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将来なんて世間話

 まあそんなこんなで、一通り用件を済ませると、急にマジメな空気になってきた。ぼくは机の片隅に腰かけると、パソコン作業を再開した前島を見ながら、さいきんはどうなの、と聞いた。


 ぼちぼちだね、と前島は答えた。可もなく不可もなく、もうじき部長職も二年生の子たちに引き継ぎだから、それがおっくうっちゃおっくうかなー、あそこの代って、まとまっているようで、そうでもないし。

 カタカタとキーボードを打ち鳴らすその仕事っぷりは、さっきまでのふざけとは打って変わって、冷徹(れいてつ)でもあった。この女、気分転換の移り変わりが妙に激しくて、やけにハイテンションになったかと思えば、こうしてドライになったりする。長い付き合いだから、こういう変化も慣れたものだったが、初めて見るとやっぱり驚く人がいるようだ。


 あー、そういえば、と前島。夏合宿のときが大変だったなー、なんか恋愛騒動みたいなのがあってさ、もうすごかったんだって。

 恋愛騒動? とぼくが尋ねると、彼女は首を縦に振って、そう、新崎と、一つ下の永嶌(ながしま)が付き合っててさー、なんか痴情(ちじょう)のもつれみたいなのを向こうでやらかしてくれたわけ。それで松岡クンが困っちゃってさー、「奥村先輩がいたらこんなことは防げたのに……」なんて愚痴っちゃって。


「無茶言うなよ。おれだってそんなの止められねえって」


 ぼくの脳裏には、実に苦々しい記憶がよぎっていた。それは前島にもじゃっかん関係していることだったが、前島は、うんそうだねー、と淡々としていた。


「奥村は意外と、テンパるとダメになるしね」

「うるせ。おめーはおれのかーちゃんかなにかか」

「あれ、この部活の『おかあさん』は奥村だったはずだよ。わたしは『おとうさん』」

「それこそ昔の話じゃねーか。ていうか、あれはただ合宿先で鍋よそっただけだろ」

「まーそーだけどねー」


 まったく関係ないが、ぼくが部活に精を出していたころは、面倒見の良さから「おかあさん」というあだ名がついていた。ちなみに中学生時代は「おばあちゃん」。若返ったと喜ぶべきか、性別間違えるなと怒るべきなのか、すこし、悩む。

 具体的には、創作がうまくなりたいという後輩にできる限りの改善点を指摘したり、自分が面白いと思った本の中で、後輩の好きそうな本をオススメしたり、した。あだ名自体は鍋奉行から始まっていたが、面倒見がいい、というのは、周囲から認められることだったのだろう。自分ではそうでもないと思っていたのだけれど、部活の中では、というか、高校生にしては、よく本やらなにやら読んでいたほうだったので、いつのまにか「先輩に聞けばなんとかなる」みたいな空気ができつつあったのも事実だ。

 正直言うと、ぼくはそうした空気には無頓着(むとんちゃく)で、ただ興味のあることを調べ尽くしたいという欲求に駆られていただけなのだけれど、いっぽうで、小難しいことを得意げに(しかもなまかじりの知識で)語る、イヤミな人間に映っていたのも事実だった。


 要するに、めんどくさいオタクである。

 高二病とでも呼ぶがいい。


 とはいえ、いつのまにかそういうことを自覚していくうちに、ぼくは文芸部という空間そのものが自分にとって有害であることに気が付いた。ここで得意になっていると、天狗の鼻だけが長くなって、すっかり自分のなりたくない自分ができあがるにちがいない、と思ったのだ。

 それで、文芸部を離れることにした。べつに作家になりたいとか、そういうわけではないのだけど、どうにも落ち着かなくなって、距離を置くことにしたのだった。


「つーかさー、もう受験なんだよねー。文化祭終わったらさ、もうあとがないっていうか」

「……そうだな」


 思えば受験のこともある。自分の人生を自分で決める、なんていうと大げさな気もするが、周囲がそう煽り立てているから、そういう気分になってしまう。


 自分はどこに行くんだろう。

 どういう自分になりたいのだろう。

 そのためには、どうしたらいいんだろう。


 答えのない問いかけが、空中を舞って、堂々巡りをして、すっかり面倒くさくなったころに、模試の成績がやってきて、いまのあなたの実力じゃあ未来は選べませんよ、て予備校と教師の口酸っぱいコメントが急き立てる。

 そんなものに追いかけられるとぼくはすっかり嫌な気分になって、うっぷん晴らしに創作したりする。けれども、文芸部にいたときのようなみずみずしい文章はどこにもなくて、搾りかすのような疲れ果てて間延びした言の葉が、枯れたアサガオの蔓のように、ぐだっと軒先に垂れさがるのを見るだけだった。それでも自分の出した言葉だから愛してやりたいのだけれど、まるで理想と現実のあいだにひろがる途方もない隔絶をそのまま見るような気分になって、原稿ごとゴミ箱へぐしゃり、と捨ててしまうのだ。

 なかったことにしたくて。自分はもっとできると信じたくて。


 結局、ぼくは逃げているだけなのかもしれない。受験生のくせにかしこぶって文学だの小説だのを読んで、ときに漢文や古典も読んで、そりゃあ、おかげで受験レベルの漢文なら白文で読めるようになっていたけれど、その原動力がどこから来るかと言えば、現実逃避の一言に尽きるのだ。そんな勉強は、まあ、教養的にいいのかもしれないが、現実的では、ない。現実的な勉強ってなんなんだ、て思うけど、将来なんて考えるのをやめてる時点でそれは現実的ではないのかもしれない。


 このあとぼくたちは、模試の成績とか将来の漠とした不安についてたくさん話したような気がするけど、さあ帰ろうというときには、もうどれひとつとして思い出すことはなかった。ただどうしようもなく空を見上げて、ああ、面倒くさいな、て思っただけだった。


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