僕は君の幸せを祈らないからね
僕の住まいから見える、ひときわ高い塔には
幽閉された毒婦がいる。
その美貌で王すら魅了し、国が傾きかけた。
本来死罪となるところだが、王や官僚の弱みを握る彼女は、死罪なら秘密をバラすと彼らを脅し、死罪を免れ幽閉となった。
「秘密なんて閨のことしかないのに」
彼女は形の良い唇をとがらせ、足をブラブラさせる。
「ちょっとだけ静かにしてもらっていい? 締め切りが明日だから集中したいんだ」
「はいはい。私はガラスの靴でも読んでますよ」
今日のマリーは、波立つ金の髪を一本の三つ編みにしている。本当に塔の上の王女がいるのなら、きっと彼女のようだろう。
「なに、その女の子」
マリーが僕の頭の上を指さす。
もう慣れたけれど、彼女は頭に思い浮かべたものが視えるという特殊な能力を持っている。漫画の吹き出しみたいに視えるらしい。
「僕がいた世界の物語にでてくる王女様だよ」
「それも書く?」
「うーん……結末知らないからなぁ」
「私と同じ、塔に住んでいるのね」
「そういえばそうだ。金の髪で思い出したけど、普通なら塔で思いだすよね」
「あなたは本当に抜けてるわね」
僕とマリーは顔を見合わせ笑い合う。
「なんだか、邪魔ばかりしてしまって悪いわ。今日は帰るわね」
マリーは小さく手を振り、フッと目の前から消えた。
これも慣れた。はじめは転移の魔法かと思っていたら、実は生き霊と聞いた時は驚いたものだ。
幽閉されて暇すぎて、何か娯楽が欲しい!! と願い続けていたら、僕のところに魂が飛んだらしい。
彼女の娯楽は、僕の頭に思い浮かんだもの。
僕は異世界転生して、平民として育った。
魔法のある世界だけれど、僕には何も能力はないし、頭もよくない。前の世界と同じく草食男子の僕は女の子にアプローチもできなかった。
あちらでも異世界でも気づけば一人。
たまに人との交流を求めて、近所の子供に聞かせていた前世の物語が面白いと評判になり、いつのまにか作家になっていた。
そして、生き霊となったマリーと出会ったのだ。
マリーも、僕が彼女に対して欲望が無かったことに驚き、やっと落ち着く場所ができたと喜んだ。
幽閉されていても、世話をする者はいる。それが男女問わずマリーに欲望を向けるという。
――なぜ死刑を望まなかったのだろう
僕は不思議に思う。いつも欲望を向けられる人生がつらいなら、死んでしまえば楽だろうに。
****
気づけば出会ってから5年は経っていた。
僕は変わらず物語を書き、マリーは気が向いた時に現れ、僕の思い浮かべる世界を堪能する。
とりとめない会話を交わし、穏やかな時間を過ごした。
その日は、彼女が少し疲れているように見えた。
いつもなら楽しそうに話を始めるマリーが、口を閉ざしたまま僕の頭の上を眺めている。
少し、居心地が悪い。
「きれいなところ」
マリーが僕の頭の上を指さす。
「ん? ああ、僕の故郷だよ」
「羨ましい世界ね」
「思い出だから美化されているかも」
「私も生まれ変われたら、そこに行きたいわ」
「マリー?」
なぜかそのままいなくなってしまう気がして、思わず名前を呼ぶ。
「あなたのおかげで心の平穏が何かを知ったわ」
「……急に何を言い出すかと思えば別れの言葉みたいなこと言って…僕こそ穏やかな時間を過ごさせてもらって感謝しているよ」
「……あなたを愛すればよかった」
「さっきから一体なんなんだよ」
マリーは柔らかく微笑んだだけで何も答えなかった。
そして、それが本当のお別れだった。
彼女は、自ら毒を煽った。
愛する人と共に生まれ変わりたい、と
最後に語ったそうだ。
彼女は幼馴染の男を愛していた。
男は別の女性を愛し、その女性と結婚した。
それでもいつか男に会える日がくると信じ生きていたのだろう。
最近、男が病で亡くなった。
だからマリーは後を追ったのだろう。
――幽閉を選んだ理由も、死を選んだ理由も愛か。なんだ、結局僕の存在はなんの意味もなかったのか
僕は、マリーを愛し始めていた。
最後の日の「あなたを愛すればよかった」は、
僕が彼女との穏やかな夫婦生活を思い浮かべた時の言葉だ。
――知ったうえで、その選択はきついなぁ……またこんな思いはしたくないなぁ
僕は初めて知った愛する心を育てるのはやめた。
また心に蓋をすればいいだけだ。
明日目覚めたら、きっと忘れてる。
君が願い通りに生まれかわっているのなら
今日の僕は君の幸せを祈るけれど
明日の僕は君の幸せを祈らないからね。
またどこかで幽閉されて会いにきても
優しくしないし文句をいっぱい言ってやるからな!