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エピローグ

 列車から降りると、むわっとした夏の空気が押し寄せてきた。

 山があきれるほど近くに見える景観に、裕太は目を細める。

 大学生になって初めての夏休み、ゴルフケースのような武器入れを背にした裕太は、きょろきょろと辺りを見回した。

 裕太は生体強化系の呪文と相性もいいこともあり、最近は近接も出来る魔法師として活躍していた。主な武器は日本刀であり、今使っているのは大学入学のお祝いにおやっさんがくれたものだ。

 通常、冒険者は武器を持ち歩いたりせずダンジョンの受付に預けておくことが多い。ついでに武器のメンテを依頼したりする。

 裕太も普段はそうしているのだが、今回もそうしようとしたら、おやっさんからクレームが出た。曰く、お前はメンテの回数が多すぎるから、一度工匠に行ってちゃんとした扱い方を聞いてこい、と。

 そんな訳で貴重な夏休みの時間を削って、こんな山の麓にまで足を運んだのである。

 工匠の人と駅で待ち合わせをしているのだが、どんな人かまで教えてもらっておらず、これからどうしようかと悩んでいると、

「裕太、こっちだ!」

 聞き覚えのある声に振り向いたら、記憶の中より背が高く筋肉質になっている人物がいた。高校生の頃から少年と言いがたい体格だったが、その時より一回り大きくなっている。そのくせ顔立ちだけはそのままで、なぜか高校生の頃より子供っぽく感じた。着ている紺色の作務衣が似合っていないのも原因かもしれない。

「健一?」

 思いがけない再開に、裕太の頭が真っ白になった。


「健一、大きくなったね……」

 かつての友に案内された工匠の一室で、何を言っていいか迷った裕太は、とりあえずそんなことを言った。

「裕太も……背はほとんど伸びてないか。でもけっこう筋肉ついて逞しくなったじゃないか」

 気遣う健一に、裕太は酷いと頬を膨らませる。

 いくら生体強化魔法の効果がアップすると言っても、結局は元の身体が資本である。この三年間、裕太は体力強化に真剣に取り組んだが、あいにく身長は努力でなんとか出来る類いのものではなかった。

「そんなことより、健一はどうしてこんなところに居てるのさ?

 何がなんだか、僕にはさっぱりだよ」

 久しぶりの再開は素直に嬉しいが、それにもまして疑問ばかりだ。健一が何もかもわかっている風なのがちょっと腹立たしい。

 ああ、それはと健一が語り出した。


「あの日の後、おやっさんにお礼を言いに行った時にさ、ついあの時日本刀が折れてなかったら俺は負けなかったって言っちまったんだ。あんなちゃちな刀を作った方が悪いってな」

 当時のことを思い出したのか、健一はばつが悪そうに苦笑いした。

「あの時の俺はさ、どうしても自分の弱さが認められなかったんだよな。そしたらおやっさんが、ここの勤奉を紹介してくれたんだよ。どうせ勤奉期間が残ってるんだろって。

 正直、あまり興味なかったんだけど、俺、その時はあの人が怖くて断れなくてさ。それでここで勤奉することになったんだよ」

 今はおやっさんが親切な人ってわかってるんだけどな、と健一は補足する。

「それでここで勤奉始めたらさ、当然なんだけど皆真剣に刀を打ってるんだよな。結局、ちゃちな刀を作ってる人なんていなくて、俺の腕が悪かっただけなんだって、まあ認めるしかないよなって……」

 当時のことをいろいろ思い出したのか、苦笑いにプラスして、頭も掻きだす健一。

「俺さ、身体は大きかったけど喧嘩とかからきしでさ。でも剣道は好きだったから、それに関係した仕事がしたかったんだよ。ダンジョンなら人間相手じゃないから、もしかしてなんとかなるかなって思って……

 それでも初めは結構不安だったんだよ。戦闘もあるところだから、俺よりごつくて怖い人しか居なかったらどうしようって。皆が俺より小さかったとわかったときは、凄く安心したんだ」

「今、僕は酷いことを言われた気がするよ」

 ぶすりと裕太が突っ込む。

 健一は肩を小さく狭めて両手を合わせ、

「俺、へたれだったからさ。そんなしょうもないことでしか安心出来なかったんだ。

 それなのに裕太がどんどん結果だしてさ。それで俺も凄いことしなきゃってなんか焦って、それであんなことになってさ。裕太やおやっさんがあんなに頑張ってくれたのに、俺は怖くて何も出来なくて、やっぱ俺には魔物相手でも戦闘なんか無理なんだって、それがわかってても認めたくなくて……」

 そこで健一は言葉を切り、まっすぐに裕太へ向き直った。

「あの時は心配してくれたのに酷いことを言ってごめん。それと、命がけで護ってくれてありがとう」

 真摯にそう言って、深々と頭を下げる。

「ちょっ……いいって、そんなことは。もう昔のことなんだからさ」

 いきなり謝られて、裕太はうろたえた。

「違うんだ。全然昔のことなんかじゃないんだ。

 俺、ここで修行しててさ。親方にもあの時のことを言ったんだ。どうしてここに勤奉に来たのかってことを、自分の失敗を折れた刀のせいにしたってことを。そしたらさ、親方が戦いの怖さを知ってる方がいい刀を打てるって……」

 それからずっとここで修行しているのだと健一は言った。裕太同様に転校して、ここで刀鍛冶の修行を続けたと言う。

 あの時のことは健一にとっても、決して無駄になっていなかったのだ。

「それでこの間、ようやく刀を打たせてもらって。裕太が刀を使っているって聞いてたから、どうしてもお前に使って欲しくてさ。それでおやっさんに相談したら、まかせろって言われて」

「えっ……」

 自分の刀の出自を聞かされて、驚く裕太。知らぬは自分ばかりなり。おやっさんもきちんと話してくれればいいのにって、何か理不尽な気になってきたが、それが顔に出ていたのか健一が慌てて、

「おやっさんには俺が黙っててくれって頼んだんだ。だってあんなことがあって、合わせる顔がなかっただろ。

 それで裕太が俺の刀を使ってくれたら、俺も前に進めるような気がして。でも違ったんだ。きちんと裕太に言えないってことは、俺がまだ臆病者ってことだったんだ。

 そのことにやっと気づいてさ、それをおやっさんに相談したら、またまかせろって……」

 それで今回の手はずを整えたのだろう。あのいつもの無愛想な顔の裏で、よくもまあここまで人の世話を焼けるものだと裕太は半ば呆れた。

 さらにたちの悪いことに、おやっさんは自分が勝手にやってることだと言ってお礼なんかも受け取らないのだ。この恩をどう返そうか、それを考えるだけで頭が痛い。

「それで健一は前に進めそうなの?」

 裕太が尋ねると、健一は恥ずかしそうに微笑んで、

「それはまだわからない。でも裕太にきちんと謝れて、凄く嬉しい」

「うん、僕も凄く嬉しいよ」

 三年、若者にとっては決して短くない時間の断絶が、たった今消え去ったように二人は感じた。


 積もる話はいくらでもあった。

 例えばあの時の仲間の話。

 マイケルは無事勤奉期間を終わらせて、ヤマトリアルの永住権を手に入れた。その後は一般企業に就職したが、週末や長期休暇を利用してダンジョンに潜る、いわゆる週末冒険者をやっている。スケジュールが合えば、今でも裕太とパーティーを組んでいる。戦闘的な呪文はまだ使えないが、ヤハギ同様いろいろと役に立つ呪文が得意で皆に重宝されていた。

 奈々美はあの後ダンジョンに潜ることはなかったが、センターのバイト自体は大学生になった今も続けていた。最近では中級の回復呪文も覚え、救急医療の研修にも積極的に参加していた。凄惨な現場では今でも立ちくらみを起こすらしいが、気絶するようなことはなくなったと自慢げに語っていた。

 シノは今でも勤奉生の受け入れをしており、フェイやヤハギも相変わらずだ。

 そんなことを裕太は健一に話し続けた……


「それにしても、なんかおかしな具合に刀身がぶれてるな。裕太、お前どんなふうに刀を使っているんだ?」

 裕太の本来の目的であった刀のメンテも、当然健一がしてくれることになった。その刀を日にかざして、健一が言ったのがその言葉だ。

 それを聞いて、裕太がにやりと笑う。

「健一、あれを使ってもいい?」

 部屋の隅にある、試し切り用の藁束を指さした。健一が頷くのを見て、彼の手から刀を受け取ると、それを構えて藁束の前に立つ。

 すっと息を引いた後で炎の呪文を高速詠唱し、それが完成すると共に裕太は刀を振り下ろした。

 鋭い爆音と共に、藁束が刀に触れたところからはじけ飛ぶ。後にはこんがり焦げた支柱しか残っていない。

「……」

 健一は目にした光景に一瞬息を飲み、

「凄え、いったい何をしたんだ?」

 思わず裕太の肩を掴んで尋ねた。

「刀の刀身を呪文発動の媒体にするんだよ。これで投射系の呪文でもゼロ距離で打てるから、僕でも近接戦が出来るんだ」

 あの時、自分の身体からゼロ距離で呪文を発動して死にかけた裕太が、それを反省して編み出した技である。

「はあ……凄いやつだとは思ってたけど、お前はホントに凄い奴だな、裕太」

 健一が妙に嬉しそうにそう言い、

「多分、呪文の衝撃に刀身が耐えられてないんだな。もっと刀身を厚くした方がいいのかも……」

 刀を見ながらぶつぶつと分析をし出す。

「裕太、いろいろと試さしてもらっていいかな」

「うん、こちらこそよろしく頼むよ。僕はもっと強くなりたいんだ。健一にも手伝ってもらえると、凄く嬉しい」

 まっすぐにそう言われて、健一は一瞬言葉を詰まらせた。そして先に大きく頷いてから、

「ああ、刀のことなら任せておけ。って言っても俺もまだ修行中だから何処まで出来るかわからないけど、できる限りのことはやらせてもらう」

 きっぱりとそう宣言する。

「ありがとう。そう言ってくれると凄く嬉しい」

 裕太が心からそう言った。健一はその顔を眩しそうに見て、

「おい、何だよ……こんなことで泣く奴があるかよ……」

「健一こそ、でかいくせに何を泣いてるんだよ……」

「身体の大きさは関係ないだろ……」

 二人の青年は、しばし三年間の別離を洗い流すかのように泣き続けた。


 この先、裕太は自分が『煉獄の魔法剣士』などと言うご大層な二つ名で呼ばれるようになることをまだ知らない。健一も、自分が鍛えた刀が千メートル級の龍を一刀両断した業物として博物館に展示されることになるなんて想像すらしていなかった。

 それはまだ少し先のこと、今とは別の物語である……

これで勤奉生の物語は一旦完了ですが、もう少しこぼれ話的なエピソードを続ける予定です。

それが終わってから完結ということにしますので、もうしばらくお付き合いをお願いします。

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