亡命理由は人それぞれです
昼下がりのお喋りモードは尚も続いていた。
「それにしてもこっちの言葉上手いよね。やっぱり沖縄の方言だと虐められたりとかあるの」
「ないない。そもそもこっちの人は優しいゆう話やったやん。虐められとったらそんなこと言わへんし」
そういえばそういう話だったと思い出す裕太。奈々美の沖縄出身発言が衝撃的すぎて、前後の繋がりが飛んでしまったのだ。
「ではどうしてこちらの方言を使用するのですか?」
アメリカ出身のマイケルにどこまで日本の地方の感覚が分かっているかは疑問だが、彼もけっこう驚いているらしい。
「んんんん? 特に深い理由とかはあらへんよ。ただなんてゆうか・・・・・・感染力が高いねん、こっちの言葉。初めは驚いた時に『なんでやねん』とかゆうて受けを狙ってたくらいやってんけど、気がついたらこうなっててん」
そもそも会話で受けを狙おうという発想が既に大阪的であり、そういう意味ではもともとこちらに馴染みやすい気質だったのだろう。単に言葉の問題だけでなく、奈々美の行動そのものが実に大阪的なイメージと一致していたので、沖縄出身発言にここまで動揺したのだと気づく裕太。
「逆に聞くと、裕太君が山形弁?を喋れへんのはなんでなん?」
奈々美の質問に、虚を衝かれた裕太。
「べっ、別に僕は普段からこうだよ。山形じゃ親はともかく僕らの年代だと方言使ってる方が珍しいって」
半分は本当だが、半分は嘘である。親しい間柄だと今でも普通に方言を使っていたし、裕太だって喋れる。
ただ外で方言を使うのには抵抗があるのだ。
「それに呪文自体が共通語ベースで調整されたものだから、魔法を使うなら共通語の方がいいし」
「そんなんかな? やっぱりそうなんかな。裕太君がそういうとなんか説得力あるなぁ。うちが呪文の習得いまいちなんは、この言葉のせいやろか。うち、失敗してしもたんやろか」
奈々美が頭を抱えて、テーブルの天板にぐりぐりする。
「いや、でも呪文は歌のようなものだから、意味さえ理解していれば普段の言葉遣いとは関係ないって説もあるよ。僕の高校の魔法の先生もそう言ってた」
自分の言葉で奈々美が落ち込んだことに動揺して、裕太が慌ててフォローする。
「うちなぁ、スプラッタとか見てても別に平気やねん。でも実際に酷い傷口みたらあんなに動揺するとか思わへんかったわ・・・・・・」
せっかくの裕太のフォローだが、奈々美の思考は既に別の場所へ飛んでいたようだ。
「うち医療系は向いてないんかなぁ」
テーブルに突っ伏したまま、深くため息する奈々美。深刻度を測りかねて、裕太は咄嗟に何も言えなかった。
「医療の現場が常に血まみれとは限らないですね。病気の治療専門なら血を見ることの方が珍しいでしょう。
それにいずれは慣れるかもしれませんし、今日の経験だけですべてを判断する必要はないと思います」
裕太達より人生経験が豊富なせいか、マイケルの言葉には重みがあった。奈々美もようやくテーブルの天板から顔をあげ、
「そうやね。今はやれることを精一杯やっていこ」
そう言って、いつもの奈々美らしい人懐っこい笑顔を浮かべる。そこでふと思い出したように、
「ところでマイケルさんはなんでダンジョンに勤奉しにきたん?」
魔法を使う裕太や奈々美、剣道の腕試しに来た健一。高校生達にはダンジョンでなきゃ駄目な理由がある。
それに引き換え、誠実そうなマイケルはオフィスとかの方が似合っている。
「私は小さい頃からゲームやアニメが大好きでした。ここでは剣と魔法でモンスターと戦うことが現実に出来ると聞いて、一生懸命日本語を勉強して来ました」
いつものように爽やかで穏やかに、ごく当たり前のようにマイケルがそう言った。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
予想もしていなかった亡命理由に、思わず声も出ない裕太と奈々美だった。
さてそろそろやる気を出して呪文の練習でもしようかと勤奉生達が思った時に、シノと健一が戻ってきた。
「あら、なにか微妙な雰囲気ね。まだ午前の疲れが残っているのかしら」
「そんなことあらへんのやけど、暇やから何かすることないかゆうてたところやねん」
なんとなく今までの経緯も説明しづらく、適当に流す奈々美。
「じゃあ例のポスターの在庫持ってきてくれる?」
「例のポスターって、あのポスターまた破られていたんですか?」
裕太達が初日に見つけたポスターは、実はあれからも何度か破られては貼り直していた。
「そうなのよ。ちょっと受付に調べてもらったんだけど、破られた日に同じ客が来ていたってデータはないから、破ってるのは別々の人なのよね。今までこんなことなかったんだけど・・・・・・」
「なんかおまじないみたいなのが流行ってたりして。ダンジョンのポスターの切れ端を持ってたら好きな人と両思いになるとか」
奈々美が女の子らしい推測をする。
「理由はともかく、こう続くと地味に嫌ね。冒険者の中に探査魔法の使い手いたかしら」
この程度のことで警務に頼るのは気が引けるが、身内の手を借りようとするくらいにはご立腹なようだ。
「監視カメラには何か映ってないんすか?」
健一が尋ねると、
「監視カメラは出入り口と魔物湧出点はしかっり網羅てるんだけど、他はけっこうザルなのよね。ダンジョンなんて、出入り口さえ押さえておけばなんとかなるから」
食堂街部分はともかく、魔物出現区には盗まれて困るものはないし、基本的に出入り出来る所は限られている。それに悪質なイタズラであれば警務の手を借りればいい。こんな地味なケースはある意味想定外なのだった。
何か他にいい方法は無いかとシノが熟考モードになっているところで、フェイがヌルっという感じで部屋に入ってきた。
「おやおや皆さんお揃いですね。これはちょうど良かったです」
満面の笑顔が、実に白々しい。シノが警戒を隠さず無言で話を促した。
「実はちょっとシノと裕太君にご相談があるのです。明日、裕太君のスケジュールを変更して欲しいのです」
自分には関係ないと傍観していたら、突然名前が出てきて驚く裕太。
よりによってあのフェイが笑顔で提案してくる事案である。
はっきり言って、嫌な予感しかしなかった。




