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ホントに忙しいといろいろ困りますね?

「放置状態になってごめんね。今日はもうやることないから上がっていいわよ」

 控室に入ってくるなり、シノは申し訳なさそうにそう切り出した。そうとう忙しいのか、かなり疲れている様子である。

「あのう、今ってどういう状況なんですか?」

 疲れているシノに負担をかけるのは申し訳ないが、好奇心を押さえきれず尋ねる裕太。

「そうね、裕太君は現場に居た訳だし、皆もここで働いている以上正確な情報は必要だよね。

 三十分くらいは余裕があるから、私が知ってる範囲でよければ、情報共有しましょうか」

 その時間は、本来ならシノの休憩時間なりだろう、マイケルが差し出したお茶をグイっと飲み干して、シノがそう提案した。勿論、それを断る勤奉生が居るはずもなかった。


「まず、捕まったのはイギリス国籍の人達ね。日本の英国領事館勤務らしいけど、ヤマトリアルへの入国許可は取ってないから密入国者になるわ」

「日本・・・・・・ですか」

 勤奉生達が微妙な顔つきになる。

 コフュースのトリアル国と、日本から独立してヤマトを名乗った関西が手を結んだのがヤマトリアルだ。そこに北海道と四国と九州と中部地方と中国地方が参入し、遅れて東北地方や関東の一部も加わった。

 つまり東京や北関東は未だヤマトリアルの領土ではなく、ヤマトリアルの新体制では利権を失ったり犯罪者として告発されたりするような人物の溜まり場になっている。まっとうな人間なら既にヤマトリアルへ亡命していた。売春と臓器売買が主産業と言えば、程度がしれるだろう。

 彼らは未だに日本列島の所有権を主張しており、ヤマトリアルの住人をテロリスト呼ばわりして非難していた。

 ヤマトリアルとしては、例え上級言語が使えてもその理念を共有できない者達に手を差し伸べる筈もなく、魔法も使えない連中が脅威になることもなく、ぶっちゃけ無視である。

 ただ心を入れ替えて亡命を希望する人達は受け入れており、その都合上国境の警備はあえて緩めにしてある。犯罪者登録されていれば領土結界に引っかかるが、そうでなければ密入国自体は不可能でないだろう。しかし使ってる貨幣自体違うというか、ヤマトリアルではほぼ電子マネー化されて管理されているので、密入国者が何の後ろ盾もなく生活していくのは不可能に近い。

「だから今回の件は日本政府が後ろにある可能性も否定できないの。ご丁寧に記憶の一部がブロックされていてね、野良魔法師が後ろにいることは確実よ」

 ヤマトリアルで魔法を学んだものの、何らかの問題を起こして日本へ亡命する者も居た。彼らは野良魔法師と揶揄されたが、そもそも魔力枯渇地帯で魔力石も手に入らない日本に居ては、魔法を使えないので脅威にならない。

「それであいつら魔力石を集めてたんや」

 奈々美が合点するが、シノは軽く首を振った。

「まだ捜査は終わってないから、断言は出来ないわよ。ただ記憶のブロックに使われてる呪文自体は大したことないから、今晩には解呪出来て全部わかるって話だわ。

 だから明日からは平常運転出来そうよ」

 その為に色々と急いでやらなければならないのだろう、シノの言葉は内容とは裏腹に疲れが滲み出ている。

「奴らが受付を通っていればここまで大事にならなかったんだけどね。まあそんなことしてたら、そこで捕まってるからこんなことにはならないんだけど」

「やっぱり受付は通ってなかったんですね」

「ええ、入場記録には残ってないわね。それなのに内部の監視カメラには十日くらい前からちょくちょく映ってるわ。基本的にカメラのある位置は避けてるみたいで、どのカメラにも一回しか映ってないんだけどね」

 十日前という単語に、裕太達がそっと目配せする。しかしお疲れモードのシノはそれに気づかなかった。

「それにしてもなんでイギリス人なんやろ」

 奈々美が不思議がるが、

「今の日本に犯罪者登録されてない日本人なんてほとんど居ないだろうし、それに領事館務めと言ってもどうもスパイ的な人達みたいなのよね。だからついでにヤマトリアルの内部を探りたかったのかも。

 まあその辺のことも明日になったら全部わかってるわよ」

 スパイの訓練を受けていようが、所詮は下級言語話者である。野良魔法師の保護呪文さえ解呪してしまえばどうとでもなる。

「欧米では、魔法師に奴隷にされることを恐れていますが、同時に自分達も奴隷を持ちたいと願う人も多いです。その辺をちらつかせば、協力する人は多いでしょう」

 マイケルが、彼にしては珍しく吐き捨てるように言った。

 コフュースと連結してから十年。上級魔法と隷属呪文の関連性はヤードゥの侵略が明らかになった時点でオープンになっている。にも関わらずイギリスなどの先進国は未だに自国の言語のみを公用語とし、上級言語を教育に取り入れていない。しかし富裕層では上級言語を学ぶことが広まっており、彼らが自国民を隷属化したがっているのではないかとの噂も後を絶たない。

「そう言えばフェイさん、あの人達に隷属魔法を使ってましたけど大丈夫なんですか?」

 裕太が心配して尋ねるが、

「? ああ、密入国者を捕まえるためにしただけだし、何の問題もないわよ。あの程度の隷属魔法なら禁止されてる訳じゃないし」

 ヤマトリアルでは魔法による人間の奴隷化は禁止されているが、隷属系の呪文自体は一部を除いて禁止されていない。それは使い魔を作ったり、フェイがしたように害獣を駆除したり、畜産をコントロールするのにも広く使われているからだ。そもそも上級言語を使えれば余裕で抵抗出来るので、禁止する必要もない。

 実際、あの場でフェイが使った呪文は声が届く範囲全てに効果があるが、裕太や観光客にはかかっていない。呪文そのものを禁止するのではなく、国民全てに抵抗力をつけるのがヤマトリアルの流儀だ。

「他に質問はある?」

 そろそろ終わらせようとしているのだろう、シノが締めモードに入った。

「あの、お客さんが居なくなって魔物の数が増えてますが、それはどうするんすか?」

 健一の質問に、シノはそれを聞かれたくなかったとばかりに頭を抱える。

「ううん・・・・・・なんとかしなきゃいけないんだけどね。捜査が終わるまでは念のためにダンジョンビルの方も警戒態勢に入ってるから、手が足りないのよね。明日の朝までにはなんとか手をうっておくわ」

 手を打つと言っても実際には問題の先送りをしているだけなのか、声にいつもの自信が微塵も感じられない。それを敏感に感じ取ったのか、健一が畳み掛けるように、

「それなら俺達だけで討伐に行くっす。こんな時に何もしないで帰るのは気が引けるし、一階なら俺達だけで問題ないですから」

 健一の提案にシノの顔が輝くが、すぐに雑念を振り払うように首を振り、

「うん、提案は凄く嬉しいし、あなた達の実力を疑う訳でも無いけれど、やっぱり勤奉生だけじゃ何かあった時に問題だからね・・・・・・」

 否定はしているが、魅力的な提案ではあったのだろう。シノの声にも無念さが濃く湧いている。

「なら地下二階を攻略した時の装備をまた貸して貰えれば、何かあっても大丈夫だと思うっす」

 もうひと押しとばかりに健一が攻める。

「そうね、あの時の装備があれば・・・・・・やっぱりそれでもあなた達だけじゃね・・・・・・

 フェイやヤハギクラスは流石に動員中だろうけど、誰か補佐できる冒険者が空いてないか聞いてみるわ」

 シノが早速コントローラーを手に取り、色々と調整を始める。十分ほどして晴れやかな顔になり、

「後二時間ほどで手が空く子がいるから、その子と一緒に行ってくれるかしら。装備の件はおやっさんに話を通しておいたから、その子と一緒に取りにいってちょうだい」

 その冒険者のプロフィールを皆に渡してから、シノが小走りに控室を去った。問題を一つ解決したからか、どこかウキウキとした足取りだった。

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