独白起きて目覚めてさようなら
薄暗い路地裏、ボロボロの布切れ、その中に包まれた赤ん坊。それが俺だった。
赤ん坊の俺は路地裏の壁際で泣いていたと、後に俺を拾うシスタークリススが言っていたが、俺はその時の事をよく覚えていない。
まあ、スラム街ではわりとある話だ。赤ん坊を捨てると言うのは。
大方どこぞの娼婦が子供をつくり、育てられずに捨てたのだろう。そんな訳で俺は自分の母親を知らない。母親は知らないが、母替わりの人は知っている。
シスタークリスス、スラム街の比較的治安が良い場所にある孤児院の修道女。
赤ん坊が捨てられていたら、助けようとしてくれる心優しい人、孤児が危ない事をしたら叱ってくれる。そんな思いやりに溢れた人だった。
勿論、シスタークリススの他にも心優しい人はいる。
シスターリリス、そしてプリーストギガロス。
シスターリリスはほんわかしていて、時々危なっかしい人だが、根は真っ直ぐでとても綺麗な人だった。
プリーストギガロスは孤児院の規則に厳しい人だが、孤児達を優しく微笑みながら見守ってくれる、まるで父親みたいな人だった。
そんな心優しい人達も、かつて俺と同じように路地裏に捨てられていたと言うのだから、何だかやるせない気持ちになる。
……まあ、それはとにかく、捨てられた時の事はよく覚えていない俺だが、捨てられた後の事はしっかりと覚えている。しっかりと覚える程に、孤児院の生活は楽しいものだった。勿論、時には辛い事もあるにはあった。
飢え、雪の寒さ、喉の渇き、スラム街に住む危険人物の脅威。
だが、そんな事を記憶の隅に追いやる程に、孤児院での日常はキラキラと輝いていた。
ラリットレー、アンドーラ、ハナリス、ペラドット。
その五人は、俺と同じ時期に拾われた孤児達だ。他にもいたらしいが、俺がしっかりとした自我を持った時にはいなかった。
五人以外死んでいた。
これもスラム街では珍しい事ではない。拾われても、必ずしも生き残るとは限らないからだ。
俺達五人は生き残った。俺達五人は共に生き続けた。いや、俺達五人だけじゃない、孤児院の全員で生き続けた。
凍える夜は皆で身を寄せあい。
飢えた時は皆で食べれる物を探した。
年下の孤児で喉が渇いた奴がいたから、俺の血を飲ませて渇きを癒した事もある。
雨が降ればその水を溜めて、皆で喜びながら分かち合った。
孤児院での生活は苦しい事ばかりではない。
迷路の様に組み込んだスラム街を、孤児達全員で走り回ったり、剣士ごっこやお姫様ごっこ。スラム街に住む気の良いおっさんに、面白い話を聞かせて貰った事もある。
まだまだいっぱい、楽しい事はある。
まだまだいっぱい、楽しい事はあった。
まだまだいっぱい、楽しい事をしたかった。
だが、もうできない。何故なら俺は、死んだから。通り魔に襲われて死んだから。
腹が減っていたんだろう。その通り魔は、俺を喰うために殺したのだ。
自分が生きる為に、殺したのだ。
無秩序と思えるスラム街でも、暗黙の規則がある。
例えどれだけ飢え様と、人を喰ってはいけない。この規則を破るものは、スラム街の住人によって殺される。
だから通り魔がした事は無意味だと言ってもいい。
もしかしたら飢えで死ぬかも知れないが、スラム街の住人に殺されるに変わっただけだ。
でも仕方がなかったんだろう。飢えの辛さを知っているから、通り魔の気持ちも良く分かる。
死ぬ前に、人の肉でもいいから腹一杯に喰いたかったんだろう。
満腹と言うものを知りたかったんだろう。
その気持ちが分かるからこそ、俺はそいつを恨んじゃいない。
ただ一つ、大きな心残りがある。
孤児院の皆が、これからどうなるのか。
俺が死んで、悲しんで無いか。
ラリットレー、将来騎士になるって言ってたな。騎士になる為の特訓、その相手をもっとしたかったな。
アンドーラ、王子様と結婚して、金持ちになって、孤児院の全員にお腹一杯御飯を食べさせるって言ってたな。その夢を叶える手伝いしたかったな。
ハナリス、大人になったらシスターになって、スラム街にいる孤児を全員救うって言ってたな。俺も同じ気持ちだったから、俺も大人になったらプリーストになって、一緒に孤児達を救いたかったな。
ペラドット、お前は冒険者になって金を稼いで、孤児院をもっとでかくしてみせるって、そう言ってたな。お前が無茶しない様、傍で見守りたかったな。
……ああ、死にたくないな。もっと皆と一緒に生きたかった。
でも駄目だ。だって目の前に、俺の身体が転がってるのが見えたから。
自分の死に顔が見えたから。
ああ、くそ。せめて笑った死に顔を見たかった。
そんな事を思いながら、俺は死んだ。