どうしてそんなに死んでいるんですか
「昨日は本当にありがとうございました」
ひとしきり笑いを我慢した後、裕太は立ち上がって頭を下げた。おやっさんの人となりに触れて、もう一度きちんとお礼をしたくなったのだ。
「だから、あれは俺の確認ミスが原因だって言っただろう」
彼がきちんとシノに確認して装備を貸し出したいなかったらあんなことにはならなかった、だから昨日のことは自分の責任だというのが初めから一貫した彼の言い分だった。
ちなみにシノはシノで、初めは勤奉生達の行為を自分の指示だったということにしようとしたそうだ。彼女がそう主張する前に勤奉生達の聴取が終わっていたので、あっさり嘘とばれたのだが……
「いえ、あれは僕達のミスです。
僕が思い上がっていたんです。いろんなことでちやほやされて、もし何かあっても僕がなんとか出来るってうぬぼれて、それで判断が甘くなってたんです。御屋坂さんが探しに来てくれて本当に助かりました」
そう言って裕太は再び深く頭を下げた。
「そこまでわかってるなら、もういいさ。ここじゃ取り返しのつかないことなんて滅多にないんだからな」
昨日死んだ人の口から出ると、とても説得力のある言葉だった。二人が死んで、二人が重傷になっても、次の日には普通に仕事をしているのだから。
でもその内の一人は、もうここには戻る気はないと言った。何もかもが元に戻った訳じゃない。
「健一、ここを辞めるって言うんです」
おやっさんに言っても仕方のないことだが、裕太は思わず言ってしまった。
「ああ、あのでかいのなら昼前にここにも挨拶に来たな」
健一がおやっさんにまで話していることに、裕太はショックを隠しきれなかった。
「辞めないように、説得したいんですけど……」
絞り出すように言った裕太をおやっさんはちらりと一瞥し、
「死なないってわかってても、痛いものは痛いし、怖いものは怖いもんだ。それを我慢しろってのは難しいんじゃねえかな」
淡々とそう言った。
「でも……」
そういうおやっさん自身は、痛くて怖い目にあってもここに普通に戻って来ているじゃないですか、そんな言葉を裕太は飲み込んだ。
「人には向き不向きってもんがあるんだ。そもそも勤奉ってのは、それを確かめる為にあるんだろ、よく知らんけど」
勤奉が施行されたのは裕太が中学の頃だ。裕太達の世代にとっては勤奉があるのが当たり前のことだが、おやっさんの世代では経験していないのが当たり前なのだ。
学生のうちに実際に職業体験して、それが向いてるかどうか確かめる。向いてないとわかったのなら、無理して続けるよりも、他の職場で新たな挑戦をした方がいい。それが勤奉というものだ。
ならば健一は、怖い思いをして諦める為にここに来たというのだろうか。裕太はなにか納得出来なかった。「誰もがお前のように勇気がある訳じゃないさ」
「僕に勇気なんて……」
それは、あるいはおやっさんなりの慰めの言葉だったのかも知れない。しかしその時の裕太には、それを素直に受け止める気持ちにはなれなかった。
「それに、誰もがあのアメリカ人ほど図太くもないだろうしな」
「マイケルさん、図太いですか?」
どちらかというと細かいことにもよく気づく繊細なイメージだったので、裕太は驚いた。
「普通、初めて死んだ次の日に平気な顔で働きにこないぞ」
昨日死んだばかりなのに普通に仕事している人の口から出ても、まったく説得力のない台詞だった。
思わず無言になる裕太に、その理由を気づいたのか、
「俺はもう三回目だからな。もう動揺なんかせんよ」
なんでそんなに死んでるんだ、この人……おやっさんの言い訳じみた言葉に、裕太は動揺する。
「おやっさん、元は冒険者なんですか?」
「ああ? 俺は戦うのとか怖いからそんなことはせんよ」
「じゃあどうして三回も死んでるんですか?」
ひょっとしたら聞いたらまずいかもと裕太は思いつつ、聞かずにすますのも難しかった。
「まあこういう職場だからな。昨日みたいなことは何度かあるさ」
何でもないことのようにそう言う。
そういう所はダンジョンに向いているのだろう。いや、戦闘力もないのに危険な場所へ行って三度も死んでいるのは、むしろ向いていないのかもしれない。
少なくともおやっさんは、死んだくらいでここを離れようとは思わない人なのだ。そう思うと、裕太の胸の中のしこりが少し大きくなった気がした。




