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その人は誰なんですか

 裕太はフェイを探していた。

 救出してくれたお礼をヤハギにしたら、あの時に使った回復呪符はフェイの私物だったと教えてもらったのだ。自分が救出にいけない変わりに呪符をヤハギに託したらしい。レベルの高い呪符は当然お値段も高い。瀕死の人間を回復する呪符を二枚となると、裕太の今回の勤奉の稼ぎがすべて吹っ飛ぶレベルだ。

 そのフェイは、ダンジョンセンターかダンジョンビルのどこかにいる筈なのだが、メッセージを送っても非通知状態になっているのかまったく音沙汰がない。出来れば今日のうちにお礼をしておきたいと、裕太はあちこち巡っていた。

「あっ、シノさん、フェイさんが何処にいるか知ってますか?」

 偶然見かけたシノに話しかけると、

「あの子ならさっき休憩室に居たけど……」

「ありがとうございます!」

 シノが何か続けようとしたことに気づかないふりをして、裕太は大きく礼を言って急いだ。

 そろそろ時間も遅い。昨日の今日と言うこともあり、未成年の裕太がうろちょろしていては小言を言われかねない。

 と言うか、実はさっきおやっさんに注意されたばかりなのだ。あの人、あんな見かけと態度でやたら心配性だし……


「あっ、フェイさん」

 休憩室のドアは開いていた。

 奥のテーブルにフェイが座っているのを見つけて、裕太は声をかけつつ部屋へ足を踏み入れようとした。

 扉の陰で廊下からは見えなかったが、フェイの前に誰か座っている……その人物が視野に入る前に、裕太はそのことに気づいた。

 突然、視野が反転する。

 尻餅をついていた。自分の腰が抜けたことを、裕太は理解できなかった。

「あらあら」

 フェイの前に座っていた人物が、音も立てず立ち上がった。

 フードを目深にかぶっているので、顔つきはわからない。ただ裕太より背が低く、小柄だ。

「あっ……」

 裕太の口から乾いた声が漏れる。自分が恐怖を感じて震えていることに、裕太はその時初めて気づいた。

 それは、とてつもない魔力の塊だった。それに比べたら、地下四階で出会ったスライムの塊ですら蟻のようなものだ。

「まぁ……」

 裕太が怯えていることに気づいて、その人物は小さく微笑んだ。柔らかい、砂糖菓子のような声だった。

「この子があなたの言っていた期待の新人君ね」

「ええ、そうですが……」

 フェイは、目の前で起こっていることが理解出来なくて困惑しているようだった。口調もいつもよりかしこまっている。

 勤奉生が入ってきて、何もないところで突然こけた。そして何か怖がっているようだ。それがフェイから見えた事象だった。

「大丈夫、小さな勇者さん?」

 少女が、まだ尻餅をついている裕太に手を差し出した。

 少女の小さな手のひらと、不思議そうにこちらを覗き込んでいるフェイの顔と、フードの陰になっている少女の顔、その三つを裕太の視線が代わる代わる移動する。

「……」

 裕太は唾を飲み込んだ。フェイの表情から、どうやら危険な状態ではないと察して少し落ち着きつつあった。

「ほら」

 少女はそんな裕太の態度をおかしいとも思っていないようで、差し出した手のひらをひらひらさせて裕太を促した。恐る恐る裕太が手を伸ばす。

 裕太の手と少女の手が触れあった瞬間、

「……!」

 少女が裕太の手を掴み、まるで一本釣りするかのような勢いで裕太を引き起こした。

 力があるというよりは、タイミングの問題なのだろう。強引に立ち上がらされて、裕太はその勢いを殺しきれずたたらを踏む。今度は前のめりにこけそうだと裕太は覚悟したが、そんな勤奉生を少女がふんわりと抱き留めた。

 その勢いで、少女の頭からフードが外れる。

 あらわになったのは、ふわふわの蜂蜜色の髪と、大きな蒼い瞳。人形のような、という形容がよく似合う。

 彼女は柔らかく裕太を抱きしめて、

「強くなりなさい」

 裕太の耳元で、唱うように囁く。

「魔法は現実を塗り替える、人類の切り札。使える呪文が多いほど、魔法師は理想の世界に近づける。嫌な現実を受け入れなくていいように、誰よりも強くなりなさい」

 裕太の背中をぽんぽんと叩き、彼女は若き勤奉生からゆっくりと身を離した。

 彼女の囁きはトリアル語だったが、裕太にはしっかりと理解できた。上級言語は意味を伝える言葉、互いに上級言語を使えるなら言語の違いなど関係なく真意は伝わる。

「まだ気づいてないみたいだけど、あなたは普通の人より魔力を感じ取る力が強い。魔力偽装をしてる私を見て腰を抜かすのは、そういうこと。鍛えればもっともっと強くなれるわよ」

 今度は流暢な日本語でそう言って、ちょっと背伸びして裕太の額をちょんとつつく。

「期待してるわよ、小さな勇者さん」


「じゃあフェイ、次もよろしくね」

 フードをかぶり直すと、彼女はフェイに手を振って休憩室から出て行った。

 裕太は彼女と初めて会ったが、その顔はよく知っていた。

 新梅田駅に着いたときから、彼女のポスターはそこかしこで見ることが出来た。

 ヤマトリアル連邦設立の立役者であり、現ヤマト首相ファラステラ。魔法教育の普及を掲げて選挙を勝ち抜き、見事にその公約を実践した政治家。ヤマトの属領である東北でもちゃんとした魔法教育を受けられるのは彼女のおかげである。

 そして十年前の梅田龍事件で戦った冒険者の一人であり、ヨド○シ梅田ビルが丸ごと残ったのは彼女の防御呪文のおかげとも言われている。裕太はそれを今まで都市伝説だと思っていたが、あれだけの魔力があればそれくらい容易いだろうと考え直す。

「えっ?」

 あれがファラステラであることは間違いないが、なぜそんな大物がこんなところに……

 状況が飲み込めず、思わずフェイの顔を見つめる裕太。

「あれは私の母です。たまに魔力を補充するためにダンジョンに潜りに来るのです」

 あまり言いたくはなかったという顔つきで、ほとんど棒読み口調でフェイは言った。

「ええっ!」

 驚きを隠しきれない裕太に、

「ええ、そうですね。全然似てませんよ。弟はけっこう似ているのですが。はい、いつも私の方が年上に見られます。でも事実ですから仕方ありません」

 もう言われ慣れているのか、裕太が何か言う前に自分からすらすらとぶちまけるフェイ。

 魔法の素質が遺伝しないせいか、コフュースでは公の場で血縁を重視することは少ないという。政治家が家族を連れ歩くなんてこともしない為、その子供の情報なんて滅多なことでは表に出ない。

 言葉は理解できたが、感情の処理が追いつかず呆然としている裕太を見て、フェイはいつものことだとばかりにため息をついた。

 実に彼女らしからぬ仕草だと、頭の片隅で裕太は思っていた。

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