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きっとあとかたも残らない

 センター試験を終えて、私立大学の入試が始まると、それまで抱え込んでいたいろんな感情が邪魔になって、結局、それまでやってきた勉強や模試での経験がものを言うようになってきた。自我とか意志とか、あるいは根性というものは、こういうときまるで役に立たない。入試の実戦経験と、そのひとつひとつの丁寧(ていねい)な反省だけが有用になっていくのだ。


 この期間に何か面白いことはなかった。あるとしてもせいぜい、第三志望校にて上地と出くわしたぐらいである。天下に名高い有名大学のひとつで、彼も受けるとは知ってはいたものの(受験勉強のデータ分析など、いろいろ共同でやっていたのだ)、よもや同じ受験会場で会うとは思わないだろう。


「おお。まさかこんなところで会うとはな」

「それはこっちのセリフだ」


 まあしかし、互いにとって、ここは通過点に過ぎない。ぶっちゃけてしまえば、この大学に限って赤本すら触ったこともない。それでいいのかという話なのだが、受かってしまえばどうってことはない。早々に合格通知を受け取ったぼくは、少々天狗になりながらも矢のように早い二月を過ごした。


 その間学校ではバレンタインデーなるものがあったらしいが、あいにくぼくとは無縁のイベントだ。せいぜい受験がんばれ、と近所のおばさんからいただく程度で、ありがたく糖分補給の材料になっただけにすぎない。

 認知さえしなければ、こうした出来事は気にならないし、むしろありがたくもある。かつては誰それがもらっただの、もらわなかっただので冷やかしがさんざんで、それに付き合うのが面倒くさかったのだ。いまでも惚れた腫れたと下ネタを振られるとリアクションに困るのだけれど、そういうのに限って親身になってくれる人間のうっとおしさが嫌いになる。構うな、ほっといてくれ。


 とはいっても、ぼく自身が前島に惚れていたときは、それはそれでとても苦しくて、自分の感情を持て余すあまり、恋愛論をでっちあげて満足するぐらいだったのだから、身近に誰か相談できるひとがいるのは、大事なことかもしれない。

 結局ぼくが彼女に告白したのは、自分で自分を呪うかのような感情の渦から解放されたかったからでもあったわけで、要するに、自己満足というか、相手のことなど全く考えもしていなかったのである。そりゃあ、フラれるわけだ。


 もしかすると、ぼくがもう少しおとなで、余裕があって、自分に自信がある人間だったなら、そんなことはなかったのかもしれないのだけど、そうなるためにはあまりにも見なかったことにした経験と発想が足りなくて、まるで母親の胎内において来たんじゃないかと思うぐらいには、自分がこういう世間に不適合なんじゃないかと感じることがままある。

 べつに勉強ができなくたって、球技が得意でなくたって、本が読めなくたって、恋愛はできる。しかし恋愛ができないやつは、人生がとことん狭くなる。教養を持たないことよりも、圧倒的に、だ。生物学的に考えると至極当然なことではあるのだけど(だって子孫が残せないもの!)、それならぼくみたいな人種は最初から廃絶(はいぜつ)の一途をたどるようプログラムでもされたんじゃないかと、そう思わないと、おせっかいな世間で生きていくうえではやりきれない。


 だから、つくづく思う。おとなって何だろう?


 ちゃんとしたおとなになるためには勉強しなさい、と誰もが言う。肩書だけが先進国で、学歴社会なこの国では、勉強の成績が良いと立派であるように見える仕組みが整っている。しかしいっぽうで、東大バカなんて言われるぐらいには、勉強一辺倒で人間ができてないことを揶揄(やゆ)される。

 からかわれるぐらいなら、物笑いの種になるぐらいなら、まだなんとかなる。自分の馬鹿さ加減など、指摘されるまでもなく、自分が痛いほどよくわかっているのだから、いちいち言われると反応すらおっくうだ。ただなんにせよ真っ当な生き方を肯定的に受け止められないことや、やる気がないことをああだこうだと物申されるのは、しょうじきごめん被りたい。木登りに夢中になっていたら降りられなくなり、そのまま適応してしまったようなものなので、救世主面して助けに来たぞとのたまわれても、しらけることこの上ない。


 まあ、とはいえ、次々と迫る大学受験を、すべて終わらせてしまうと、結局自分の青春時代とはなんだったのだろう、とは思うものである。振り返っても何もない。前にはただ漠とした不安だけがある。きっとこれはぼくがぼくであるから起こりうる回想なのだろうけど、しょうじき、こんなことを思い返したってなにも楽しくもない。他人から見たら話は別だろうけど。

 ああ、さっさと虚構に還りたい。それが嘘でも信じたい花が、あそこにはあるのだから。


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