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「もしや」と「ひょっとすると」のあいだ(3)

 茅野からの連絡は、それからずっとなかった。

 本の貸し借りだけが接点だったのだから、もはやなくて当然だろう。理性ではわかっていた。しかし、どうにもそこから先がもやもやして、仕方がなかった。


 おせっかいなのは、なんとなく自覚している。


 というかはっきり言って、向こうからしたら、迷惑なのだろう、とも思ったりする。ぼくが彼女の立場だったらうぜえと感じる、まちがいなく。

 しかしそうだとわかっていても考えずにいられないこの性分は、きっと、理性ではない何か得体のしれない感情に支配されていることのあかしだ。ひとはそれを「恋」と呼ぶのかもしれない。だが、まだぼくにはその明確な線引きができていなかった。する必要はないのかもしれないが。


 好きか嫌いかで言えば、たぶん好きだ。けれどもそこには、かつて体験したものとも、多くの恋愛小説の中に疑似体験したような陶酔(とうすい)感や、寂寞(せきばく)感とも異なる、心配程度の感情しかない。そもそも恋に落ちるほど、彼女のことを知っているわけでもなく、ましてやいきなりデートに誘えるようなものでもない。そこに自分でも踏ん切りがついていないのが、余計にたちが悪い。

 こういうとき、できるひとはもう少し何か気の利いたことができるんだろうなぁ、と思う。あいにくそういう知識は知らないままここまできてしまったので、ただ考えを持て余すことしかできなくなっている。しかし、考え込むうちに「もしや」とか「ひょっとすると」みたいな憶測(おくそく)が去来して、それをひとつひとつ潰しているうちに気が滅入って、疲れ切ってしまうのだった。


 なんて愚かなことだと思うだろうか。

 だが、こんなものなのである。


 小学生の時から好きなものを好きということにためらいのない性格だったために(ひとはこれを素直という)、恋愛なんて他人事としか考えてこなかった。

 だいたい、モテる人間の要素なんて限られていて、顔面の造形(イケメンかどうか)と、運動能力(かけっこ速いか)と、せいぜい知力(勉強できるか)が目立ってあるだけで、もちろん内面のやさしさとかそういったものも女の子のうわさになっていたけれど、そんなものはタテマエに過ぎなかったことも、眺めているとよくわかる。

 このすれちがいに適応できないと、大人ぶろうとした女子たちからの「きもい」の連呼に出会うのだ。


 ぼくのひねくれ具合は、思えばこのとき育まれてしまったような気がする。それから逃げるように受験勉強に打ち込み、中学受験を行い、地元から離れた中学高校に通うことを達成した。あいにく高校は共学だったが、中学校は男子校だった。

 そんなぼくにとって、思春期は乗り損ねた急行列車のようなものだった。そこには一歩先に世間との折り合い方を身に付けた少年少女が乗り合わせており、ぼくみたいな人間が間に合うためには、うっかり途中下車した愚か者を蹴落とすかたちでしか入れない。あとから来た電車は普通過ぎて、もう彼らには届かないから、尋常ならざる努力と狡猾(こうかつ)さが必要になる。そこまで器用に、そして他者の痛みに鈍感に進めればよかったものの、残念ながらどちらも持ち合わせていなかったために、いま現在に至っている。


 いっそできないならできないなりの諦めというものがあっていいはずだ。しかし、どうしても何かがあってほしいという願望が、抑制してもしきれない。

 中でもあふれ出てきた吹き出物のような自意識が、ひょんなことから何かに出くわすと、それは「もしや」と「ひょっとすると」のあいだにある、期待めいた感覚が芽生える。それは、悪だ。期待するだけじゃ決して手に取ることができないもの。だけど手に取る方法が結局わからないまま、目の前で取りこぼしてしまうもの。


 つまるところ、期待などした過剰な自意識がいけないのだとはわかっていても、それでも呪わずにはいられない。

 なぜ、ありもしないものを期待させるのですか、なぜ、届かなかったものの数だけを数えなければならないのですか、と。


 夢見る少女のもとに王子様がやってこないのと同様に、悶々とする少年のもとに女の子は現れない。どうしてもお姫様をめとりたいならば、けだものになるしかない。自分に掛けられた呪いを全身にまとうぐらいの覚悟を背負うしか。

 だが、けだものにもなりきれないぼくみたいな人間は、いつまで経っても「無害そう」と「いいやつ」のあいだを、「もしや」と「ひょっとすると」のあいだをえんえんとさまよいつづける。きっと、いつまでも。

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