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透明な彼女と不透明な私

開いて頂き、ありがとうございます!

今回より、えちえち描写が入ります。苦手な方はお逃げ下さい。

翌日のことである。

私は西嶋氏の尻尾を掴まんと布団でじっと待ち構えていたものだから、荒川の岩畳の如く深い隈を両目に抱えてしまった。

「やあやあ我こそは」と物理科職員室をこじ開けても、「西嶋先生は通常通り行方不明です」と貧相な鼠顔の教員が答えるばかりである。


 結局西嶋氏に昨日のことを問い質すことは出来ず、私は珈琲を啜り、歴史科を後にする。

「歴史って意味あるんですかぁ。織田信長なんて覚えなくても生きていけますよ」

西嶋氏の煽りが鼻に付き、私は思わず壁に蹴りを加えた。「痛い!」


 白い壁がはっきりと喋ったものだから、私は薄気味悪くなってのけ反る。

「酷いですよ、先生!」

「だ、誰だね君は。妖怪か西嶋氏かの類かね」

私は目を凝らす。宙にひらひらと浮いているのは紺色の……布か?


「スカートです!」廊下に黄色い声が響き、私は頬に衝撃を感じた。

すぐに便所へ駆け込んで傷を確認したところ、そこには手形が痣となって赤く染まっていたので、大変驚きである。

いや……これも西嶋氏の手引きだろうか。


 西嶋氏が二年生の担任であることを告げられたのは、昨夜の屋形船での出来事であった。

「君は授業放棄著しいみたいだが、そんなんで担任が務まるのかね」

「あんたのような暇人主義者には理解出来ないかもしれないですけどねぇ、僕はこう見えて忙しいんです」西嶋氏はぐびぐびと酒を飲み伏す。


「言い訳しても無駄だ。その腐れ大根のような性根を叩きなおしてやる」

西嶋氏は飛び掛かった私を軽やかに避け、指をパチンと叩いた。

「そうだ!貴方が代理教員として担任になればいい!名案だコリャ」

一体何が名案なのか反論しようとしたが、その前に西嶋氏が隅田川に身投げしてしまったため、真相は迷宮入りとなった。


 私が教室の扉を開けると、先程まで溢れ出していた賑やかさ華やかさは一瞬のうちに消え去り、静寂だけが残った。

「さ……さぁ、HRを始めます。歴史の佐久間です」

私は怯えるように教卓に腰掛け、教室を見渡した。


「西嶋先生じゃねーのかよ」と誰かが独り言のように呟く。

その重苦しい言葉は瞬く間に伝染し、隅田川納涼花火大会のような乾いた言葉の炸裂音があちらこちらで響いた。私も爆発したい気持ちになる。

しかしどうやら西嶋氏は、生徒からの人望はなかなかにお持ちのようである。


「やめてよ!猥褻先生だって頑張ってるんだよ!」

慰めるような言葉がぽつんと花開き、私は歓喜に心満たされる。

泣き崩れそうになる瞳で、その言葉を咲かせた生徒の顔へ視線を向けた。


 彼女は、顔が無かった。

いや、正確には制服から延びる二の腕もなければ、太ももすら見当たらない。

「君は、廊下で出会った……!」

読者の貴君には到底信じられないかもしれないが、この中学校の生徒で、私が名前を認知しているのは、白石さんただ一人であった。


「鮎川です!」彼女は胸をぷりぷりとさせて私に怒鳴った。

「だが……まるで透明人間ではないか」

透明人間の官能小説ならば何十冊かは見知っているが、実際に存在していたとは。

彼女はしばし面食らったように手袋をあたふたさせ、やがて沈黙した。


白石さんは興味が無いかのように、ぽつぽつと降る細雨を眺めており、私は大変御萌え申し上げた。


 唐突だが、私は医務室で横になり、曇りが濃くなる空を眺めている。


 歴史科の同僚に鮎川という少女について尋ねても「あの娘は明るい生徒だよ」と月並みの返答しか得られない。

彼女は本当に人間なのかと耳打ちしても、モラハラだと裁判所に通報されるのが関の山である。

私はより一層不気味に感じ、啜っていた珈琲を零した。その拍子に尿も漏らした。

膝が火傷してささやかな肉片になることを恐れて、私は医務室に駆けた。


 明るく光る電灯に手を伸ばす。

もしや、鮎川は私の変態的妄想が具現化し、透明に見えているだけなのだろうか。

「違うよ!」

どこからか声が響いた。ああこれも幻聴なのだろう。分かっているさ。

私は頬元へ腕を引っ込め、寝て起きたら全てが元通りに戻っていることを祈って、枕に身を委ねた。


 途端に秋薫る芳香を否が応でも感じ、私は鼻先の布切れをそっと拾い上げた。

手袋ワイシャツ靴下スカート……花柄のパンツ。

「あっ!それ私の……」柔らかい感触が下半身を襲う。

私は布団から飛び跳ね、怯えるように後ずさりした。


「君は鮎川さんか!何故ここに」

もはや幻覚とは思えぬ感触に、私は無意識に手を開いて閉じてを繰り返していた。

「西嶋先生から聞いたよ。恋の病に倒れ伏したって」

西嶋氏の出っ歯が頭に浮かぶ。「あることないこと吹聴しやがって……」


「それよりも!」鮎川さんは布団の中から這い出て、私の頬をぺちんと叩く。

「先生、私の身体、透明に見えるんでしょ!」

私は頬を赤らめて言う。「あっああ……そうだとも」

「じゃあ姿が見える私と透明な私、どっちが可愛い?」

彼女はそう言って私に一枚の写真を手渡した。

そこにはなるほど美女が映り込んでおり、鮎川さんだと理解するのに数秒を要した。


唐突な質問に私は面食らい、唾をごくりと飲み込む。

「分からない?分からないなら教えてあげる」

そう言って彼女はねっとりとした蛇のように私の身体に絡みついた。

「一体何をっ」

「私今、全裸なんだよ……先生」

かわゆき胸の柔らかい感触が、私を快楽の渦へ誘い込む。


 もはや詭弁に近い部類だが、読者の諸君には一応弁解をしておきたい。

彼女の胸が私の下半身に溢れんばかりの閃光を放ったこと。

それは単なる『偶然』に過ぎないのだ。理由は二つある。


 まず、窓の奥に一筋の雷光が走り、倒壊した電柱が校舎へ崩れ込んできたためである。校舎の揺れは医務室にまで広がり、棚の包帯やら鋏やらが一斉に布団へと飛び掛かった。私は教師として鮎川さんを守るため、身を挺して彼女を守ったのだ。


 二つ目の理由として、電柱が倒壊したことによる停電が挙げられる。医務室は一時何も見えない暗闇の世界へと変貌した。こんな真っ暗では、胸と下半身が少しばかり擦ってしまうことも、無きにしも非ずであろう。


 だが結果としては、私が彼女を同人誌に頻出する屈強な男のように、力強く押し倒す体勢となってしまった。やむにやまれぬ状態である。


 彼女が小刻みに甘い吐息をねっとりと漏らす。

汗の匂いが鼻先に纏わりつき、紅い瞳のようなものが発情した野獣のように輝く。

気が付いたころには絞るに絞られ、私は湿ったティッシュの海に倒れ込んでいた。

「せんせえ、透明な私と写真の私、どっちが可愛い……?」

「今の君が一番だと思う……ぞ」

そう呟くと、彼女はマシュマロのような頬を私に擦りつけた。

「よかった!私、本当の自分がどっちなのかずっと悩んでいて……」

私は目を瞑る彼女を、そっと抱擁する。


既に帰りのHRは始まっているのだろうか。

白石さんはあの冷ややかな目でこんな私を待ってくれているのだろうか。

それとも……。


次話もご覧頂けると嬉しいです。

感想、評価お待ちしております!

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