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転生王子の数奇な軌跡  作者: 右二流
第一章~第三王子の行方不明~
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第四話第三王子と脱走計画

 エルドードが大事な人達から励まされて数年、エルドードは、現在四足歩行の赤ん坊から二足歩行の少年に変わっていた。あどけない顔は少年ならではの愛らしい顔に変わり、その姿は幼くとも国王に似た雰囲気を纏っている。

 そんな国王似のエルドードは現在、元気一杯、王族の一員としてすくすくと育っている。

 何て事は無い。

 スラム街出身の少年だった前世の記憶、言わばシュランド王国の不条理と理不尽の皺寄せを味わった記憶が、エルドードを王族に相応しくさせない様に働いていた。

 富裕層の王族とスラム街の孤児、その価値観の違いは大きい。

 例えば教育の違い。生活に余裕がある王族や貴族は、スラム街の住人とは違い、より多くの事を学んでいく。そんな富裕層の人間とは違い、スラム街の住人は生活に余裕がない。故に、覚える事、学ぶ事は生活に直結する様な事ばかりだ。文字や最低限の計算、食べ物に関する知識、毒や罠など。

 だからエルドードは、こんな事学ぶ必要はあるのか、と、首を傾げてしまう。

 必要性を感じないからこそ、やる気がでない。

 例えば対応の違い。自分の事は基本的に自分がやる、それが当たり前であるスラム街の住人とは違い、富裕層の人間は、使用人に様々な事をさせる。洗濯や料理、掃除や着替え、果ては庭の手入れすら使用人がしてくれる。そんな事までしてくれる使用人を見て、エルドードはどうにも違和感を感じてしまう。

 自分の事は自分でする様に教え込まれたエルドードにとって、着替えすら自分ではなく使用人がするのはどうにも耐えられなかった。

 だからこそエルドードは、それら全てを拒否した。

 教育も、対応も、エルドードは拒否する。

 教育は自分が知りたい事を知る。

 自分の事は自分で世話をする。

 エルドードは、そうやって王城内で生活していた。

 すくすくと育っている、などという事は無い。最早スラム街の住人の様に育っている。

 何処の世界に、罠について淡々と考える王子がいるのだろうか。

 とはいえ、そんな変わり者の王子に振り回されるのは周りの使用人達である。

 王子の身の回りのお世話が使用人達の仕事であるにも関わらず、それをさせてくれないのだ。だから使用人達は困っていた。使用人達というか、エルドード王子専属侍女達が困っていたのだ。

 エルドードのお世話をする事が彼女達にとって幸せと言える。ならばこそ、現状、エルドードのお世話をする事が出来ないのは、彼女達にとって不幸中の不幸と言える。

 絶望のど真ん中。

 奈落の底の底。

 地獄の入口。

 そんな失意のどん底に陥った彼女達は、現在目が死んでいた。

「エルドード様、お着替えのお手伝いを致します」

 レリーナとシールナの自室、その部屋に取り付けられた鏡の前で、レリーナは死んだ目をしながら言う。

「エルドード様ー、私の作った御飯は美味しいですかー?」

 同じくレリーナとシールナの自室で、シールナが自分で作った料理を、同じくシールナが自分で作ったであろう人形に、あーん、と、スプーンを差し出していた。

 勿論シールナの目も死んでいる。

 エルドードにお世話する事を拒否され、近付く事すら拒否された侍女達は、落ち込み、悲しみの縁に立たされ、エルドードの幻覚を見始める程に追い詰められていた。

 レリーナとシールナと同じく、現在昼間担当の侍女であるアリーラとマーラは、より大変な事になっていた。

「エルドード様ー!」

 エルドードがいる場所に突入するマーラ。というよりも、エルドードそのものに突撃するマーラ。

「…………」

 そしてエルドードをどこからか監視するアリーラ。

「…………」

 マーラの突撃をものともせずに、エルドードは本を読み続ける。

 侍女達の暴走、それに長い事付き合い続けてすっかり慣れてしまったエルドード。そんなエルドードに抱き付き、頬擦りするマーラ。それを視認し、嫉妬するアリーラ。

 何時も通りの光景、エルドードの日常風景。

(……、相変わらず隙がないな)

 エルドードは本を読みながら思う。

 隙がないというのは勿論、アリーラとマーラの事である。

 エルドードの近付くなと言う命令を無視するマーラ。

 エルドードの近付くなと言う命令を曲解するアリーラ。

 この二人は、エルドードにとって最大の障害になりつつあった。

(……早く孤児院の事を知りたいのに)

 大事な人達から励まされて数年、エルドードはずっと孤児院の事が気になっていた。孤児院の皆がどうなったのか、それが知りたくて堪らない。それを知る為に、何度か王城を脱走しようとしたエルドードだったが、その事如くが失敗に終わっている。

「エルドード様ー! ああ、エルドード様! とっても良い匂いがしますね!」

 エルドードの匂いを嗅ぎながら、マーラは笑顔を浮かべる。

 マーラ・ジャラクラー。常にエルドードの傍に待機し、絶対に離れない。離れ様とエルドードが走り出した時、エルドードの傍から離れたと思ったら目の前に出現した侍女。何故エルドードの後ろにいたマーラが、エルドードの前から出現したのか、エルドードは今でも分からない。

「……エルドード様」

 アリーラ・リリステルス。常にエルドードをどこからか監視している侍女。例えマーラを振り抜けたとしても、アリーラの監視は振り抜け無い。

 エルドードが呼べば瞬時に傍に現れる、それはつまり、エルドードが王城から出た瞬間、アリーラが瞬時に現れる事を意味している。

 どこから監視しているのか分からないので、その監視から逃れるのは非常に難しいだろう。

「エルドード様ー! 何を呼んでいらっしゃるのですかー?」

(毒も意味無かったしなー)

 エルドードはマーラの言葉を無視しながら思う。

 王城からの脱走がうまくいかず、自暴自棄になったエルドードは、いっその事と、侍女達に毒入りの料理を食べさせた。その毒は体を麻痺させて、数時間動きが鈍くなるという物だったのだが、侍女達に効果は無かった。

「エルドード様、侍女である私に手作りの料理をお与えして下さるとは、このレリーナ、感服の極まりにございます」

 レリーナは平然としていた。寧ろ元気が出たのか、珍しくその日は、エルドードの命令を無視してエルドードの傍に待機していた。

「わーい! ありがとうございますエルドード様ー! じゃあ早速いただきまーす!」

 シールナは平然としていた。寧ろ何時も以上に元気一杯だった。そして当たり前の様にエルドードの傍に待機していた。

 そんな侍女達の様子を見て、エルドードは頭を抱えたものである。

 彼女達、エルドード王子専属侍女は、ただの侍女ではない。王子の身の回りのお世話から、護衛、毒味、暗殺等を受け持つ王子の僕。毒の耐性も完備している彼女達に、毒を盛った所で意味は無いのだ。

 自暴自棄の策も無意味に終わり、エルドードは詰んでいた。まさしく手詰まり、チェックメイトの大惨敗。

 しかし、エルドードは諦めない。諦める訳にはいかない。

「おー! 中々面白そうな本ですね! 後で私にも読ませて下さい!」

「…………」

 マーラの声を無視しながら、エルドードは考え込む。どうすれば王城から出られるのか、どうすればこの侍女達から逃れられるのか、エルドードは考え込む。

(国王になるつもりなんか無いのに、王城に閉じ込めないで欲しいなぁ)

 エルドードはため息を吐いた。

 第三王子、次期国王の第一候補、唯一無二の第一王妃の息子。

 国王の正妻であるエリザナの息子エルドードは、王位継承権を有していた。

 エルドードにとってはどうでも良い事ではあるが、王族にとってはとても重要な事である。

 その事の意味を、王位継承権の重要さを、この時のエルドードは理解していなかった。

「アリーラ」

「何でしょうか、エルドード様」

 エルドードの呼び掛けに、アリーラは瞬時に現れる。その事に内心驚きつつ、エルドードはアリーラの方に顔を向ける。

「マーラがしつこい、引き剥がせ」

「エルドード様!?」

「マーラ、エルドード様の御命令により、あなたをエルドード様から引き剥がします」

「えー、と、……はぁ、わかりました。素直にエルドード様から離れます」

「よろしい」

 シュンとした顔でエルドードから離れるマーラ。そんなマーラを嫉妬を秘めた目で見詰めるアリーラ。

 エルドードはそんな二人を見てため息を吐くと、最後の抵抗を始める。

 エルドードは本を閉じ、椅子から立ち上がるとアリーラの方に近付いていく。

「アリーラ」

「はい、いかがいたしましたか、エルドード様」

 アリーラの真正面、アリーラを見上げる様に上目遣いをしたエルドードは、可愛らしい子供の声でこう言った。

「お願いがあるの……アリーラ“お姉ちゃん”」

「っ!?」

 エルドードに抱き付かれ、潤んだ瞳で見詰められ、アリーラは一瞬、意識が飛んだ。

「は、はい、どんなお願いでしょうか」

 パクパクと口を動かすマーラを気にする余裕も無く、アリーラはぐらぐらする意識を保ちながらエルドードの潤んだ瞳を見詰める。

 スラム街の孤児がまず学ぶ事は猫被り。物乞いする時に非常に役立つその技術は、そんじょそこらの猫被りとは一線を画している。

 真の猫被りとは、猫被りだと分かっていても抵抗する事が出来ない。

「スラム街にいきたいの」

「! そ、そのお願いを聞く事は出来ません」

「……」

「…………っ!?」

 自らの主であるエルドード。今まで素っ気なく、エルドードが侍女に歩み寄る事は皆無だったのに、今はアリーラに抱き付いて、しかも潤んだ瞳で上目遣い。

 アリーラは理性と本能の狭間をさ迷った。

「……」

「…………」

「……アリーラお姉ちゃん、お願い」

「わかりました! 私がエルドード様の望む場所まで同伴致しましょう!」

「アリーラ!? ちょ、ちょっと待って!」

 折れた。

 アリーラは本能に従う事にした。とはいえそれも無理からぬものである。エルドードのお世話も出来ず、近付く事すら拒否されて、最早彼女達は我慢の限界。そんな時にこんな事をされては、耐えられる筈が無い。

「マーラは待機してて」

「いやいや、エルドード様!?」

「マーラは命令無視してるよね? 更に命令を無視するの?」

「え!? そ、それは」

「……戻って来たら、マーラのお願いを一つ聞くよ? それでも駄目?」

「いってらっしゃいませエルドード様!」

 折れた。

 マーラは自らの欲望に従う事にした。

「……今までの苦労は何だったんだ」

 エルドードはそう言うと、一人ため息を吐いた。

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