百文字以下、下級言語の末路です
「裕太だけずるい」
それが翌日の健一の第一声だった。
スライム討伐の後、裕太が念のために医務室行きになってる間に、地下四階での顛末はフェイによって勤奉生達に伝えられていたらしい。
置いてけぼりにされた上に、友達が活躍してきたとなれば羨ましくなる気持ちは、裕太にもわかる。でもそんなこと言われても困るというのが、裕太の正直な気分だ。
「まあまあ、ここは仲間の活躍を皆で喜べばいいやん」
奈々美がとりなすが、裕太としては皆で喜んでほしいわけでもなく、とりあえずそっとしておいてほしい。
それもこれもフェイが誇張して勤奉生に伝えているのが原因なので、あの人はいろいろと自粛してほしいと思う裕太だった。
こんな時に限って、フェイと組んでお客さんのサポートをすることになった。
お客さんはそろそろ白髪が目立ち始めたおじさん達の三人組で、田舎からの観光客っぽい。こちらの注意に耳を貸さずほいほい先行するので目が離せず、フェイはフェイでそれを面白がって様子見モードだ。
裕太としては、フェイにいろいろ言いたいこともあったが、今はおじさん達に手一杯でそんな余裕も無い。
ポスターの前で立ち止まってるコフュースルの集団とすれ違って、どんどん先に進むおじさん達を裕太は早足で追いかけようとして、なんとなく違和感を覚えてその集団を目で追いかける。するとフェイも完全に脚を止めて、彼らをガン見していた。その気配に気づいたのが、コフュースルの一団がこちらを見て軽く目令し、足早に反対方向へ去っていく。
お客は先に行くし、フェイは立ち止まるし、違和感の正体はわからないしで、裕太もどうしたらいいか混乱する。とりあえずお客さんを放置するわけにはいかないとフェイに声をかけようとした時、
「そこの人達、止まりなさい!」
まるで別人のような鋭い声を、フェイがコフュースルの一団に投げかけた。
それを聞いて、逆に彼らが駆け出す。
「止まれと言っている!!」
止まれと言われて止まる人は居ないんじゃないかとか、そんな思いすら消し飛ぶような鋭い発音に、裕太の身が一瞬すくむ。この時、裕太は気付かなかったが、フェイの叫んだのはトリアル語だ。下級言語は音を伝え、上級言語は意味を伝える。魔法師なら、異なる言語でも意味を理解出来るのだ。
更に言うなら、それは呪文だった。
裕太達のお客さんは何事かとこちらを見ていたが、コフュースル達は止まっていた。
正確には、逃げ出そうと駆け出したポーズで硬直し、バランスを崩してそのままのポーズで地に伏せていた。
呪文・・・・・・使い魔に行う隷属魔法で、男達の行動を支配したのだ。
フェイは素早く男達に駆け寄り、その勢いのまま手前の男の頭部を蹴り上げる。
「!」
裕太は思わず目を逸したが、フェイのつま先は男の頭ではなく耳に当たっていた。コフュースルの特徴である長い耳が蹴り飛ばされ、その下から地球人の丸い耳が現れる。
「なんじゃ、なんじゃ」
お客さん達が無造作にフェイに近づいて、倒れている男達を覗き込む。裕太も慌ててその後に続いた。
「この人達・・・・・・」
「こいつら、百文字以下です」
フェイが吐き捨てるように言った。いつもの彼女からは想像も出来ない、冷たい口調だった。
百文字以下、それはコフュースルにとって最大限の侮蔑の言葉であり、面と向かれてそんなことを言われたら決闘を申し込まれても仕方がないレベルである。
言語というものは、使える文字の種類と組み合わせによって表現の幅が大きく異なる。一般的に五千以上の表意文字と、それと独立した表音文字を組み合わせてようやく真実を表現出来ると言われている。むしろそこに込められた言霊によって、真実すら書き換えてしまうことも可能だ。それが呪文であり、魔法である。
その条件を満たすトリアル語や日本語が、上級言語と呼ばれる所以である。
逆に下級言語を使っていては、世の中の真実などには永遠にたどり着くことは出来ない。彼らは表面的なことしか理解できず、その言葉は嘘と欺瞞に溢れ、理性よりも暴力が世の中を支配する。
勿論、魔法なんて高度なものは使えず、逆に魔法に簡単に支配される愚かな生き物と化す。上級言語を使えるものなら簡単に耐えることが出来る隷属呪文も、彼らにとっては絶対の命令なのだ。
たった百文字にも満たない言葉しか使えない連中・・・・・・百文字以下とは、そんな哀れな生き物を指し示す言葉だ。
ヤードゥ神国やテンク皇国では彼らを奴隷として使役し、トリアルでは国民全員に上級言語を使うことを義務化していた。当然、我らがヤマトリアルでも下級言語は禁止されている。
下級言語しか使えないものが亡命してきた場合は、上級言語を覚えるまで施設から出ることは許されていない。
つまりフェイの足元に転がっている男達は、ヤマトリアルには存在していない筈の人間なのだ。




