奈々とあずきの月旅行 (エピソード0)
今、書き溜めている長編小説があります。それの主人公が野咲あずきです。
これはその4年前のお話。エピソード0になります。
小説を書くということ自体が初めてなので、ルールも勝手も分かりません。
でもとにかく、書いて、完結させることだけは出来ました。
まずはここから。
そして、これで得られる感想を元に、本編の方を完成させたいと思います。
粗削りで稚拙な処女作ですが、少しでも誰かの感性に刺さるといいな。
「迷子の保護??」
月宮奈々は思わず大声をあげた。周りの署員が一斉に奈々を見る。その目が言ってる。『面白そう』と。
「あの、署長?確かにわたし、幼いころからしょっちゅうここに来てる気もしますけど、わたし、ただのJKで、今回ここに来たのは職業体験の一環であって、つまり、何の権限も持たない一般人なんですよ?分かってます?」
「もちろん分かっとるよ」
鼻の下に、マンガのようなツインちょびヒゲを生やした署長が答える。
「でもさ、奈々ちゃん。これこそ職業体験だとは思わん?」
「わたしの体験したいのは、日々の普通のお仕事です!!街の見回りをしたり、交通違反を取り締まったり、色々あるじゃないですか」
「ここ、魔法世界よ?みんな箒に乗って移動しとるのよ?交通違反は無いなぁ」
署長がボヤく。
奈々が署長をギロっとにらむ。署長が首をすくめる。
「あぁもう!!職業体験の申請、別のとこにすればよかった。何となくで選ぶんじゃなかった」
「いや、ここで正解だよ。だって奈々ちゃん警官になるもの。しかもここで。6年前、キミが初めてここに来たときからわしは予知していた。今回のこの件は、いい経験になるだろう。キミの後輩になるであろう少女を導いてやってくれんかね」
「変な予知しないでください!!」
怒鳴られて、署長が机の下に逃げ込む。
「・・・それで、どこに行けばいいんですか?」
奈々が怒りをおさえて静かに聞く。
「やってくれるの?」
署長が机の下からヒョイっと顔をのぞかせる。
「だって・・・可哀想じゃないですか」
顔をそむける奈々を見て、署長がニンマリ笑う。
「じゃ、情報ね。保護対象は『野咲あずき』ちゃん、8歳。なんと、かの魔法使いの名門、バロウズ家の孫娘だ。対象は祖父母の家に遊びにきた際、誤ってゲートを通ってしまったらしい。
今、2番ゲートのサマンサさんのところで保護されている。彼女がサマンサさんのところに行くのは、本来あと4年は先の話なんだけどね。
ともあれゲートはもう閉じてしまったので、最低限、個人用ゲート作成可能なこの近辺まで連れてきて、そこから祖父母の家に送り届ける必要があるということだ」
「え?だってバロウズ家ってイギリス人でしょ?8番ゲートのクレアさんとこじゃないんですか?」
「およ?知らなかったかい?何年か前に、『リチャード=バロウズ』氏は、当主の座を息子さんに譲って、奥方を連れて娘さん夫婦のいる日本に移り住んだんだ。孫可愛さってやつだね〜。
しかも地球側の門番も兼ねての移住だったから、新居は2番ゲートのすぐそば。今回それがアダになった」
「だから2番ゲートなんだ・・・」
「バロウズ氏も大慌てでこちらに電話を掛けてきた。今回、娘さんとお孫さんが先行してバロウズ氏のところに遊びに来てたんだけど、こうなっちゃったろ?魔法世界のことを全く知らない娘婿さんが合流するのは明日の晩。仕事が終わったその足で特急に乗ってくるそうだ。その前に、あずきちゃんをバロウズ氏のところに連れ帰らなきゃならない」
明日の晩?奈々は計算する。箒で移動したとして、2番ゲートまで行くのに1日。ここまで戻ってくるのに1日。半日足りない。間に合わない。
「と、思うだろ?」
奈々の思考を読んだかのように署長が言う。
「今回、バロウズ氏の案件でもあるからね。魔法世界の実力者、こちらの世界への多額の寄付もある。そこは奥の手を使ってでも何とかしようじゃないかってことで、これ」
署長は奈々に1枚のカードを手渡した。一見、何かの会員証かクレジットカードのような見た目だ。表は金地に六芒星。裏側には複雑な文様が描かれている。
「これ、まさか」
署長が黙ってうなずく。
このカードは激レアの『ブーストカード』だ。これを使用すれば、すべての魔法が、最大で倍の効果を発揮する。ただし使いどころが難しい。
箒で飛べる速度は時速40キロメートル程度だ。全力で飛ばしてもせいぜい60キロ。それだって風防魔法を使って風を避けつつでないと飛ぶことは出来ない。では倍の120キロになったら?風防壁を何重にもほどこしても、あっという間に消費しきるだろう。
「じゃ、早速飛んでちょうだい。各所には最大限の助力を頼んでおいた。あぁそれともう一つ。対象はまだ幼い。かつての奈々ちゃん同様、いつか必ず初心者魔法使いとしてここに来る。そのときまでこの地、魔法世界のことは忘れていてもらう必要がある。今回のゲート移動はあくまで事故だからね。頼んだよ」
「はい!!じゃ、行ってきます!!」
奈々は箒にまたがった。
「ベントゥス(風よ)」
奈々の足元で風が渦を巻く。箒にまたがった奈々がゆっくり宙に舞う。
「フォルティス ベントゥス(強風)!!」
箒の穂先がまるで生き物のように激しく震え、奈々はかっ飛んだ。向かうは東。日本からのゲートがある2番ゲートへ。
ここは現地名で『魔法世界シャンバラ』という。地球人には単純に『月』とも呼ばれている。月?そう、あの月だ。
12世紀。地球で吹き荒れた魔女狩りの嵐から同胞を逃がすため、ある大魔法使いが月と地球を繋いだ。大魔法使いは月の女王と盟約を結び、同胞を月に逃がすことに成功した。この移住で数万人の命が助かった。
だが問題が一つ。いくら大魔法使いが凄腕でも、月と地球を結んだのだ。力には限りがある。数か月でゲートは閉じてしまった。しかも高齢でそんな大魔法を使ったため、体に無理が祟ったのだろう、その後すぐ亡くなってしまった。こうして移住組は月の種族、月兎族とともに月で生きることになった。
時代は流れ、18世紀。魔女狩りなんて言葉がすっかり忘れ去られたころ、地球で細々と生き延びた魔法使いたちと、月に移住した魔法使いの末裔たちが協力して、再びゲートを開くことに成功した。こうして6世紀ぶりに地球と月の魔法使いたちの交流が再開した。
なぜそんなことが誰にも知られずにいるかって?答えは簡単。月の文明の存在を知られたくない月の女王の命令によって、月の表面に、月兎族と魔法使いたち共同による大規模な認識阻害魔法が掛けられているからだ。地球からの望遠鏡や月面探索をもあざむく高度な魔法だ。
かくして『月の重力は地球の1/6。表面は真空』などと学校では教えられ、誰もそこを侵略しようとも思わないし、おかげで月は、平和を保っていられる、というわけだ。
魔法は『マナ』と呼ばれる魔素を消費することによって発動する。ところが地球には、月面にならふんだんにあるマナが極端に少ない。しっかり魔法を学んだ魔法使いなら正常に魔法を使うことが出来るが、初心者には暴走の危険がある。
ということで、目覚めたばかりの初心者魔法使いは、月の女王に謁見し、魔法使いなら誰しも体内に持つ魔法核を強化してもらう必要がある。これは、かの大魔法使いと月の女王との盟約の一つにもなっている。
6年前、奈々もゲートを通ってここ魔法世界に来て、月の女王に会う旅をした。12歳のときだ。奈々はその後、地球に戻ったあとも、ちょくちょく魔法世界に遊びに来ていた。日本とつないだゲートに近い街であるがゆえに、あえて1970年代、高度成長期の日本を模して作られたこの東京タウンは、奈々のお気に入りの街の一つだった。なにせリアルテーマパークだ。18歳になった奈々が職業体験としてこの街を選んだのも無理はない。
ちなみに、地球に住む、ある程度強力な能力を持つ魔法使いであれば、直接地球-月間に個人用ゲートを開くことが出来る。ただしそれは、マナが安定している月の都市部に対してのみだ。魔法乱流の渦巻く辺境の地、8箇所ある固有ゲートのある辺りには個人用ゲートは開けない。ということは、どうあってもそこまでは、自力で行くしかないということだ。
今回の保護対象『野咲あずき』もいずれ正式な手順を踏んで、魔法世界に来るだろう。魔法使いの名門、バロウズ家の血を引いているならなおさらだ。魔法能力への覚醒を避けることは出来ない。
ならば魔法使いの先輩として、今回はちゃんとお家に帰してあげなくっちゃね。
奈々はクスっと笑って、箒を急がせた。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
野咲あずきの第一声はこれだった。床に四つん這いになりながら、ぜぇはぁぜぇはぁ息をする。腕時計を見る。夜の10時だ。奈々は朦朧とする頭で計算した。朝10時に向こうを出て、今は夜10時。東京タウンからここ2番ゲートのある初心者の館まで、休憩を何度かはさみつつ、通常なら一日掛かる距離を、ブーストカードを使って12時間で踏破した計算になる。上出来。
だが奈々の状況はといえば、髪はグシャグシャ、メイクもパッサパサ。目の下なんかくっきりクマが浮き出ている。足腰も立たないくらいヘトヘトだ。でも仕方ない。あずきを乗せた状態でブーストカードを使ったら、あずきがもたない。使うならまず行きの飛行中だ、と思ったら、まぁキツいこと、キツいこと。
だがこれでブーストカードの特徴が分かった。ブーストカードは、無条件に倍の能力が使えるようになるわけじゃない。その分、ごっそり使用者の魔力を持って行かれる。疲れ方がハンパない。使いどころを考えないと、この任務、遂行出来ないぞ。
「久しぶりね、奈々。随分大きくなったじゃない」
2番ゲートの月側の管理人、月兎族のサマンサがコップに水を入れて差し出す。頭の上にウサギの耳そっくりな物体が二本、立っている。これが月兎族だ。
奈々は引ったくるようにコップを奪って水を飲んだ。おかわりまで飲んで、ちょっと落ち着いた奈々は、サマンサを見、次にそこに立つ少女を見た。
確か8歳、小学二年生と言っていた。背中辺りまで伸びた黒いストレートロングの髪がとても綺麗だ。奈々のくせっ毛と違って、天使の輪が浮かんでいる。くるっくるの大きな目が興味津々といった感じで奈々を見つめている。
「初めまして、あずきちゃん。お姉ちゃんがあずきちゃんをママのところまで連れてってあげるね」
そう言ってニッコリ微笑んだ直後、奈々はその場に力尽き、気を失った。
目が覚めた瞬間、奈々の背中を冷や汗が走った。ベッドに寝かされている??奈々は慌てて起き上がった。時計を見る。短針は12を指している。夜?昼?部屋の窓から外を見ると、真っ暗だった。どうやら夜の12時ということらしい。2時間も眠っていたんだ・・・。
となりのベッドに目を移すと、そこに少女が眠っていた。今回の保護対象のあずきちゃんだ。奈々はあずきを起こさぬよう、そっとベッドから起き出し、部屋のとびらを開けて1階に降りた。
1階ではまだサマンサが起きていた。暖炉の前に置かれたロッキングチェアに腰掛け、編み物をしている。
「起きたのね。コーヒー淹れよっか?」
サマンサが優しく微笑んでキッチンに消える。
「ありがとう。随分寝ちゃってたね、わたし」
サマンサはすぐにコーヒーを持って帰ってきた。魔法で火を起こすから、沸騰も早いのだ。
「胸のそれ、はがしちゃっていいわよ」
サマンサに指差された先、奈々の胸に札が貼ってあった。ブーストカードだ。サマンサがこれを使って、奈々に治癒魔法を掛けてくれたようだ。
月と地球を結ぶ固有ゲートは8個ある。それぞれが世界の主要都市に配置されている。サマンサは日本と月を結ぶ、2番ゲートの管理者だ。同時に専用の初心者の館の運営をも任されている。
だいたいにおいて、ゲートの管理人に指名される人は、強力な魔法使いが多い。そのサマンサが治癒魔法をブースト付きでかけてくれたのだ。疲れも取れるはずだ。
「ねぇサマンサ。どうすれば間に合うと思う?」
奈々はすすめられたイスに座り、コーヒーに口をつけた。あたたかく、甘い。じんわり体に効いてくる。
「箒のブーストは、わたしはともかく、あずきちゃんがもたないわ。ここから東京タウンまで戻るのに普通に箒で飛んだら丸一日かかる。それだと間に合わない。せめて夜6時。今から18時間以内に着かないと」
サマンサはちょっとだけ考える風に首をかしげ、言った。
「・・・車、あるわよ?」
奈々はサマンサに連れられて、家の外に出た。他に民家も無いので、外は真っ暗だ。
「ルクス(光よ)」
奈々とサマンサは揃って魔法で光をともす。そのままサマンサは屋敷の裏に回った。ガレージがある。そこに停まっていたのは、なんと荷台に幌が付いた、白の軽トラックだった。
「買い出し用に使ってる軽トラックよ。これを貸してあげる。これなら荷台にあずきちゃんを寝かせられるし、今出発したら朝には着けるわよ。もちろんブーストカードは必須だけど」
「サマンサ、グッドアイデア!!・・・なんだけど、わたし免許持ってない。運転出来ないよ。サマンサ運転お願いしていい?」
「わたしはもう次の初心者魔法使いさんたちの為の準備でここを離れられないわ。大丈夫、運転と言っても、ここ、月だから免許いらないし。だいたい、地面じゃなくって空を走るしね、この車」
それから30分後、奈々とサマンサは軽トラックの荷台に布団を敷いて、そこにあずきを寝かせた。あずきはぐっすり寝ていて、起きる気配も無い。念の為、サマンサが睡眠魔法とガード魔法をかけた。これでどんなに車が揺れようと全く衝撃を受けないし、東京タウンに着くまで起きる心配も無いだろう。
「安全運転で、とは言えないけど、事故だけは気を付けてね」
「何とかやってみます」
奈々はシートベルトを締め、エンジンをかけた。ボルルン、ドッドッドッド。よし、かかった。ライト、オン!!点いた。足を探る。こっちがブレーキでこっちがアクセル?こう?走らない。
「サイドブレーキはずして」
あ、そっか。これね。ゆっくり走り出す。
「説明した通り、ある程度スピードがのったら、飛翔呪文をかけなさい。それで一気に飛べるわ」
「はい!!じゃ、車、お借りします!!」
奈々はアクセルを踏み込んだ。体がシートに押し付けられる。真っ暗闇の中、ライトが二本、走っている。ここら辺には何も無いことは分かっている。ひたすら平らな大地だ。じゃなきゃ、怖くて運転出来ない。いや、むっちゃ怖いけど。
奈々はふところから杖を出した。ダッシュボードに穴が開いている。そこに杖を差し込む。この機能は、月で使う車にしかついていない。
「ベントゥス(風よ)」
杖経由で奈々は車に風の魔力を注ぎ込んだ。魔力を受けて車が震える。
「ボラーレ(飛べ)」
車が浮いた。みるみる上昇していく。車が空を飛んでいる。こんなの地上でやったら大パニックよね。思わず笑う。
右手は杖に。左手はハンドルに。この姿勢を続けるの、意外と大変かもしれない。でも、箒で飛ぶよりは圧倒的に楽だ。
バックミラーを見た。あずきが寝ている姿が見える。お姉ちゃんが、絶対にキミをご両親のもとに帰してあげるからね。
奈々は一瞬だけ右手を杖から外して、胸元からカードを取り出し、ダッシュボードに置いた。ブーストカードだ。行きのブースト箒飛行であれだけ疲れた。サマンサにすっかり癒してもらったとはいえ、帰りも使うのかぁ。少し憂鬱になったが、今は間に合わせることだけを考えよう。
「アクティバーテ(発動!!)」
ブーストカードが光を放ち、奈々とあずきを乗せた空飛ぶ軽トラは猛スピードで飛んだ。
真後ろから光が追ってきた。奈々はサイドミラーを見た。朝日だ。朝日が昇ろうとしている。腕時計を見る。朝5時だ。眼下を見ると、しばらく並走していた川が終わりそうだ。眼前に広がる巨大な森の上を飛ぶ前に、休憩を取るのもありか。うん、そうしよう。ここで2度目の休憩にしよう。
奈々はスピードを落とし、車の高度を下げた。ゆっくりと着地する。ふぅ。疲れた。
「空飛ぶ車なんだね、これ」
「わぁ‼︎‼︎」
思わず大声を挙げた奈々は、慌てて振り返った。リアガラスの向こう側で、少女がニコニコ手を振っている。奈々は急いで外に出て、荷台に回る。
「よいしょっと」
あずきが荷台から降りる。
「ねね、朝日だよ。綺麗だね~~」
あずきが太陽の方を指差す。
「ほんとだ。綺麗だね」
奈々も一緒に朝日を見る。
でも奈々は知っている。この太陽は、地球人の知っている太陽ではない。なぜならあの太陽の光を直接浴びる世界だと人は生きていけないからだ。
月の表面温度は110度からマイナス170度と、280度もの温度差が発生する。それだと生き物は生きられない。
魔法都市シャンバラは地球から見て月の裏側に存在しているが、月兎族は月で生活するため、空に防御魔法を施していた。そこに更に、月の1日を地球と同じ24時間とすべく、疑似太陽を出現させているのだ。どれだけの魔力が必要なのか。どれだけ高度な魔法なのか。奈々には見当もつかない。
「あずきちゃん、いつから起きてたの?」
「ついさっきだよ。太陽がまぶしかったから」
う、可愛い。まるで天使だ。この笑顔を前にすれば、そりゃあバロウズ氏も移住を考えるよな~。
奈々は助手席に置いておいた水筒を取った。中身は月兎族特有のほんのり甘いお茶だ。サマンサがホットにして水筒に入れて持たせてくれた。コップに注いであずきに手渡す。
「温かいよ」
奈々は微笑む。あずきはふぅふぅしながら飲んだ。
奈々はお茶を飲み終わったあずきを助手席に座らせた。優しくシートベルトをしめてあげる。
「街まであと4、5時間ってところかな。大人しく座ってられる?」
あずきがうなずく。奈々はエンジンキーを回した。
森の上空に差し掛かってほんの数分後、いきなり車に強い衝撃が加わった。
フロントガラス、運転席と助手席のドアガラスの三枚が同時に割れる。
奈々は反射的に助手席のあずきをかばった。
「なに??」
爪だ。巨大なカギ爪が軽トラを掴んでいる。
奈々はダッシュボードから杖を引き抜いた。
「トニトゥルーム!!(雷よ)」
高電圧が宿った杖の先をカギ爪に当てる。
「ギャアアアア」
車に掛かっていた圧力が消える。奈々はハンドルを握り直そうとして断念した。計器類が火を噴いている。
「あずきちゃん、お姉ちゃんを信じて」
奈々はあずきを抱き抱え、助手席のドアを蹴破った。一気に外に出る。
地上150メートルからのジャンプだ。普通なら即死する。
「きゃあああああああああ!‼︎‼︎!」
あずきが悲鳴をあげ、奈々にしがみつく。
「箒よ、来い!!」
奈々の命令を受けて、墜ちつつある軽トラの荷台からミサイルのように箒が飛び出す。
奈々は空中でサーフィンのように、足で箒に乗った。
「ベントゥス(風よ)」
奈々は右手に杖、左手にあずきを抱え、足の動きだけで箒を操作した。
周囲を確認する。
翼の生えたドラゴン。飛竜だ。20匹はいる。それが一斉に奈々に襲いかかる。
「ルクス サジータ(光の矢)」
右手に持った杖から何条もの光が飛び、飛竜に当たり、爆発する。
だが、爆風が晴れてみると、飛竜はケガ一つ負ってない。ウロコが硬すぎるのだ。
ダメだ、わたしの魔法程度じゃ牽制にしかならない。
とその時。
奈々の周囲に10個ほど、突如雷球が発生した。それぞれの雷球から雷のムチが幾重にも伸び、奈々の周囲の飛竜を叩く。
飛竜が雷球から逃れようと上空に避難する。
「奈々、こっちよ」
地上から声がする。奈々は飛竜を置き去りにし、一気に下降した。
「リリィさん」
地上を巨大な獣2頭に曳かせた荷車が走っている。
頭の中央に一本、ツノの生えた全長4メートルのオオカミだ。月の生物で『ラク』という。
リリィが手綱を取りながら、奈々に向かって手を振る。
奈々は箒の速度を合わせ、あずきを抱えたまま、荷台に降りた。
「それ‼︎」
リリィが手綱をムチ代わりにしてラクに合図を送る。一気に荷車のスピードが上がった。
前方に滝が見えてきた。リリィはそのまま荷車を滝に突っ込ませた。
濡れたのは一瞬で、荷車は洞窟に入っていた。
滝の裏に洞窟があるなんて。
洞窟は意外に広かった。奥行100メートルはあるだろう。だが残念ながら行き止まりだ。休憩を取るのにはいいが、この後、どうするか。
奈々とあずきは荷車から降りた。御者台から降りたリリィと抱き合う。
「リリィさん、どうして」
「署長さんから連絡を受けてさ、何かあったときのフォロー出来るよう待機してたのさ。今は飛竜の産卵期だからね。あいつら殺気立ってるのさ」
奈々たちが飛竜に襲われたこの森の名を『シムラクルムの森』という。100メートルを超える高さの木々が無数に生え、飛竜だけでなく、色々な猛獣が住んでいる。生きているツタや、強力な幻惑ガスを放つキノコの群生地があったりと、知識の無い人が踏み込むと、生きて出るのが難しい。
リリィはそこの案内人をしている。森の隅々まで知り尽くしている。頼もしいことこの上ない。
「奴らは水に濡れるのを極端に嫌う。だからここには入ってこれない。まぁまずは落ち着きましょう。二人とも、お腹すいたでしょ?」
リリィは荷台から包みを出した。三人では食べきれないくらい沢山のサンドイッチが入っている。
「いただきま~~す」あずきが早速かぶりつく。
奈々は腕時計を見た。9時だ。あと9時間以内に東京タウンに着かないといけない。
通常であれば、時間的には問題ない。間に合う距離だ。邪魔者さえいなければ、だが。
ともあれ今は食事だ。体力を回復しなくっちゃ。奈々もサンドイッチにかぶりついた。
「それ!!」
リリィの操る荷車が滝から飛び出る。走る。走る。上空はるか高くで飛竜が何匹も飛んでいるのが見える。まだ奈々たちは気付かれていない。
洞窟から出る前に、奈々は荷車に認識阻害魔法を掛けた。どの程度気付かれずに距離を稼げるか、賭けだ。
前方に沼地が見えてくる。その上を木製の橋が架けてある。長さは300メートルといったところか。
突如、沼地から飛び出すように、無数の人影が襲いかかってくる。
泥妖『サムヒギン』の群れだ。泥妖は沼地に棲む半人半魚の怪物だ。泥まみれでぬらぬらした皮膚。鋭いカギ爪がついた水かき。二本足で歩くことも出来るが、顔は完全に魚だ。どこを見ているか分からないのがまた怖い。いやらしいことに、奴らは雑食性で、好んで人間も食べる。
認識阻害魔法のせいでこちらの姿は見えなかったはずだが、荷車の走る音で気付かれたか。
「アグニ(火よ)」
奈々の杖から火球が飛び出す。何体かには当たって叩き落したが、二体ほど、荷台に乗ってきた。
「トゥルボ(竜巻)」
奈々の眼前に強烈な上昇気流が発生する。襲い掛かってきた泥妖が吹き飛ばされた。
ところが。
泥妖が沼に落ちる直前、沼から巨大で長い首が現れ、泥妖一体を咥えた。首の直径は1メートル。付いている頭は蛇。水蛇『ストーシー』だ。
水蛇に咥えられた泥妖がきぃきぃ甲高い鳴き声をあげる。次の瞬間、丸のみにされる。水蛇の長い首の中を、胃に向かって落ちていく泥妖の姿がくっきり見えた。
水蛇のお陰で、残っていた泥妖は散り散りに逃げ去ったが、安心は出来ない。むしろ、水蛇の目がこちらをじっと見ているのが恐怖だ。さっき食べた泥妖だけでお腹が済まなかったら?今度はこっちに襲い掛かってくるだろう。
丸飲みは嫌だなぁ。
走る。走る。土煙をあげて、ラクのひく荷車が橋の上を走る。
水蛇の視線はこちらに向いたままだ。既にこちらの動きを捕捉されているので、認識阻害魔法を使ったところでバレバレだ。
水蛇がゆっくり動き出した。こちらに並走するように、沼の中を泳いでいる。長大な体の大部分は沼の中だが、頭はしっかり外に出ている。
ロックオンが外れない。
奈々は水蛇を刺激せぬよう荷台の上でゆっくり後退りし、リリィのそばまで行った。小声で何事か囁く。
リリィがうなずく。
奈々は杖をゆっくり顔の前に持ってきた。静かな声で詠唱を始める。
「お嬢ちゃん、ちょっと揺れるから、しっかり掴まってるんだよ」
リリィの言葉を受けて、あずきが荷車にしがみつく。
リリィも手綱を取りながら、静かに詠唱を始める。
並走しながら頭だけ出ていた水蛇の首が徐々に現れ始める。首は既に10メートル頭上だ。
橋を渡り切るまであと100メートルになったとき、水蛇の頭が一気に降下してきた。
開いた口の中には無数のキバが見える。それぞれの長さが30センチはありそうだ。心なしか、ヨダレを垂らしているかのように見える。
「ルクス‼︎(光よ)」
奈々はブーストカードを使った。強力な光の奔流が辺り一面を真っ白に染め上げる。
「フォルティス ベントゥス(強風)!!」
リリィの呪文を受けて荷車に追い風が加わる。強烈な追い風で荷車が軽くなり、二頭のラクが全力で走り出す。目を眩まされた水蛇は、目標を見失って、その場で立ち往生している。
水蛇は置き去りに出来たが、今の強烈な光は絶対飛龍に気付かれたはず。
案の定、上空に飛龍が集まり始める。
奈々は杖を右手に、ブーストカードを左手に持った。ブーストカードが発光する。
飛龍が何匹か降りてくる。奈々は荷台に置いてあった毛布であずきをくるんで待ち構えた。
「イルージオ(幻影)」
次の瞬間、箒に乗った奈々とあずきが30組現れ、それぞれが高度を取り、散り散りに散っていく。
飛龍がそれを追っていく。
奈々はブーストカードを離さない。念を込め続ける。幻影は複雑な動きをして、飛竜を翻弄し続ける。
何組か、飛竜に噛みつかれるが、その瞬間、幻影は大量の煙を出して爆散する。
空は大混乱だ。その分、荷車に気を向ける飛竜は一匹もいない。
奈々は荷台に座り込んだ。ブーストカードに描かれた文様がゆっくり光を失っていく。
ブーストカードを連続で使った代償だ。体力の消耗が激しい。
「よくやった、奈々。そこでゆっくり休んでな」
リリィが御者台から声を掛ける。スピードの乗ったラク車が土煙をあげて走る。
ガタガタ!!
激しい揺れが奈々を襲う。
奈々は跳ね起きた。いつの間にか寝てしまっていたらしい。あずきが隣で心配そうに見ている。奈々は周りの景色を見た。広大な草原が広がっている。
「もう森は抜けてるよ。が、済まない。ちょっと停めるよ」
三人は荷車から降りた。後輪の軸が折れかけている。
「こりゃダメだね。ちょっと無理をさせ過ぎたみたいだ。ここから飛べるかい?」
「大丈夫。街に着いたらすぐ人を寄越してもらうから、リリィさんはここで待機していて」
奈々はラクを撫でた。ありがとう、ここまで運んでくれて。
「いらっしゃい、あずきちゃん。お姉ちゃんと空のお散歩しましょ」
あずきがうなずく。
「ベントゥス(風よ)」
あずきを箒の前に座らせ、タンデム状態になった奈々はゆっくり箒を浮かせた。
「気を付けて行きな」
リリィの声に、奈々が手を振る。
箒はゆっくり上昇し、街に向かって飛んだ。
「箒で空を飛ぶって、魔女さんみたい」
あずきが言う。高所を飛ぶことの恐怖より爽快感の方が勝っているようで、あずきは楽しそうだ。
「そうだね。でも、男性も箒で空を飛んだりするから、全部まとめて『魔法使い』でいいと思うよ」
奈々が答える。街が見えてくる。
「わたしも箒で空飛んでみたいな」
「・・・きっと飛べるよ。今度は乗せてもらうんじゃなく、自分の力で」
「ホント?楽しいだろうな~~」
あずきの屈託のない笑顔に奈々は思わず微笑んだ。
眼下に街が見えてきた。疲れ果てて、あまり早くは飛べない。警察署が見えてくる。奈々はゆっくり箒を下ろした。
「とうちゃ~~く」
思わず安堵のため息が出る。脱力感が一気におそってくる。
「あずき!!」
綺麗な金髪女性が警察署から飛び出てくる。
「ママ!!」
女性があずきをギュっと抱き締めた。
そっか、ママも魔法使いだもんね。迎えに来てくれたんだ。良かったね、あずきちゃん。
いつのまにか署長が奈々の隣に来ていた。
「ミッションコンプリートだ。おつかれさん」
署長がピースサインを出す。
奈々も人差し指と中指を目元に当て、ウィンクしつつ、ピースサインを返した。
奈々は警察署の革イスに座ってボーっとしていた。
あずきは母親との合流後すぐ、地球に戻っていった。母親からお礼をいっぱい言われた。二日間の強行軍による体の疲れもあって、あまり応対出来なかったが、すごく感謝してくれていたことだけは分かった。
「落ち着いたかい?奈々ちゃん」
署長に差し出されたコーヒーカップを受け取る。口を付ける。甘い。
「リリィさんの方、どうなりました?」
「修理も終えて、もう戻っていったよ。心配ない。魔物避けの強力な護符も渡したから帰りは安全だろうし、お礼もたんまりしたから、ホクホク顔で帰っていったさ。問題ない」
「あ、サマンサさん!!わたし、サマンサさんの軽トラ、壊しちゃったんですよね」
「それも連絡を受けている。バロウズ氏の方で新車を用意してくれるそうだ。納車は一か月後でその間不便だが、別口で謝礼も受け取っているようでサマンサも喜んでたよ。心配ない」
「そっか・・・」
砂糖を多めにしてくれたようで、甘く温かいコーヒーが胃を優しく温めてくれる。
「・・・署長、わたし、警察官になる」
「・・・そっか。うん。待っとるよ」
「うん・・・いや、ちょっと!!わたしここの署に入るなんて言ってない!!」
「いや、キミはこの署に配属になる。キミが初めてここに来たときからわしは予知していた。今回のこの件は、いい経験になったろう。キミの後輩になるであろう少女がまたここに来るときの為に頑張りたまえ」
署長は帽子を取った。長耳がピョンっと飛び出る。
署長も月兎族だ。強力な魔法使いで、予知が得意だ。その署長の予知だ。その結果はまず間違いないだろう。
奈々はため息をついた。でも同時にワクワクもする。進路が決まった。
ポンコツ署長の予知だから、すべてがすべて予知通りでは無いだろうが、ここは一つ、乗ってみるのもありだろう。
いつかあの子が再びこの署を訪ねてきたとき、力になってあげられるように。
わたしは警察官になる。
奈々は心地よい疲れを体にまといながら、微笑んだ。
END