梅田がダンジョン街になった理由を語っちゃいます
新梅田駅からダンジョンセンターへは徒歩で移動した。
ダンジョンセンターに近づくほど、空気が澄んでいく気がする。まるで水が染み込むように、一呼吸ごとに身体に何かが満たされていくようだ。歩きながら、裕太は手の平をヒラヒラさせて、風の感触を楽しむ。
「ここ、いい空気ですね」
シノが振り返って何かを言いかけて、裕太の様子を見て何かを察したようだ。
「ああ、裕太君は魔法が得意なんだったね。ここはダンジョンから魔力が流れてくるからね、気持ちいいでしょ」
地球は基本的に魔力枯渇地帯であり、山形に住む裕太も当然魔力のある土地で過ごしたことはない。
裕太は生まれて初めて、魔力を肌で感じたのである。
センターの開場時間は朝十時だ。入り口はまだ閉まっているのでシノ達は裏口から入って二階のカフェで職員用の朝定食にありついた。
初めはシノがいろいろと裕太に話しかけていたが、あまりお喋りが得意でない裕太に合わせてか、いつしかシノの独演会になりつつあった。
「そもそもね、龍が破壊した後をどう活用するかという話だったのよ」
列車の都合で裕太が中途半端な時間に梅田に到着したので、まだ時間に余裕はある。シノはここでその時間を潰すつもりのようだった。
「梅田のど真ん中に直径ニキロの更地が出来たんだから、普通なら再建するよね。でもさ、龍が強引に転移して来た後だから、魔力的にも空間的にも不安定になってたのよ。最悪、また龍が転移してくる可能性があるくらいに。
そんなところにまた繁華街を作る訳にはいかないでしょ」
梅田は何と言っても大阪の中心街である。当然再建派も山のようにいた。
しかし再び龍が出現する可能性まで指摘されては、強行出来る人もいなかった。また円が暴落していた時代である、資材の調達もままならないという現実的な問題もあった。
「ところでさ、裕太君も魔法を習ったのなら知ってるでしょ、瘴気のこと」
魔力というエネルギーを現実に作用する現象に変換するのが魔法である。だが呪文によって消費された魔力が、すべて魔法に変換される訳ではない。一部は魔法に使われず、現実に作用しやすい中途半端な状態で残ることになる。言わば魔力の燃えカスであり、これをロス魔力という。
同じ呪文を唱えても効果に差があるのは、この燃えカスのせいだ。上手い術者はほとんどロス魔力を発生させないので、その分魔法の威力も高い。
問題は、これが単に魔法の威力だけの話ではないことだ。
ロス魔力は辺りを漂いながら、やがて集積して瘴気となる。そして何かのきっかけで無軌道に現実世界へ効果を発現させるのだ。
ある時は大爆発を起こし、ある時は強力な呪いとなって周囲の人間達を苦しめる。瘴気が集積して魔物となることも多い。
魔法を使う限り必ず発生し、放置していては瘴気になるのがロス魔力だ。
「その厄介な瘴気を制御するために考案されたのがダンジョンなのよ。
結界によって周囲の瘴気を吸収して、あえて魔物の形に変換するの。そしてその魔物を退治することで、魔力を純化する、言わば瘴気の浄化装置なのよ」
魔法を導入していくなら、どのみちダンジョンは必要となる。また龍の転移による魔力の歪みもロス魔力の一種だった。
梅田にダンジョンを作れば魔力の歪みも解消されていくし、周囲で魔法を使っても瘴気に悩まされることはない。ある意味一石二鳥だった。
「まあそのせいで、梅田の再建は大変なことになっちゃったんだけどね。少ない土地をやりくりして、全線が開通するのに八年もかかったし」
新梅田駅に各駅が集中して乗り換えは便利になったという意見もあるが、そこまでこぎつけるのは一苦労どころでは無かった。東西線なんてダンジョン広場を大きく迂回するために、阪神高速の上を走っている有様だ。
「でもおかげで安全に魔法が使えるようになった訳だからね。そのメリットも計り知れないわ。
そんな大切なダンジョンを整備するのが裕太君の仕事よ。よろしくね」
時間つぶしついでのシノの独演会は、そんな言葉で締めくくられた。