前世の記憶が蘇り、死亡フラグが来ました
これは雨の酷い嵐の夜のことだった。
私は旦那の寝所に続く廊下を歩いていた。
コツコツと足音が廊下に響き、遠くから雷の音が聞こえる。
国王である旦那は大変忙しく、寝所に呼ばれるのは2ヶ月ぶりだ。
国王である彼に嫁いだのは4ヶ月前のこと。
私の家系は代々魔女の血を受け継ぐ辺境の伯爵の血筋で、政略結婚であった。
国王には妻がいたが、子供を1人産むと静かに息を引き取ってしまった。
その妻はもともと体が弱く、子供を産むのは無理だと言われていた。
国王は産むことを反対していたようだが、断固として彼女は譲らなかった。
子供は白雪のように真っ白で美しい肌をしていたことから白雪姫と名付けられた。
生まれた赤子は女の子であったがために、跡継ぎの男の子を求められた国王は拒むことも出来ず、私を娶った。
だが私の体に触れることはとうとうなかった。
初夜、彼は私に一切触れずソファで眠り、朝日が上り薄明かりが窓から射し込んだ頃、針で指を刺しベットのシーツに血を垂らしていった。
妻としての責務を果たしたと臣下やメイド達に示すために。
細やかな気遣いが出来る人なんだと思った。
そして死んだ前妻のことをとても愛していたんだなと、羨ましく感じた。
初夜からちょくちょく呼ばれ、時には一緒に酒を飲み思い出話を聞いたり、良い関係を築けていたと思う。
だが隣国の王子が外遊に来るとかで国王は準備に忙しくしており、寝所に呼ばれなくなった。
忙しいなら仕方ない…と思ったが、前妻の信者にいじめられたりと少しずつ少しずつ悪意が私を蝕んでいった。
寂しい…会いたい…話したい…それが叶わずとも一目でも見たい。
この王城で唯一落ち着けるのは国王である旦那のそばだった。
国王の前では陰湿ないじめを受けないからというのも理由だが、唯一私と対等に話してくれるひとでもあったから。
心をウキウキと弾ませながら、急ぎ足にならないように優雅にでもなるべく早く歩く。
国王の寝所前に到着した。部屋の扉が少し開いている。
中から鈴のなるような美しい女の子の声が聞こえる。
でも何故旦那である国王の寝所から聞こえるのだろうか?
私は少し開いている扉に手をかけ、中をこっそり伺う。
そこには衝撃的な光景が広がっていた。
脱ぎ散らかされた女のドレス…見覚えがある。
全裸の白雪姫とその下に服の乱れた旦那。
血の繋がった親子である白雪姫と旦那がベットの上にいる。
親子で一緒に寝るのは普通のこと?でも白雪姫は裸なのだ。
いくら親子でも裸で一緒に寝るなんてことがあるものか。
汚らわしい…なんてこと!親子であるのにも関わらず…そんなことをしていたなんて反吐が出る。
そんな旦那を慕っていた自分が情けない。
憎い…私は王城でメイド達に迫害されて苦しい日々を過ごしていたというのに……
道理で寝所に呼ばれないはずだ…だって旦那は自分の血の繋がった娘と密通していたのだから!
目の前がガラガラと崩れ、真っ赤に染まる。
憎い…汚らわしい…野獣め…殺してやる…
頭がズキズキする、耳鳴りもひどい。
ここで醜態を晒してはいけない!ここにいるのがバレてしまう。
フラフラになりながらも、自室へと引き返す。
王城とだけあって無駄に長い廊下、耐えられず廊下で倒れ気絶してしまった。
気絶している間、夢を見た。
空飛ぶ鉄の塊、人を映し出す箱、足を出した奇抜な服装の女の人に、道を馬車より早く走る箱。
会社に行く道で居眠り運転をしたトラックに突っ込まれて死ぬ………
体がひどく熱くてダルい…ここはどこ?私は誰なのだろうか?自問自答を繰り返す。
目を覚ますと豪華なベットにいた。
ここは……?そうだ私はクイーン・グリムヒルデ。
この国の女王であり、白雪姫の継母で……
「白雪姫の物語に登場する悪役……?」
夢か現実か。私は平成生まれの社会人で……こんな中世ヨーロッパみたいなルネッサンスみたいなベットで寝起きなんてしていない。
トントンと扉を叩く音がし、メイドが静かに入ってくる。
「お目覚めですか女王様、廊下でお倒れになっていたのを発見し、こちらにお連れしたのですが。医者が言うには過労による貧血で倒れたと伺いました。女王の仕事もせず毎日、寝て食べて遊んでを繰り返している女王様が何に疲れたのかは存じ上げませんが……」
メイドの視線が冷たい…これ絶対零度の視線だわ!
しかもサラリと嫌味言われてる!
私メイドになんかした?めっちゃ嫌われてるじゃん!
「今日1日安静にということなのでこちらの薬を飲んでお休みになってください」
そういうとメイドは薬を机の上にドンっと置くと、部屋からしずしずと出ていってしまった。
メイドさんこっわぁぁぁぁ!!!わざわざ薬をドンって置いて行ったよ、ドンって!
頭の中を記憶が駆け巡る。
洪水のように記憶が溢れ出し、その処理に追われた脳はオーバーヒートし、本日2回目の気絶をする。
目を覚ましたらこれは夢で病院のベットの上にいるのでは?と考えたが目を覚ましても、ルネッサンスなベットの上にいました。
窓にはお日様が射しこみ、お昼ぐらいの時間なんだろうと考える。
気を失っていたのは短時間みたいだ。
とある弾みで前世を思い出すとかどこのテンプレ小説よ!なろうの読みすぎだって!
でもどう頑張ってもこれは現実なんだと思い知らされる。
目をつぶって開いてを5回繰り返すも夢からは覚めない!
ほっぺた、腕、お腹、足、抓ってみたけどめっちゃ痛い!
そうだ私は、旦那である国王と血の繋がった娘である白雪姫がベットの上でアハンウフンなことをしてるのを見たんだった!
じゃあなに?その衝撃的なシーンを見たことによって前世の記憶が蘇ったってこと?
そんなバナナ!じゃなかったそんなバカな!
異世界転生系って俺TUEEEE!みたいな奴とか、女の子とかなら乙女ゲームの世界に転生して逆ハーレムでキャハハウフフするのがテンプレじゃない!?なのに何故…グリム童話の悪役に…
おかしい!おかしいよ!
ここまでテンプレにするなら全部テンプレ展開にしてよ!
だってこの白雪姫、ヤバいやつじゃん!
父親と娘が〇〇〇(規約によりピー音必須)してんだよ?
それってグリム版の童話じゃん!めちゃくちゃグロいやつじゃん!
ディ〇ニーの白雪姫だって、雷に打たれて死ぬっていう悲惨な最後を迎えるのに、グリム版の白雪姫なんて鉄を赤くなるまで熱した靴を履かされて死ぬまで踊らされるんだよ?
誰か嘘だと言ってぇぇぇぇ!!死にたくない〜〜!!
前世だってうら若き乙女だったんだよ!?
仕事行く途中で死んじゃったんだよ!?
享年23歳(推定)なんだよ!?
若くして死にすぎでしょぉぉぉ!!
前世のお母さん、お父さん…異世界転生の弊害か顔は全く思い出せないけど、親不孝な娘ですみません。
ということでこっちの世界では長生きしてやるんじゃぁぁぁ!!
というかなんで私殺されるんだっけ?
白雪姫を殺そうとするからだよ!じゃあ白雪姫を殺そうとしなければいいんじゃん?天才か!
隣国の王子も私を殺そうとしてくるのは白雪姫が原因なんだから、そもそもいじめなきゃいいだけの話……うん、大丈夫!
白雪姫に近づかず、謙虚に生きていれば生き残れる…
でも待って?そういえばなんで私、白雪姫と国王の〇〇〇(規約によりピー音必須)を見ちゃったんだっけ?
そうそう…手紙で国王に呼び出されて……
今思うんだけど呼び出すならお付きの人に言伝を託すような人なんだよ、王様って。
でも国王に会いたかった私は浮かれて……
そもそも白雪姫と密通しているのにバレたらヤバいであろう私を呼び出すという意図がよくわからない。
見せつけて興奮するタイプの変態?でもリスクが高過ぎるし、そんな愚行を犯すような人ではない。
じゃあ、誰がなんのために?
背中がゾゾゾッと寒くなる。
嫌な予感しかしない………ここの王城に留まっても平穏に暮らせると思えない。
メイドにも嫌われているようだし。
落ち着け、会社で言われたでしょ…正しく状況確認をしてから決断をくだすようにと(ここ会社でもなんでもないけど)。
とりあえず、様子を伺った方がいいでしょ!
考えるのがめんどくさくなった私は置かれた薬湯を飲んだ。
「ウエッ…にが〜い、まっず」
薬湯はこの世のものとは思えない匂いと、この世の全てのえぐみを集めたかのような苦さと不味さだった。
これってメイドからの嫌がらせなんじゃ……まさかね。
「あれ?…なんか急に眠気が……」
唐突な眠気に意識がフェードアウトする。
さっきから気絶したり、何回フェードアウトすればいいのよ!
無駄な抵抗虚しく深い眠りに落ちた。
もしかしてこの薬湯…毒入ってたんじゃ…ないでしょ…うね……?
体がフワフワする。
ここは…そうかグリムヒルデが生まれ育った場所。
意地悪な顔をしたおばあちゃんが大きな鏡を差し出す。
『グリムヒルデ…お前にこの鏡をあげよう。この鏡は魔法の鏡だ。この鏡はなんでも見通す不思議な力を持っており、魔境のような王城を生き抜く力を授けてくれるであろう。いいかい、困ったことがあったら使うんだよ。でもあまり使いすぎてはいけない。なんでも見通すなんて人生つまらないだろ?』
そうか、この人はグリムヒルデのおばあちゃん。
というかこの悪役顔は遺伝なんですね、わかります。
「……デ!………!」
誰かが私の体を揺する。
もっと寝ていたい…だってここだと体が軽いんだもん。
「グリムヒルデ!ずっと眠っているが体は大丈夫なのか?」
それでもしつこく体を揺さぶってくる人に根負けし、意識を浮上させる。
目の前に心配気な顔をした渋いイケメンがいる!
「渋メン……」
「グリムヒルデ!目を覚ましたか!2日間眠っていると聞いて心配で来たんだ!」
あ、この人は……グリムヒルデの記憶の中にいた。
白雪姫とベットで〇〇〇(規約によりピー音必須)をしていた国王やんけ!!
なんでいるの?というか2日間眠ってたとか寝すぎじゃーん!……いややばくない?2日間眠ってるって尋常じゃないよ?
絶対一服盛られてるって!
というか普段忙しい国王が心配して見に来てくれるって、勘違いしちゃいそう!
優しい!好き!……!でも娘と〇〇〇(規約によりピー音必須)してたんだよなぁ〜。
「あの…ゲホッゴホッ…ゴホッ…」
喉が乾燥して言葉が上手く出てこない。
喉が痛い!2日間そりゃ何も口に入れてなけりゃそうなるよね!?
「大丈夫か?グリムヒルデ…ほら水だ」
国王自ら水を差し出してくれる。
その水を受け取ると一気に飲んだ。
プハー!生き返ったぁぁ!!
「白雪も物凄くお前のことを心配していたんだ。あとでお見舞いに花を持ってくると言っていたよ」
「ブーー!」
口に含んでいた水を思わず吹き出す。
死亡フラグの白雪姫がお見舞いにくる?花を持って?
いやぁぁぁぁぁ!!会いたくなーい!
娘と〇〇〇(規約によりピー音必須)してた国王にも会いたくなかったけど、白雪姫はもっと会いたくない!!
トントンと扉を軽くノックする音が聞こえる。
「お義母様が倒れたと聞いて、お花を積んできたのだけれど…入っていいかしら?」
この鈴の音を転がしたかのような美しい声は……白雪姫!?
いぃぃぃやぁぁぁぁぁ!!死亡フラグが歩いて来たぁぁ!
「あぁ、白雪姫か。入りなさい。さっきグリムヒルデが目を覚ました!」
そこ!我が物顔で入りなさいって言うんじゃないよ!
部屋の主は私だぞ!
というか目を覚ましたというより、強制的に起こされたという表現の方が正しいのでは?
起き抜けに死亡フラグとのご対面は無理!
どうしよう!開けないで!入って来ないでぇぇ!!
だが私の願いも虚しく扉は開かれ、白雪姫が入ってくる。
「まぁ!お義母様!目を覚まされたのですね!一向に目を覚まさず寝ているとメイドから聞いた時はすごい心配だったの…お体の調子はどうですか?」
白雪姫は花束を机の上に乗せると、私の手を握る。
心の中でひぃっ!?と悲鳴を上げる。
死亡フラグが……死亡フラグが手を握ってきた!
「ご、ご心配をおかけしましたわ……もう体調も大丈夫デス…」
やっとの想いで当たり障りのない言葉をひねり出す。
「ならよかった!お義母様になにかあったら…私、心配で食事も喉に通りませんもの!」
そういうと白雪姫は大袈裟に胸を撫で下ろす仕草をした。
……なんて言うんだろ、計算し尽くされたぶりっ子臭を感じる。
コンコンと控えめなノックをすると、小間使いが部屋に入ってくる。
「白雪は心配性だな…2人が仲良しで嬉しいよ!……すまないがそろそろ仕事に戻らねばいけない時間のようだ。……そうだ、グリムヒルデ…医者を手配しておいたからちゃんと診察を受けてくれ。心配だから…また会いに来るよ」
そういうと国王は小間使いを従えて部屋から出ていってしまった。
部屋に残ったのは死亡フラグこと白雪姫。
2人っきりになっちゃったぁぁぁぁ!!出ていくなら白雪姫も一緒に連れて行ってよ!とか八つ当たりを国王に向けていると、診察の邪魔になるからとそそくさと部屋を出ていった。
よかったぁぁぁぁ、生きてる!
私は生きてることに感謝し、自分の肩を抱く。
不意に白雪姫が持ってきた花束が置かれた机に目を向けると、綺麗な白百合が置いてあった。
確か百合って首落ちの花って言われてて、お見舞いの時に持ってくると縁起の悪いって言われてる花だったような……
か、考え過ぎだよね?
そんな話、こっちの世界ではないかもだし?
白雪姫からもらった白百合は花瓶に活けて、普段目に入らないような所に置いておくことにした。
死亡フラグからのお見舞いの品とか怖すぎるし!