ダンジョンは大切な観光資源です
シノと裕太がカフェから出て一回のロビーに降りると、スタッフが何やら慌ただしくしていた。
「どうしたの?」
シノが一人を捕まえて尋ねると、
「今日はなんだか出現率が多いらしくて、魔物が奥の方にかなり溢れてるみたいなんです。
このままじゃ危なくて客を入れられないんですが、当直の冒険者も下の階層だけで手一杯で、仕方ないので開場を遅らせようかということになって・・・」
梅田ダンジョンは十階層になる日本最大のダンジョンである。
深い階層ほど出現する魔物も手強くなるが、地下一階ならガイドさえついていれば一般客でも攻略は可能なレベルだ。運営側としてはむしろ一般客大歓迎であり、そうした観光客の為の設備がダンジョンセンターである。
ちなみにガチの冒険者勢はダンジョンタワーの方から出入りしている。
「うーん、今日は手続きだけで済まそうかと思ってたんだけど・・・」
シノが何やら思いついたようにニンマリと笑い、
「せっかくだから行ってみようか?」
楽しそうに裕太の肩に手を置いて言った。
シノが担当する勤奉隊員は裕太だけでは無い。
慌ただしい雰囲気の中、紹介もそこそこに他のメンバーに引き合わされ、着替えを渡され、あれよあれよという間にダンジョン地下一階へ出撃することになった。目的は勿論、大量に発生したという魔物を討伐することである。
ディアモールで初戦を大勝で飾った後も、一行の快進撃は続いた。
「あっ、ちくしょう」
健一が撃ち漏らした獣タイプの魔物を追いかけようとするのを、
「健一君、深追いはしなくていいよ。いくらかはお客さんの分を残しておかないとね」
シノに言われて、健一は名残惜しそうに脚を止める。
「フェイ、どんな感じ?」
「この辺はほぼ片付いたみたい。もう大きな反応はないよ」
地下一階層には瘴魔の涌出点が三十程度配置されていて、普段はそれぞれから一時間に一匹から三匹程度のモンスターが出現するように調整されている。センターが開いている朝十時から夜八時までなら、観光客のチームが何匹か倒す程度で均衡は保たれる。
それ以外の時間は当直の冒険者が数の調整をしているが、今朝のようにたまに発生率が高くなる時があると、手強い魔物が多い下層の対応に追われて地下一階が後回しになるのだ。
おかげで裕太達は初日から大活躍だが、運がいいのか悪いのかは微妙なところであった。
ダンジョンから引き上げた後は、当初の予定通り各種の手続きや、注意事項をまとめたビデオを見させられて午前中は終了した。本格的に働くのは明日からで、今日は解散である。
そこでシノが皆の歓迎会をやると言い出し、旧阪急三番街にあるレストラン・異郷亭でテーブルを囲むこととなった。
ダンジョンの中でもダンジョンセンターとダンジョンタワーの中間に位置するこの辺りは魔物よけの結界が張ってあり、観光客向けの飲食街となっている。ここだけは十年前と変わらない賑わいに包まれていた。観光客だけでなく、昔を懐かしんで訪れる地元の人や、魔力を浴びにくるコフュースルも多い。
ダンジョンでも観光客向けの部分と、ガチ攻略勢向けの部分の緩衝地帯としての役割もある。
異郷亭は本格的なトリアル料理を出すということで、観光客にもコフュースルにも人気だった。
シノやフェイも常連客らしく、慣れた様子でいろいろと注文を済ませていた。
「朝に軽く済ませたけど、せっかくだからここできちんと自己紹介をしておこうか」
料理を待つ間、シノが提案し、まずは言い出しっぺからと続ける。
「私は沖田シノ。去年からこのセンターで職員をしています。皆がここに居る間は私が担当するから、何かあったら気軽に相談してね。
もちろん他のスタッフも親切な人が多いから、私に相談しにくいようなことは他の人達に頼ってくれていいわよ。どんな人が居るかはおいおい紹介していくわ。
補助系の呪文が使えるから、力仕事の時はかけてあげるわね」
シノは慣れた様子で話を終え、隣のフェイを促す。使い魔はセンターに置いてきたのか、今は連れていない。
「わたしはフェイ。フェイ・ディルム・フォウ。センターに登録してる冒険者です。なので立場的にはシノより君達の方に近いかな。このダンジョンには一年近く居るから、探索に興味があるなら声をかけてね」
梅田ダンジョンは基本的に誰でも探索可能だが、センターに登録すると魔物の数の調整や深い階層の設備のメンテなど、ダンジョンの管理のクエストを優先的に受けられる。そのかわり緊急時に連絡がとれるようにしておかないといけないので、半ばスタッフのようなものである。
今朝も当直でもないのにわざわざ呼び出されたらしい。
「うちは玉城奈々美です。大看付属高の一年で、魔法医療を学んでます。ここには実習も兼ねて四月からバイトしてます。今日は出番なかったけど、怪我したらゆうてね」
大和魔法看護大学は地球上で最大の回復系魔法の学び舎である。当然、その付属高校もレベルは高い。自己紹介のハードルが上がったと感じる裕太だった。
そこで店員が料理を運んできたので、話は一旦中断となった。