかるよね?」

「んッ……ああ、わかってるさ……」


 すべてが分からなくとも、妹の闇に満ち溢れた、その表情を見た瞬間、なんとなく察することができた。


 ただでは済まないだろう。

 余計なことなんて考えない方がいい。

 尚央はそう思った。


 まあ、本当であれば、初めてできた彼女とデートする日だったのだが、今日は妹と一緒にいよう。

 というか、この世界は、夢なんだ。

 どうせ、待ち合わせ場所に行っても彼女なんていないだろう。

 尚央は、妹の梨華を見やった。


「ねえ、どうしたの? もしかして、キスしたくなったの? いいよ、私は♡」

「ち、違うからッ、どうしてそうなるんだよ」

「梨華ちゃん、大胆だね」


 妹の友人らしき女の子が頬を赤らめ、恥ずかしそうに二人を見ていた。


「というか、こんな場所でキスとか……兄妹同士おかしいだろ……」


 尚央は自分でも、なんでこんな経験をしなければいけないのか、意味不明だ。


「そ、そうだ。梨華ちゃん。この前ね、この近くに新しいお店ができたみたいだよ」


 鈴が話題を変えてくる。

 気まずい空気を一気に書き換えてくれたのだ。


「そうなの? 私、行きたい。お兄ちゃんも一緒に行こッ」

「ああ、いいけど。デートするとか、そんなこと言ってなかったか?」

「あれー、もしかして、その気になってくれたの?」

「そうじゃないし」


 なんで、妹と付き合わなければいけないんだよ。

 まあ、今日だけだし。

 そもそも、夢の中なんだ。


 気軽な感じに付き合ってしまえばいいか。

 来栖尚央は自分の心を言い聞かせ、強引にも納得させた。


「それで、どこのお店なの?」

「あっちの方だよ」


 二人の女の子は楽しそうな感じである。 

 そういや、あまり妹が喜んでいる姿、見ていないな。

 口数が少ない妹のことを振り返り、複雑な心境になる。


 そもそも、この目の前にいる妹は本当に、あの妹なのか?

 不思議でしょうがない。

 幼い頃の妹を見ているようだった。


「どうしたの、お兄ちゃん」

「いや、なんでもないから。ちょっと考え事をしていただけさ」

「へえ、そうなの。エッチなこととか」

「なんで、そういう話になるんだよ」

「私はいつもでもいいのにー」


 妹は口元に指先を当て、誘惑してくるかのようだ。

 なんで、妹の如何わしいところを見ないといけないんだよ。

 そ、そんな姿見ても、興奮とかしないし……。


 尚央は顔を背け、瞼を閉じたのだ。

 妹に欲情とかおかしいしな。


「梨華ちゃんのお兄さんって、変態なの?」


 唐突な妹の友人の発言。


「え? いや、そうではなく――」


 尚央が言おうとしたときにはもう遅い。


「そうなの。私のお兄ちゃんは変態なの。毎晩私の部屋に入ってきて、勝手にね。私が寝ているお布団の中に入ってくるの」

「ええー、そういう関係にまで発展してるんだね」


 鈴は頬を紅葉させ、興奮気な口調になり、妹の話を聞き入っていた。


「いいな。私のお兄さん。別のところにいるし」

「鈴ちゃん。色々なことがあると思うけど、もう一度、お兄さんを作ってみたら? 私、探して紹介してあげるよ」


 梨華は友人の手を握ってあげて、勇気づけていた。


「え、いいよ……私もすぐに……欲しいというわけでもないけど……」


 鈴はなぜか、尚央の方をチラッと見た。

 ん、な、なんだ。さっき見られたのか?

 で、でもなんで?


 まさか、俺のことが好きだというのか?

 いや、ほぼ初対面なのに、好きになるなんてないよな。


 まあ、年下の子は、妹の梨華だけで十分足りている。

 余計に、年下の子と関わりたくはない。


「鈴ちゃん、その話はあとにして、今はそのお店屋さんに向かおッ」

「そ、そうだね」


 チラッ――

 また、その子の視線を感じた。


 ま、まさか、本当に気があるのか?

 でも、鈴ちゃんが俺のことを好きになるとか、そういう経験もしたことないしな。

 まったくわからない。


「お兄ちゃん、どうしたの? なんか、挙動不審だよ」

「挙動不審って、俺はそんなに変質者じゃないし」

「そんなにって、少しは自覚あるの?」

「いや、ないから」


 尚央は言い切った。

 断じて、そういった人でもないし。妹に欲情したり、ロリコンとかそういう類の人種でもない。


「でも、私の他に付き合っている子がいるとか朝言われた時は、どうかしたんじゃないかって思ったよ」


 妹はいきなり、頬を膨らませ、ちょっとだけ不満げな発言をしてみせていた。


「ええ、梨華ちゃんのお兄ちゃん、他に好きな子がいるの。それって規律違反になるんじゃないの」

「そうなの。だからね、私、法律の本を見せて、その子とは付き合わないようにしたの」

「へえ、凄いね。お兄さんが別の子と付き合っていたら、さっきの男の人のように捕まっていたかもね」

「そうなの、ギリギリセーフって感じ」


 妹は自慢げに言う。


「そうだ、お兄ちゃん、勝手に付き合っちゃだめだからねッ、わかった?」

「は、はい」


 いきなり距離を縮めてくる妹は、ハッキリとした口調で言い放つ。そして、つま先立ちになるなり、その指先で尚央の胸元らへんをなぞっていた。


 んッ――

 擽ったい。


「あはは、お兄ちゃんの反応、面白いー」

「もう、梨華ちゃん、お兄さんをそんなに弄ったらよくないよ」


 妹からバカにされた感じだ。

 心底イラッとした。


「まあ、そういうことだから気を付けてよねってこと。ね、早く行こ、お兄ちゃん」

「え、あ、ああ……」


 妹から手首を掴まれ、転びそうになりながらも、鈴が言っていたお店に向かい歩むのだった。


 これからどうなるんだ、俺……。

 早く夢から覚めたいって。


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