彷徨うカボチャ~少女とロリポップ~
トリックオアトリート。
この時期になると、いつも心がオドル。
胸の内で呪文を呟き、明るい場所を、大手を振って歩く。
トリックオアトリート。
何て、楽しいんだろう。
普段、抑圧されているせいもあって、開放的な気分になれる。
ほら、頭にカボチャを被っていても、全く不自然さが無い。
…、冗談だ。
昨今、不審者に対応する警官も結構な数が導入されているらしい。
規模が大きくなると、馬鹿なことをする輩が増えるってことか。
まぁ、私には関係ないことだ。
その気になれば、上手く身を隠すこともできる。
クリスマスの赤いおじさんこと、サンタ・クロース師匠直伝の隠密技術だ。
…、嘘だ。
私のような者は、存在が半分だけなので、忽然と姿を消すことができるだけだ。サンタ・クロースのおじさんとは会ったこともない。
風の噂は聞いているけれど。
さて、今日はハロウィン。羽目を外せる貴重な行事だ。
この人の波に、しばらく紛れていよう。
楽しそうな顔を、ひっそり眺めていよう。
と、そんな風に傍観者を気取ろうとしていたのが悪かったのだろうか。
一人の少女に遭遇してしまった。
「あなたは、どうしてそんなカッコウを?」
カッコー、カッコー。
鳴き声を真似て、現実逃避してみるが、目の前の少女は消えてくれない。
それどころか、話しかけてくる頻度が増えた。幻覚ではないのか。
「私、気づいたらここにいたの。どうしてか、あなた知ってる?」
大きな木の下にあるベンチの傍で、少女と会話。
しかし、「どうして」って言われてもねぇ…。私は、祭りに紛れ込んでいただけだし。
首を左右にフリフリしながら、否定の意を示す。
「そう、なの。知らないのね…」
目に見えて項垂れる少女。
そんな雰囲気は、祭りに似合わない。
私はポケットを漁って、ロリポップを少女に差し出した。
カボチャ味、ではなくストロベリー味だ。
好きだろ? お食べ。
「…くれるの?」
君がストロベリーを嫌いでなければ。
「うん、好き。…もらうね」
包装をはがし、ぺろぺろと舐め始める少女。
ニコニコしている。さっきまでとは大違い。
あぁ、お菓子の偉大さよ。
本来なら、差し出す側ではなく受け取る側なんだけれど。
たまには良いか。少女も喜んでくれているし。
私もロリポップを食べよう。
ガヤガヤと騒がしい人波の端。
ベンチに座って二人して、静かにロリポップを舐める。
視線を、練り歩く人たちへ。
コスプレは様々だ。サキュバスや髭の旦那、ゾンビに猫娘。
よく見ると、私と同じような者がいるように見える。実に楽しそうだ。
しばらく眺めていたが、その間に、少女も私も、全て舐め溶かしてしまった。
口が寂しくなると、今度は会話が始まる。
「あなたは、どうしてそんなカッコウをしているの?」
カボチャが地面に転がっていてね、それが美味しそうで、食べようとしたんだ。
そしたら、逆に食べられてしまってね。今じゃ、このカボチャは外せないんだ。
「…とれないの?」
うん、取れない。
でも良いんだ。私の本当の顔なんて、ロクデナシの顔だから。
地上を永遠に彷徨い歩く、ロクデナシの顔だから。
見ない方が良い。
「さびしい?」
たまにね。もう慣れたけれど。
君は、私と同じように彷徨う必要はない。
だからそろそろ、あっちに行かないとね。
「あっち?」
そう。もう思い出してきたんだろう?
ロリポップを食べたからね。
「…あ、そうか。…そうだったんだ。だからこの服なのね…」
少女は服の裾を軽く引っ張って確認する。
白装束の白さが、夜闇の中で浮いている。
「ほら、君のお母さんも、あっちで待っているよ」
左手にランタンを持ち、その方向を示す。
一つの光が、少女を待っている。
「カボチャさん、ありがとう」
少女はそう言った後、光に向かって走っていった。
私はまた、一人になった。
ポケットから新しいロリポップを取り出して、舐める。
そうしていると、一つの影が近寄ってきた。
「やぁ、ジャック」
知り合いのオロチだった。
やぁ、久しぶりだね。
「あぁ、久しぶり。君も来ていたの?」
そうだよ。楽しいからね。
「たまには私にも会いに来てよ。歓迎するから」
オロチは優しく微笑んだ。
そうだね、今度行くよ。
さて、そろそろ日付が変わる。
楽しい祭りも、もうお終い。
ではまた彷徨うことにしよう。
左手にランタンを携えて。