過去と現在と
事前にメッセージを飛ばしたが、返事はなかった。
裕太は健一の部屋の扉をノックして、
「健一、開けるよ」
声をかけてから返事を待たずにノブを回す。来ることは伝えているのだから、会いたくなければ鍵くらいかけているだろう。
扉は何の抵抗もなく開き、裕太は部屋へ足を踏み入れる。
「……健一」
裕太の友人は、部屋の真ん中に所在なげに突っ立っていた。周囲には荷物が散らばっていて、まるで荷造りの真っ最中のようだった。
「俺、ダンジョンの勤奉を辞めようと思うんだ……」
うつむいたままぼそぼそとこぼす健一に、
「どうして?」
裕太は信じられない思いで問い返した。
「どうしてって……あんな目に遭ったんだぞ!」
健一が顔を上げて吠えた。
「あんな目って言っても、もう治ったんだし……」
そう言った裕太に、健一は目を見開いた。
それを見て何かを失敗したことに裕太は気づいたが、それが何なのかは見当もつかなかった。
「もういい……出て行ってくれよ」
今にも泣き出しそうな声で、健一はそう言った。
裕太は何も言い返すことができず、何をすればいいかもわからず、友達に背を向けて逃げ出すようにその場を去った。
センターの食堂はそこそこ混んでいた。
裕太は空いているテーブルを見つけて腰を下ろす。奈々美は早退、健一は休みで、マイケルは亡命の為の手続きがあるということで別行動だ。
一人で黙々と食べていると、前の席に誰かが座った。顔を上げてみると、シノだった。
「朝はごめんね。健一君のこと、嫌な思いさせちゃって」
「いえ……」
あれはシノに何の責任もない。そんなことで謝られても困るしかない。
「こちらこそ、昨日は勝手なことしてすいませんでした」
裕太が声を絞り出すと、シノは一瞬じっと裕太を見つめた。
「そうね、確かに勝手なことだったわね。本来ならどうすべきだったと思う?」
シノの声はどこか冷たく、突き放しているようでもあった。
「はじめにポスターのことを相談するか、隠し扉を見つけた時点で連絡するべきでした……」
シノの怒りを肌で感じて、裕太は誠実にそう答える。
「ホント、次からはそうしてね」
そう言って、シノは何かをはき出すように大きくため息をついた。
「もうしっかり反省しているようだし、今回の件に関して私からはもう言うことはないわ」
そこでぐっと水を飲んで、
「ぶっちゃけ、調子に乗った初心者パーティが全滅するのは珍しいことじゃないしね。私も似たような経験あるから、大きなことは言えないのよ」
苦笑いを浮かべてそう告白するシノに、裕太が驚く。
「私とフェイとヤハギとオギノはトリアルの魔法学校の同期でね。あの頃はコフュースの魔力大崩壊の影響で市街地に魔物が出ることも少なくなかったの。私たちも有志を募って魔物討伐してたわけ。
大人達はおとなしく勉強しとけってうるさかったけど、私達も意地になってて。それでレベルの高い魔物に挑んであっさり全滅したのよ。十人居たけど、半分は死んだわ。ヤハギなんて胴が真っ二つになってたし」
壮絶な話の割に、シノの声はどことなく甘く、昔を懐かしんでいるようでもあった。
「そんなことがあって、さすがに生徒だけで出撃するのはやめて、私達は大人の自警団を手伝うことにしたの。でも戦い続けたのは、私とフェイとヤハギの三人だけで、残りの七人とは自然と疎遠になったわ」
そこで裕太を見つめ、
「それがオギノからこの間突然連絡があってね。将来有望な生徒がいるから面倒見て欲しいって。直接やりとりするなんて、六年ぶりだったわ」
そこで裕太はオギノというのが、高校の魔法学の先生だということにようやく気づいた。確かに梅田ダンジョンの勤奉を手続きしてくれたのはオギノ先生だった。そんな繋がりがあったことに驚いたが、地球人で教える立場になれるほど魔法に詳しいとなると、初期のトリアル留学組がほとんどだ。この繋がりはむしろ必然の部類なのだろう。
「それで私やフェイも、いろいろ舞い上がってたとこはあったかも知れないわね」
シノやフェイやヤハギがもともと親切な性分なのは間違いなかったが、それでもかつての仲間の教え子というのは大きなバフ効果になっていたのだろう。
「そうだったんですか」
「まあそんな訳だから、健一君ともそのうち連絡がとれるわよ」
それはシノなりの慰めなのだろう。ただ六年もの断絶というのは、裕太にとっては永遠にも等しく、あまり励みにはならなかった。




