夏の終わりに
奈々美はしばらくダンジョン内部での仕事は控えることになり、マイケルと裕也はダンジョンビルの仕事に移ることになった。
密入国者事件は解決したが、ヤマトリアル連邦設立十周年記念を控えてテロの標的になることを懸念し、しばらくセンター側での勤奉生の受け入れを縮小しようという話になったらしい。その分冒険者を導入するということで、フェイが面倒くさがっていた。
ダンジョンビルの方ならガチ勢がそこら中を闊歩しているので、外敵に対しては安全である。その分魔物も強いから、内部的には危険が危ないのだが……だからこそテロの標的にもなりにくいと考えられていた。
昼休み、裕太は奈々美に合いに行った。梅田で暮らす先輩として、聞きたいことがあったのだ。
「そやから、課題さえクリアしてたら学費は免除されるんよ。クリアでけへん子は、自分のレベルに合った学校に移ることが多いみたい。せやけど裕太君やったら余裕やと思うわ」
奨学金について尋ねると、そんな答えが返ってきた。
「裕太君、こっちに転校してくるん?」
「うん、魔法を勉強するなら、さすがにこっちの方がいいから。学校の魔法学の先生にも相談したんだけど、是非そうしなさいって言ってた」
魔力枯渇状態の地球上では、最大級のダンジョンである梅田ダンジョン以上に魔法が使えるところはない。
他にもシノ達のようにトリアルへ留学するという手はあるが、和式呪文を学ぶならこちらの方が適している。
「奨学生用に寮はあるけど、ダンジョンに通うんやったら距離的に寮はやめた方がええよ。センターから住宅補助金でるから、近くのアパート借りた方が便利やし。センターの食堂も安いから、休日に食べにこれるし。その代わり急な呼び出しあったりするけど」
奈々美は梅田で一人暮らしする学生として、いろいろと教えてくれた。
贅沢さえしなければ、学生が一人で生きていくことは簡単なようだ。ヤマトリアルは、学ぶ意思がある人に優しく、働く意思がある人には合理的に出来ていた。
問題は保護者だ。裕太の父親は、ダンジョンで勤奉することさえいい顔をしなかった。いきなり転校すると言っても賛成はしてくれないだろう。
ただ親でなくても、身元引受人の資格を持っている人に頼めば、保護者になってくれる。と言うか、未だにヤマトの属領である山形ではヤマトリアルの正式な市民権を持つ者は少なく、裕太の父親も例外ではない。山形でならともかく、ヤマト領内では裕太の父も保護者の資格はなく、勤奉中はシノ達が既に身元引受人になってくれていた。
裕太が梅田で暮らすのなら、シノ達は引き続き身元引受人になってもいいと言ってくれている。
裕太さえその気なら、転校して一人で暮らすことに何の問題もなかった。
『強くなりなさい』
そうファラステラは言っていた。
あの時、魔法をもっと上手く使えていれば、健一が傷つくこともなかった。
それでもいつかは傷つくことを恐れて健一がダンジョンを去る時が来るのかもしれないが、あんなに唐突な別れにはならなかっただろう。どこまで強くなればいいのかは分からないが、裕太は今より少しでも強くなりたかった。
「裕太さん」
勤奉の合間に、マイケルが嬉しそうに声をかけてきた。
「見てください」
マイケルが指を突き出して呪文を唱える。
その指が蛍のように淡く輝いて点滅した。
「どうですか」
マイケルは誇らしげだった。ヤマトリアルの中学生なら誰でも出来るような初歩的な呪文、それでも進歩には違いなかった。
「凄いですね」
裕太は心の底からそう言った。
「どうかしましたか?」
マイケルが心配そうに覗き込んできて、裕太はそれで自分が涙を流していることに気づいた。
「いえ……ただ嬉しくて……本当に嬉しくて……」
あの事件で友達は一人去ったが、残って前進し続けている人もいる。そのことが本当に嬉しかったのだ。
「じゃあ裕太君、気をつけてね」
シノが列車の窓越しに別れの挨拶をした。
新梅田駅、相変わらずファラステラのポスターがそこかしこに見受けられるホームに彼女は立っていた。
「今までありがとうございました」
列車の中で裕太は深々と頭を下げた。
たった三週間の勤労奉仕体験。だけどそれは今での人生で一番劇的な三週間だった。
裕太の胸に、様々な思いがわき上がる。
だがそんな感傷など知らぬげに、列車は動き始めた。
裕太は慌てて顔を上げ、シノに向かって、
「戻ってきても、よろしくお願いします!」
大きく頼み込む。
どんどん離れていく裕太に、シノは微笑みながら大きく頷いた。
こうして勤奉生の一夏は終わりを告げた。
そして、新しい季節がすぐにも始まろうとしていた。




