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文化祭の日(3)

 泣いても笑っても時間は過ぎる。どうせ過ぎる時間ならば、笑って過ごしたほうがいい。そんなことを言ったのは誰だったろう。きっと父親だったかもしれない。


 なんて、そんなことをとつぜん思い出すのは、いまぼくがひとりぼっちで、のほほんと机の上で座禅を組んでいるからだった。どうしてそんなことをしているのかというと、ヒマだったからだ。ヒマというと語弊(ごへい)があるが、とりあえず、文化祭という強制参加イベントはそろそろ退屈していたのだった。


「……なにしてんの」


 そう、クラスメイトに声を掛けられるまでは。


「なんていうか、いろいろ虚しくなったんだ」

「うわ、なにその悟り!」


 とりあえず、ぼくはさきほどまでのできごとを要約した。すると、彼は爆笑して、マジ? とつづける。あの上地に相手がいたの?

 いたんだなあ、それが。ちょっとショックだよね、と言ってみると、思った以上に自分がショックを受けていることに気づく。しかしクラスメイトはさほど気にした風もなく、いや、ウケるわー、とひとりでツボに入ってしまう。


「え、おまえにはいねーの?」

「いねーよ」

「前島とかどうなのよ、あんなに仲良いくせに」

「あー、うーん、べつに」

「へえ、ま、いいけどさ」


 そういや、後夜祭どうするよ、と聞かれる。俺らのクラス、記念写真撮って、そのまま打ち上げするんだけどさ。カップルで花火見るやつが多すぎて、後夜祭まで待つ羽目になりそう。それでいいか? ぼくは仕方ないね、行くよ、と答えて、彼と別れた。

 そのままでいるとちょっとまずいので、ぼくは近くのクラスのカフェに入り、コーヒーを一杯頼んでから。物思いに耽った。


 ところでさっき前島の話が出たが、あれはしょうじき答えにくいことだった。というのも、ぼくはとうのむかしに振られた人間だったからだ。

 ある日の午後だった。たしか高二の夏だったと思う。ふたりで遊びに行って、ご飯も食べて、さんざん笑って、わりといい感じかな、てときに、ぼくは勇気を出して、好きです、と伝えてみた。噛まずに言えたかどうかはわからないし、しょうじきタイミングが良かったかどうかも、いまでもわからない。だが、要するに、色よい返事は来なかった。


『あー、うん、ごめんね』


 彼女はどちらかというと、ドライな表情でそう言っていた。淡々と、言葉を選んで。


『わたし、別に好きなひとがいるの。だから、ちょっと』


 そのときぼくがなんて答えたかは憶えていない。思い出したくもない。ただ頭の中がぐるぐるして、顔が真っ赤になって、それでも失敗して、後にも引けない。あの、崖っぷちから飛び込んだとたんに後悔するような感覚は、発狂するぐらい、嫌な気持ちになるものだ。


『あ、でも、奥村、いいひとだからさ、友達ではいてほしいな、だいじょうぶ?』


 それは、とっても残酷なことばだった。でも、ぼくはそれに甘んじた。そうでもしないと自分の理性が崩壊しそうだったから。けど、つらかった。なんというか、虚脱感が強かった。

 はあ、とため息を吐く。思えば前島とは奇妙な縁で、高校入りたての頃からの付き合いだ。たまたま文芸部の仮入部期間に隣りの席になって、趣味の本が一致して、盛り上がった。しょうじき最初は恋愛対象として見てはいなかった。しかし、ストーカー化した同級生に付き合っている疑惑を出されて脅迫されたり、部活の業務を分担したりしているうちに、ああ、彼女とは一緒にいてもいいな、と本気で思えるときがくるのである。


 愛は育むものだが、恋は落ちるものだ。そのときぼくはまだ、恋という落とし穴が、どれだけの底なし沼かを知らなかった。心臓ががなり立てて、夢枕に面影が立ち、ことあるごとに口実を作って一緒にいる時間を増やそうとする、この焦燥感を、恋というたった一文字で表せるだなんて。しょうじきムカついた。ムカついたが、それだけありふれているということも、たしかなのだろう。


 恋愛小説に興味がわいたのも、このころからだった。

 あのとき自分を洗脳していた感情の正体が知りたい。その想いが読書へとぼくをいざなった。そして思ったのは、自分が思っているよりも自分はちゃっちい、ちょろい存在で、そしてそれがなんとも愛おしいということだった。なんだ、ばっかみたいじゃないか、と自嘲するけれども、このもどかしさは架空のものであるうちはけっこう楽しいのである。


 だから、恋愛小説なんてファンタジーなのだった。


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