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転生王子の数奇な軌跡  作者: 右二流
第一章~第三王子の行方不明~
3/6

第二話第三王子の授乳拒否

 スラム街で生き、スラム街で死んだ少年。

 彼はどういう訳か、再び目を覚ました。

(……)

 ぼんやりと目を開けて、真っ先に目に入ったものは、まるで絵画の様な天井だった。

(…………)

 その天井をぼんやりと見詰める。

 天使の絵だ、と、ぼんやり思う。

 天井には天使と人間、そして中心に神様の様な存在も描かれている。

 そんな天井を眺めながら、彼は、プリーストギガロスの言葉を思い出す。

『神は、何時でも私達を見守ってくれています。だから神を悪く言ってはいけまけん』

 プリーストギガロスは、よくそんな事を言っていたな、と、思った彼は、その後直ぐ様意識を覚醒させる。

(ここは何処だ? いや、それよりも、俺は助かったのか?)

 エルドードは部屋の中を見回す。

 高級感溢れる家具類、肌触りの良い布、高そうな玩具類、それらをエルドードは視認すると、顔を歪めた。

(金持ちの部屋か……)

 エルドードは金持ちが嫌いである。だがそれは、スラム街の住人のほぼ全員に言える事だ。

 妬み、憎しみ、怒り、苦しみ、嫌いな理由は人それぞれ、十人十色の嫌悪の理由、けれどその原因は共通している。その原因は貧困、飢え、喉の渇き、物資の不足、保障されない非安全街。そんなシュランド王国の不条理や理不尽を詰め込んだ場所がスラム街である。そしてその場所に手を指し伸ばしてくれないのがシュランド王国の富裕層である。

 だからエルドードは金持ちが嫌いなのだ。

 そんな金持ち嫌いのエルドードに、近付く一人の女性。

「お目覚めですか? エルドード様」

 見麗しい顔のその女性は、エルドードの専属侍女の一人。

 明るい茶髪は肩位で切り揃えており、髪と同じ茶色の瞳が、エルドードを優しく見詰める。

 王城指定の侍女服を身に付けてるその侍女の名前はバーベラ。バーベラ・テラステレス。

 代々王族に仕えるテラステレス家の三女である。

 バーベラはエルドードを抱き抱えると、手頃な玩具でエルドードをあやす。

 そんなバーベラを見て、エルドードは見惚れてしまう。

(……綺麗な人だな)

 エルドードは素直にそう思った。

 一瞬だけ、素直にそう思った。

 スラム街でも、美しい女性はいる。しかし、これほど美しく、高貴な雰囲気を持つ女性はいない。

 過言ではない、寧ろそんな女性がスラム街にいたら、男共が戦争を起こすだろう。

 それほどまでの美しさ、その美しいバーベラの顔に見惚れたエルドードは、視線をバーベラの侍女服に向けた瞬間憤る。

(良い服来てるなぁ……スラム街じゃあ皆ボロボロの服を着てるのに)

 黒と白で構成された侍女服、エルドードの頬に当たるその侍女服の肌触りは滑らかで、刺繍も細かく、バーベラの美しさを際立たせている。

 職人技が煌めきに煌めきまくっている。そんな侍女服。

「エルドード様、ほーら、玩具ですよー」

 愛らしく微笑みながら、バーベラは玩具をエルドードに見せる。しかしエルドードは反応しない。

「あら、これはお気に召されませんか? ではこっちの玩具はどうでしょう」

 バーベラは違う玩具に手を伸ばし、エルドードに見せる。しかしエルドードは反応しない。

 まったくの無反応、まったくの無表情。ただ半目でバーベラを見詰めるだけだ。

 そんなエルドードの様子に、侍女は困惑する。

(あまり玩具は好きじゃないのでしょうか? そ、それともまさか! わ、私自体がお気に召さないのかしら!?)

 些か検討違いな事を考え、勝手に悲しむバーベラ。そんなバーベラを見詰めるエルドードは、やはり無反応。

(い、いや、そうと決まった訳ではありません! 私はエルドード様の専属侍女! こんな事で挫ける訳にはいかないのです!)

 勝手に落ち込み、勝手に決意する侍女。そんな感情豊かな侍女は、ある一つの事を考えつく。

(もしかして、お腹が空いて機嫌が悪いのかしら? いや、そうよ! そうに違いありません!)

 そう考えるバーベラ。よっぽどエルドードのお気に召さないと思いたくないのか、彼女はエルドードをベッドに優しく下ろすと、

「エルドード様、少々お待ち下さい。今からエルドード様専属の乳母をお呼び致しますので」

 優雅な一礼と共にそう言い、早歩きで部屋を出ていった。

 出ていった侍女には見向きもせず、エルドードは再び天井を見上げる。

 天井の絵を見詰め、天井の絵を眺め、天井の絵を見上げ、そんな事をしている内に、孤児院での思い出が溢れ出してくる。

 楽しい日々、優しい人達、愛しい家族、そう家族だ。

 孤児院の全員は、エルドードの家族だったのだ。その家族と会えないかも知れない、何故なら自分は死んだから。

 目が覚めてから、エルドードは気付いていた。本当は気付きたくなかった。

 金持ちの部屋、赤ん坊の身体、死んだ時の記憶。

 エルドードは天井の絵を見詰める。

 天使と人間と、神様の絵画。

 その絵画を見て、プリーストギガロスの言葉が甦る。

 その言葉は、そう、孤児院の孤児が飢えで死んだ時に皆に言ってくれた言葉だ。

『この子は神の元に旅立った。神は慈悲深きお方、この子は再び違う子として生まれ変わるのです』

 『……本当に、レイアスは生まれ変わるの?』

『ええ、ですから皆で、レイアスが次生まれ変わった時は幸せな時間を過ごせる様に祈りましょう』

 そうやって皆で祈った。

 生まれ変わり、まさか自分が生まれ変わるとは、と、エルドードは涙を流しながら思う。

 涙が溢れる、全然幸せじゃない。エルドードの幸せは、あの孤児院にあったのだと、エルドードは涙を流しながら気が付いた。

 あまりにも当たり前過ぎて、気が付かなかったその事に、気が付いた。

 だがもう遅い。

(もう会えないのかな)

 天井の絵画を見詰める。

 神様は笑っていた。


▲          ▲


 産まれてきた子供は、親から多大な施しを受ける。

 食事、衣服、費用、そして愛情。

 産まれてきたばかりの子供は、その施しを受け入れる。

 だがそれは、普通ならばの話だ。

 スラム街で過ごしたという、前世の記憶を持つエルドードは、親からの施しを受け入れない。何故ならそれは、スラム街の孤児には与えられなかったものだから。それなのに金持ちの子供として産まれただけで、これほどまでの施しを受けるなんて、受け入れられない。

 食事も、衣服も、費用も、そして愛情も。全てがいらない。全て受け入れない。

 言うなればそれは、エルドードの意地だ。前世ではスラム街の孤児だったエルドードは、こんな施しを受けた事は無い。それなのに。

 ーー金持ちの子供になったらこれほどの施しを受けれる。その事実に納得する事が出来ない。

 だからエルドードは、

「エルドード様? お腹は空いていないのですか? ……おかしいわね」

 乳母が与える乳を拒絶する。勿論、赤ん坊であるエルドードが、唯一の食糧である乳を拒絶すれば、確実に死ぬだろう。

 二度目の死。それでもエルドードは施しを受けない。

 拒絶する、絶対に拒絶する。

「そんな、ではやはり、エルドード様は私の事をお気に召さないということかしら」

「バーベラ、そんな事は無いと思います。エルドード様は無反応が素なのでは?」

 バーベラが落ち込むのを見て、彼女と同じエルドード王子専属侍女であるルルナが慰める様に言った。

「それよりもお乳を飲んでくださらないのは困ったわね。目が覚めてから時間が経っているのに、なんでお乳を飲んでくださらないのかしら?」

「お腹が空いてないのでは?」

「産まれたばかりなのよ? 産まれてから何も口にしてないのよ? お腹が空いているに決まっているわ」

 乳母はそう言うと、再びエルドードに乳を与えようとする。が、やはりエルドードは乳を飲まない。そんなエルドードの様子を見て、乳母と侍女達は徐々に顔を青ざめていく。

「私のお乳はお気に召さないのかしら」

 乳母は落ち込みながら言うと、二人の侍女に向き直る。

「バーベラ、ルルナ、他の乳母を呼んでちょうだい」

「他の乳母ですか?」

「エルドード様は美食家の御様子、早くお乳を飲ませなければ、最悪の事態に……」

 乳母が言い終わる前に、二人の侍女は部屋を飛び出して言った。そんな侍女二人と入れ違いになる様に、二人の侍女が部屋に入る。

 彼女達もまた、バーベラ、ルルナと同じくエルドード王子の専属侍女。

 眼鏡をかけた黒髪三つ編みの侍女、レリーナ・レリステラ。

 おっとりとした赤髪ウェーブヘアの侍女、シールナ・レリステラ。

「話は聞かせてもらいました。バーベラ、ルルナに変わり、私達がエルドード様の護衛を致します」

「わー! エルドード様可愛いっス! ナーラ様私にも抱かせて欲しいっス!」

 レリーナは眼鏡を押し上げながら、シールナ身体を揺らしながら言う。そんな対称的な双子の侍女を見て、乳母ナーラはため息を吐いた。

「シールナ、今はそれどころではありません」

「むー、分かってるっスよー」

「シールナ、その態度はエルドード様及びナーラ様に失礼です」

 凛とした顔でレリーナは言う。

「……にしても、エルドード様は不思議ですね」

 レリーナはエルドードの顔を見詰めながら言う。

 エルドードは天井の絵画しか見ない。そんなエルドードに吊られて、シールナは天井を見上げる。

「不思議ってー、お乳を飲まない事っスかー?」

「それもそうですが、エルドード様は産まれた時は泣いていたのに、それからは一切泣きません。アリーラが言うには夜泣きも無かったとか」

「でもそれってー、まだ産まれて二日も経ってないんスよ? これから夜泣き地獄が始まるんじゃないっスか?」

「シールナ、夜泣き地獄って、あんたね」

「えー、知り合いの侍女は、夜泣きは地獄だって言ってたっスよ?」

 んー、と、顎に人差し指を当てながらシールナは言う。

「とにかく、これから元気一杯に泣いたり、はしゃいだりしてくれれば安心なのですが、エルドード様は、なんと言うか……」

 レリーナはエルドードを見詰める。エルドードは先程から天井しか見ない。

 無反応、泣きも、笑いもしない赤ん坊。そんな赤ん坊を見て、レリーナは少し不気味に思う。

 レリーナはエルドードから目を離し、今度は天井の絵画に目を向ける。

 天使と人間と、神様の絵画。有名な絵画が描いたその絵のタイトルは、【主の慈悲】。

 確かに素晴らしい絵画であるが、エルドードが何故この絵画を見続けるのかレリーナは分からない。

 分からないから首を傾げる。

(……主の慈悲、慈悲ですか。ああ、神よ、どうかエルドード様をお助け下さい)

 不気味なエルドードだが、しかし彼はこの国の第三王子。やっと産まれた正妻の息子。

 子が産まれず王妃は苦しみ続けた。そして子が産まれて王妃はとても喜んだ。その様子を見ていたレリーナは、内心で神に祈る。

 未だ天井を見続けるエルドードを、見詰めながら。

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