皆でスライムを焼き尽くしましょう
そこは緑色に濁った沼のように見えた。
ただ沼にしては、水面が風もないのに波打っている。しかも方向性に統一性がなく、波打つというよりは脈動していると言った方がいいだろう。
本来は森の中の広場のような場所だったが、湧き出したスライムが溜まりに溜まって、沼のように折り重なっているのだ。地図的には、つまり空間的には行き止まりになっており、こんなところまでわざわざスライムを倒しにくる冒険者もいないのが原因だろう。
本来は目に見えない空間の壁だが、ここではスライムが張り付いて薄っすらと緑に色づいていた。
壁に張り付いたスライムはゆっくりとそこを登っていき、やがて上空の霧の中に消えていく。
独立した空間である地下四階から地下三階へ本当に移動出来るのかはともかく、そう言われたら信じてしまいそうな光景であることは確かだ。
「ついたぜ。準備はいいか」
スライム達に察知されないよう三十メートル程前方で止まり、隊列を整える。
今まで魔力を温存してきた炎系の呪文の使い手を中心に、戦士系が盾を構えて足早に前進。気づいたスライムが近づいて来たところで囮の魔力石を投げ、スライムがその魔力を吸収しようと集るのを待って初めの炎が放たれた。
始まってしまえば、後はやり遂げるだけだ。
呪文を放ちながらどんどん距離を詰め、スライムを熱で干からびさせていく。水分を失ったスライムは、他の魔物同様に崩れ落ちて消えていくが、他の魔物と違って魔力石は落とさない。正確には落としているのだが、石というより砂のような細かさで回収し辛く、落とさないも同然の扱いを受けていた。
連続して放たれる炎の魔法に、辺りはあっという間に熱気に包まれる。
冒険者達は身を低くして上昇気流をやり過ごしつつ、サウナのような状態に汗を滴らせながらも攻撃の手は休めなかった。
「皆さん、ファイトですよ」
フェイ達後衛が、後ろから声援と共に呪文やらうちわで新鮮な風を送る。使い魔のミツメフクロウはあまりの暑さで地面にべったりとへばりついていた。
攻撃開始から十分後、炎の波状攻撃にさすがのスライムも数を減らしていたが、冒険者側にも誤算があることが明らかになってきた。
スライムが多すぎるのだ。
沼状の中央が深い穴になっており、倒しても倒しても、まるで湧き上がるかのようにスライムが出現する。魔法師の中にはそろそろ魔力切れになりそうな者も出始めていた。
「こいつはやべえな、一旦引き返した方がいいんじゃねぇか」
ヤハギが提案するが、
「そうしたいのは山々だが、ここで攻撃の手を緩めると逆襲されかねん。せめてこちらが優位に立てる程度には削り切らんとな」
ベテランの冒険者が冷静に判断する。全力で逃げるには、一行は大世帯過ぎた。ある程度は追いつかれることを覚悟するなら、通路いっぱいに広がらないくらいまではスライムの数を減らしたいところだ。
「よし、全員ゆっくりと後退しつつ、炎系の呪文の使い手は近づいてくるスライムだけに的を絞って攻撃。予備の魔力石がある奴は魔力切れの奴に渡してくれ」
ベテランの指示に、皆が撤退を始める。だが彼らはあまりにもスライムを刺激しすぎた。
冒険者達が一歩後退すれば、スライム達は全力で一歩距離を詰めてくる。
むしろ一歩以上の距離を詰めようと、まるで津波のように押し寄せてきた。
「危ない」
裕太は万一の時の予備要因扱いであった為、ほとんど呪文を使っておらずまだ魔力に十分な余裕があった。押し寄せてくるスライムに、炎の壁の呪文を放つ。
だが直感的にそれだけでは足りないことも理解していた。
案の定、スライムは炎の壁をあっさりと乗り越えてくる。
そこへもう一度炎の壁の呪文を放つが、それでは同じ結果になることも分かっていた。焦った裕太は、更に炎の壁の呪文を唱える。
この時、裕太は先に唱えた呪文がまだ効果を発揮する前に、次の呪文の詠唱に移っていた。そして呪文が完成したとき、裕太は自分の中から何か大きなものが抜け出していくのを感じた。
それと同時に、視界が暗転する。
「裕太君!」
どこか遠くからフェイの叫び声が聞こえたような気がした。それが裕太が意識を失う前の最後の記憶だった。
呪文の二重詠唱。
それは呪文の技術の一つだ。
呪文の効果が発揮する前に新たな呪文を唱えることで、呪文の効果を掛け合わせるのだ。
そう言えば簡単に聞こえるが、そもそも呪文の効果が発揮する前に次の呪文を唱え切らねばいけないので、難易度は高い。
だがその分効果も抜群で、呪文二回分で効果が二倍なんてことはなく、十倍近い効果が発揮されることも少なくない。問題は、その効果の分だけ魔力が消費されることだろう。
裕太が無意識のうちに使った二重詠唱は莫大な威力を発揮し、スライムを押しとどめるどころか、押し返してその大半を蒸発させた。
ただその代償として、裕太は持てる魔力を一瞬で使い切り、魔力切れをおこして失神してしまったのだった。




