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ヘタレたちの長い午後(2)

「いつのまに……?」


 茅野は驚いていた。その目は見開かれ、緊張している。こんな彼女を見るのは初めてで、そのときようやく、自分がいかにとんでもないことを口走ったか、理解が及んだのだった。

 しかし、気づいた時にはいつも後悔でしかない。


「……うん。いちおう、ほら、書きたいって話だったし、どんな作風か、気になっててさ」

「そうですか」


 一瞬だけだった。彼女の形相(ぎょうそう)がおかしかったのは。

 すぐにはにかむような笑みにすり替わると、


「未熟な作品だったと思いますけど、どうでしたか?」


 ぼくは、彼女に気づかれないように息を吸った。

 ここから先はことばを選ばなければならない。


 茅野の書いた小説は、人魚のお話だった。しかし、じっさいには人魚だった()()()ということだけがほのめかされるだけで、あとは陸にある小さな町の少女との会話と、正体不明の悩みがつづられるといった、ぶっちゃけてしまえば感想に困るタイプの作品だった。

 しかし、文章は柔らかく、内省的で、ちょっとどきっとするようなホンネのことばでいっぱいだった。要するに、なんでこの子はファンタジーなんて書こうとしているのだろう、と思ったのだ。それも中世ヨーロッパ風の、かなり綿密(めんみつ)に調べたっぽいような、本格的な、お話を。

 この感性は、この文章表現力は、どちらかというと、青春小説や恋愛小説を書くときに、もっとも自由に飛び立つというのに。


 そこで、ぼくは、まず文章のことを言った。柔らかくてどきっとする感じがいいよね、と。

 すると、茅野は、思ったよりも明るい顔で、


「そうなんですよ、女性的な文章で」と言った。


 ぼくはちょっとリアクションに困った。

 どういうことなのだろう?


 とりあえず言い出しっぺの都合上、質問を重ねて、創作物の中身についてあれこれ入り込もうとする。彼女はそこからあれこれと、開示されていない設定やら、なにやらを喋ってくれたが、そしてそれらがただ感性の産物ではないことが聞いているうちにわかってきたが、残念なことに、ぼくの記憶には何ひとつ残らなかった。ただぼくが素敵だと思った部分と、彼女が見てほしい部分とが、すれ違っているのだけが歴然としただけだった。

 創作上において、こうしたことはよくあることだ。どんなに頑張って書いたところで、読者の目にはちがって映る。それはモテようと焦った男の子がひたすら背伸びしても、相手から見てなにかおかしく見えるのと似ている。それが笑いごとで済むのならいっこうにかまわないのだけど、どんなにちぐはぐに見えても、創作物は、作者の精神の結晶である以上、へたな指摘をすると致命的な破局を迎えることになる。


 それは、ぼく自身、いやになるほどよく知っている。


 例えばぼくが部活に対して、最後に出した作品がそうだった。新入生歓迎号に書いたそれは、現実で虐待(ぎゃくたい)されている子供たちが、みずからを妖精の子だと思い込むことで現実と幻想が錯綜(さくそう)するようなお話だったのだが、これが思わぬ好評を勝ち得た。ただなんとなく書いただけだっていうのにもかかわらず、だ。

 それまでのぼくは、いや、いまでもそうだけど、けっこう調べ物を主体とするようなSFやファンタジーを書いていた。好きだったのだ、そういうのが。大作映画になるような、大長編になるような、途方もない世界観やストーリーが、幼少期にどれだけ救いになってくれたことだろうか。


 だが、それはそれで評価されてはいたものの、妖精の子は、それを遥かに上回る評価だったのだ。

 どうしてそうなったのかはわかるようで、わからない。たしかに読みやすいし、心理描写に無理はない。それはぼく自身の子供時代の記憶を素材にしたからで、べつにほめられることではないと思った。


 いまでも耳に刺さっている批評がある。


『これ、自伝?』


 いまはいない先輩(男)からのものだった。そんなわけはない。この物語はあくまでフィクションであり、作中の人物及び舞台は現実世界とはなんの関わりもない。そして、実を言うと、そういう読まれ方は首を絞めつけてやりたいほど大嫌いなのであった。

 なら、だとしたら、ぼくは、その大嫌いなことを後輩に対してしようとしているのではないだろうか?


「そっかあ、うん」


 ぼくのことばは、だんだん鈍っていった。しょうじきどうしてこうなっているのかわからないし、なにをいってやったほうがいいのかもわからない。ただうまくいいあらわすことができなくて、じゃあ、次もがんばってほしい、となんだかえらそーなことをつぶやいてお開きになった。これ以上粘っても、なんだかずっと引き留めているような気になって、すごく嫌になったのだ。


 喫茶店を出て、茅野の背中を見送ったとき、ぼくは、その先に落ちる冬の黄昏(たそがれ)を目の当たりにする。その光はすごく目に刺さってきて、まるでぼくのことを責めているようだった。

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