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身体が粘液の彼女と頭が粘液の私

今回が物語の山場です!是非最後まで一読下さい!

「貴方と白石さんの恋路を、私は全力で邪魔します」

西嶋氏が不気味な悪魔のように鎌を持って、私の唇から延びていく深紅の糸を断ち切ろうと迫ってきたものだから、私は布団から跳び起きた。

「夢か……」

窓からは小鳥のさえずる声が響き、あの暗雲が大きな青空へと変貌していた。


 あの芳醇な匂いも何もない純白の布団。

もはや昨日の鮎川さんとの透明情事は儚い夢だったのではないか。

そう医務室を見回していると、冷徹な瞳が目に飛び込んできた。

「やっぱりここに居ましたか」


「し、白石!」私はたわわに実った果実に視線をずらす。

「そんなんだから猥褻先生って呼ばれるんですよ」彼女はため息を吐き、私の腕を優しく引く。「皆が待っています。早く教室へ」


 職員室前をぽつぽつ歩いていると、黄色の小さな色紙が飾られていた。

それが鮎川の陸上表彰状だと分かり、私は少し胸が痛くなる。

「なあ白石、昨日のHRに先生、行けなくてごめんな」

「地に堕ちたわしのことなど、誰も心配してはいませんよ」彼女は私の顎を指先でさすり、小声で囁く。「私以外、ね」


 唐突に私の胸に飛び込んでくる彼女。

私はその柔らかな耳元に、静かに告げた。

「君は誰だい」

長瀞の蒼く淀んだ岩畳を眺めて「ああ綺麗だ」と漏らすように、無意識で。

背中を滑りゆく彼女の吐息に、私は一抹の違和感を覚えていたのである。

単なる勘違いだったら……と、私は渇望した。


「どうやら貴方を見くびっていたようですね」

彼女は私から飛びのき、静寂な廊下に微笑む。

その冷徹なる微笑みが段々と形を崩し、水溜りのように床に溶けていく。

「お、おい」私は顔を近づけて、水面に目を凝らす。

映っていたのは……白石さんの、桜のように儚げな腕であった。


「西嶋さんには誘惑しろと命じられましたが」腕が私の首を力強く掴む。「別に始末しちゃっても特段変わりは無いですよね♥」

やはり西嶋氏の仕業であったか。

しかし恋をするだけで命の危険に至るとは。

私が今までの教員生活で孤独を謳歌していたことが英断のように思われた。


薄れゆく意識の中で、私は掠れた声で彼女に問い掛ける。

「待て、どうせ死ぬならば君とデートがしたい」

「は?」腕は脈動をうねらせてより強く絡みつく。「白石嬢との恋路は既に諦めたって事ですか」

眼鏡が蒼く輝いた。「そうではない。君と夕焼けの下で話がしたいんだ」


 私は鮎川さんとの一夜を思い出す。

彼女には悩みがあった。決して自分では解決することの出来ない悩みが……。

「君にも何か悩みがあるんじゃないか?」

腕は私の顎を今にも貫きそうな勢いで押さえ込んだ。

「貴方には関係ないです」


「この無限の世の中で、関係性など求めていたら阿呆になる」私は忌まわしき西嶋氏の言葉をやむなく使った。「それに、教師は生徒を導くのが仕事だ」

「私は貴方の生徒じゃない」

「ならば愛だ。これが愛だ」


 私がそう叫ぶと、腕はみるみるうちに赤みを帯びてゆき、水面に滴る雫のように、ぽちゃんと沈んだ。

私は水溜りに「花火大会で待つ」と告げ、その場を後にする。


 隅田川花火大会は江戸時代から続く由緒正しき花火大会である。

毎年蝉が鳴き始める頃に私は一人で河川敷に駆け、ふざけたカップル共とはかけ離れた唯一無二の存在として君臨していた。

だが今年こそは違う。隣にかわゆき女性が立つ予定である。

……単刀直入に言えば、私は少し浮かれていた。


「待っていましたか」夜風に棚引く芝の大地に透き通った声が響く。

背後を振り向くと、浴衣姿で銀髪をふわりと束ねた白石さんが立っていた。

「いや、今来たところだ」


「別に姿を変えなくてもいいのだよ」

私が肩を揺らすと、彼女は纏めた髪を細い指先で撫でた。

「今日は風が強いですから。それに束ねた方が浴衣に似合うでしょう」

「いや、そうではなくて……」

蒼い粘液の姿で良いのだ、と言い掛けたのち、彼女の可愛い瞳がこちらを不思議そうに眺めるものだから、私は無事撃墜されて紅い顔を俯いた。

本物の白石さんではないと分かっていつつも、彼女の破壊力は私の心を粉々に打ち砕く。


「……綿菓子でも一緒に食べようか」

「わあ嬉しい!わたしふわふわなものは大好きなんです」

彼女のあまりの尊さに、私は逃げるように屋台へ駆けた。

並ぶ群衆を片っ端から蹴散らし、見事綿菓子を勝ち取った。


 彼女は河川敷で、柔らかな頬に手を当てて座っていた。

「もうすぐ花火が始まるね」私は綿菓子を手渡しながら言う。

「いけない、敷物を忘れていた。取ってくるよ」


「その必要は無いですよ」

彼女の澄んだ生足が、芝生に蒼い水溜りとなって溶け広がっていく。

ぬちゃりとした粘液は、やがてビニールのような感触へと変化した。

「君はこんなことも出来るのかっ!」

「御主人様はその気になれば人間界を滅ぼせるほどの魔族を従えておりますゆえ。しかし、何故か人間の恋路を狂わせる事ばかりしておられるのです」彼女は花火の打ちあがる夜空を仰いで呟く。


なんだと西嶋氏は魔王か何かであるのか。

そんな驚きも流星の如く消え去り、私たちは互いに肩をくっつけ合った。

この温もりが、この世界が、狂おしいほどに愛おしいのだ。


大会も終盤に近付いた頃、彼女がそっと口を開いた。

「私……子供の頃からずうっと、他人に合わせて身体を組み替えていて、自分の本当の姿が分からなくなっていたんです」

瞳には、ぱちぱちと夜空を彩り飾る花火が映っている。

「でも、本当の姿なんて必要ないんですよね。だって私、今が一番幸せですから」


「あっ、見て!流れ星です!」

「どこだい?」私は彼女が指さす方向に顔を向ける。

その途端、唇に綿菓子のように柔らかい感触を覚え、私は慌てて身体を震わせる。

「んっ」唾液が、私の舌にねっとりと絡みついた。

溢れ出る粘液に、彼女の着物は段々と溶け落ちていく。


もはや救いがたい事実であるが、読者の諸君には一応弁解しておきたい。

私の腕があろうことか彼女のかわゆき胸に当たってしまったこと。

それは、単なる偶然に過ぎないのである。理由は二つある。


 まず、彼女が接吻の口実に使ったであろう流れ星が本当に私の頭上を通過し、隅田川沿いの住宅街に落ちたことが挙げられる。

私は暫く見惚れていたのだが、あることに気が付いた。

流れ星が落ちた方向にあるのは、丁度私の下宿ではなかったか。あの猥褻本棚が消滅した暁には私は理性を失い、歪んだ獣と化すであろう。


 二つ目の理由として、私が慌てて向いた土手に、本物の白石さんが吐息を漏らして立っていた事である。彼女は冷ややかな瞳で私を睨んだ。弁解しようと唇を払ったところで、私の腕がスライム娘の胸にふつと当たってしまったのだ。


しかし、結果として私は暗い芝生に泣き崩れた。背後では花火で滝が噴き出し、暗い河川敷全体を歓声が包み込んでいた。

宜しければ次話もご覧下さい!

読みにくい、などの感想があれば今後の執筆の礎となります。

ビシバシご報告下さい!

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