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扉の向こう側で

 通路は狭く、四方がコンクリのせいか空気が冷たかった。

 下は砂利というか、細かく砕かれたコンクリートのようだ。一歩進むごとにジャリジャリと音が反響する上に、砂埃が舞って懐中電灯の光を乱反射させる。

「酷いところだな……」

 ハンカチで即席のマスクをした健一が、辟易してつぶやいた。天井に頭をぶつけないよう屈んで歩いているので、尚更そう思うのだろう。

「待って、今何か音がせえへんかった?」

 奈々美の囁きに、勤奉生達が足を止めた。自分達の足音が静まり、変わりに進行方向から金属を拳で叩くような重い音が聞こえてくる。

「何だろう」

 裕太が呟くが、誰も答えられる訳がない。緊張がその場を支配し、

「とにかく行ってみよう」

 健一が慎重に歩き出した。再び砂利を踏む音がこだまし、不審な音がそれに隠れる。

 しばらくして、

「あれ、さっきの音、止まったかも……」

 奈々美が再び囁き、皆が足を止める。確かに先ほどの音は聞こえず、静寂が耳に痛いほどだ。

 勤奉生達は顔を見合わせ、黙って頷くと更に慎重に足を進める。

「おい、あれ」

 しばらく歩くと、右手にコンテナの扉のような鉄の扉が見えてきた。一度立ち止まり、周囲に動くものがないことを確認すると、今度は足早に扉を目指す勤奉生達。

「さっきの音、これだよな」

 扉を指先でつつきながら、健一が囁いた。奈々美が扉にぴたりと張り付き、様子を伺う。

「何の気配もあらへん」

 扉を前に、勤奉生達はほとんど悩まなかった。

 マイケルが盾を構えて扉の前に立ち、裕太が呪文の準備をして、健一がゆっくりと扉をスライドさせる。 緊張に身を張り詰めた勤奉生達だが、特に何事もなく人一人が通れるほどに扉が開く。

「階段ですね」

 マイケルが目の前の光景を端的に口にした。

 扉の向こうは広い空洞になっていて、床がこちらより一階分ほど低い。そこへ降りるための階段が扉の向こうに続いていた。懐中電灯をそこに向け、徹底的に観察する。

「これ、昔の地下鉄の線路じゃないかな」

 梅田ダンジョンを作ったときに、線路は再編されて梅田の各駅を循環するように作り直されている。

 元の線路も新梅田駅につながるように掘り直され、かつての線路は埋められているはずだった。

 ただ龍事件の後の混乱期の話であり、何らかの手違いで埋め忘れた線路が残っている可能性は否定できなかった。


「降りてみましょう」

 マイケルが盾を構えたまま先頭に立ち、健一がいつでも抜刀できる構えで後に続く。

 二人が下について安全を確認してから、裕太と奈々美も階段を降りた。

 しばらく誰も通ったことがないのか、埃の積もった通路には勤奉生達の足跡しかない。

「やっぱり昔の地下鉄みたいだね」

 新しく作られた梅田環状トンネルなら冒険者のために灯りくらいついているし、線路に埃が積もっていることもないだろう。

 健一がそれに答えようとした、その時だった。

 懐中電灯の光を遮るように何かが下降して来て、

「ぐうっ!」

 マイケルが衝撃で弾き飛ばされ、壁に身体を打ち付けて崩れ落ちた。

「……!」

 上から落ちてきた何かが、その勢いのまま今度は健一の方へ跳んで来た。

 健一は素早く抜刀して迎え撃とうとしたが、刀を抜ききる前にそれは腕を振るい、鋭い爪で刀を弾き飛ばした上でそのまま健一に体当たりした。

 あっさりと弾き飛ばされた健一は、後続の裕太達を巻き込んで線路に転げ倒れた。

「ちくしょう……」

 よろよろと立ち上がった健一が刀を構えようとして、その刃が根元からぽっきりと折れたことに気づいて動揺した。その隙を狙われたのか、長くて大きな腕が健一の刀を持つ腕をむんずと掴む。

 それは太い腕と貧相な下半身というアンバランスで、羊のような頭と蝙蝠のような翼を持つ生き物だった。地下三階ではよく出現する悪魔型の魔物で、その階層では手強い部類である。天井に張り付いて身を隠すことも多く、警戒不足なうかつな冒険者からは嫌われている。

 魔物は健一を掴んだまま腕を振り上げ、まるで玩具のように健一を振り回した。健一の悲鳴が木霊する。

 裕太は慌てて立ち上がろうとしたが、打ち所が悪かったのか思うように身体が動かない。おまけにがたがたと震える奈々美がしがみついていて、立ち上がることもままならなかった。

 健一の悲鳴がひときわ大きくなったかと思うと、出し抜けに止まった。

 裕太が顔を上げると、魔物が握っているのは健一の腕だけになっていた。身体の方は隅の方に転がり、残った腕で傷口を押さえて小刻みに震えていた。

 魔物が健一の腕を投げ捨て、健一の身体の方へ歩き出す。

「奈々美ちゃん、手を離して……」

 焦った裕太が、しがみつく奈々美に懇願するが、彼女の耳にはその声が届いていないようで、ただひたすらに震えていた。

「ぬわっ!」

 それは突然だった。裕太達が降りてきた階段を何かが凄い早さで駆け下りてきて、かけ声とともに魔物に体当たりする。不意を突かれた魔物はバランスを崩して尻餅をついた。

「お前ら、早く逃げろ!」

 その声で、裕太はそれがおやっさんであることに気づく。ダンジョンビルのスタッフの制服のままで、武器すら携帯していない。

 おやっさんは裕太達に声をかけると、素早く健一に駆け寄った。その大きな身体を助け起こそうとしたが、体勢を立て直した魔物が近づいてくることに気づくと、健一を護るようにその身体の上に覆い被さった。

 魔物が二人に近づき、その牙をおやっさんの首筋に突き立てる。

「……!」

 声にならない声がおやっさんから漏れたが、彼は健一をしっかりと抱え込み逃げだそうとはしなかった。

 裕太は歯ぎしりした。この体勢からでも呪文は唱えられるが、どう考えても健一とおやっさんが巻き添えになる。彼の覚えている攻撃呪文はすべて投射式であり、味方と密着した敵だけを攻撃出来ないのだ。

 いや、方法はあった。それを思いついたとき、裕太の身体は震えた。

 しかし迷っている時間はない。

 裕太は震える手でマントを外し、奈々美の拘束から逃れる。立ち上がろうとして、右足が折れていることに気づいた。

 舌打ちし、歩くことを諦めて這うように魔物との距離を詰める。

 幸いにして、魔物はおやっさん達を攻撃するのに夢中でこちらに気づいていない。

 裕太は魔物まであと一歩というところまで近づき、片足で立ち上がると魔物へと飛びついた。

 それに気づいた魔物が裕太を力尽くで振りほどこうとしたが、それより先に裕太の呪文が完成した。

 ゼロ距離で炸裂した火炎呪文が魔物を砕き、その反作用で裕太を弾き飛ばす。

 またしても壁に打ち付けられ、裕太の意識が遠のいた。

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