ネズミはねずみ算的に増え続けます
目的地は車で二時間弱の田園地帯だった。半分ほど過ぎたところで自動運転からフェイの運転に変わったが、ダンジョンでの清掃車のハンドル捌きから予想されたように、かなりスリリングな運転だった。
自走車は手動運転中でも危険な操作はカットするようにアシスト機能が標準装備されていたが、その機能が存分に発揮されて無ければ、色々とやばかったかも知れない。
早起きした上に乱暴な運転でシートで裕太と健一がぐったりしている間に、フェイは車の外で何やら偉いっぽい人達と何か打ち合わせをしていた。
打ち合わせが終わったらしいフェイが戻ってくる。それに呼応するかのように、助手席のミツメフクロウが羽根をバタバタさせて裕太と健一を車内から追い立てた。
「ヤマトにもこういう処あるんですね」
外の新鮮な空気を深呼吸して、なんとか一息ついた裕太が周りを見渡して言った。
梅田の都会的な印象が強くて、車で二時間程度でこんな風景に出会えることが不思議だった。
ここなら裕太の育った山形とそう変わりはない。あえて違いを探すなら、住人の服装が山形よりカラフルなのと、あちこちに貼られているコフュースルの美少女のポスターだろう。新梅田駅でも見かけたそのポスターは、トリアルと地球が繋がってから十周年を記念するものだ。映ってるのは芸能人ではなく、ヤマトの現首相であるファラステラである。
魔法のせいで常に健康状態を保ってるせいか、コフュースルは年齢より若く見えることが多い。そんなコフュースルにとってもファラステラは特殊な例で、既に成人した子供がいる年齢なのに十代半ばの外見を維持していた。その外見も人気の一つだろうが、地球での実践的な魔法教育を推し進めてヤマトの魔法普及に貢献したことで政治家としても高い評価を得ている。
そんなポスターをぼんやり眺めているうちに、フェイが車内から荷物を引っ張り出してきて、裕太と健一の側にやってきた。
「二人はワゴンからケースを出して、そこに並べてください」
フェイに言われるままに準備をする二人。ケースは高さが十五センチ程で、底が一辺一メートル程度の正方形である。蓋を閉めて密閉できるようになっているが、特に珍しいところはない。
二人の作業が終わると、フェイがケースの前に立って何かを掲げる。
それはマイクとスピーカーが一体化した、携帯用のカラオケ機のように見えた。フェイがスイッチを入れると緩やかな旋律がスピーカーから流れ出して、ますますそれっぽい。
フェイがその旋律に合わせて緩やかに歌い出す。
否、それは歌ではなく呪文だ。彼女が手にしているのもカラオケマシーンではなく、魔力を増幅する類のアイテムなのだろう、フェイから発せられた魔力の流れを見て裕太はそう予想した。
ではフェイは何をしているのか・・・・・・それは彼女が歌いだして一分もしないうちにはっきりした。
道路に面した家の軒下から、排水口の中から、あるいは草陰から、あらゆる方向からネズミがチョロチョロと現れては、ケースをよじ登ってその中に入っていく。
「なんだあれ・・・・・・」
「隷属魔法だよ」
思わず呟いた健一に、裕太が囁いた。
呪文が届く範囲のネズミを、一時的に使い魔にして操っているのだ。害獣の駆除方法としてはコフュースでは一般的な方法である。フェイが手にしているマイクは隷属呪文の効果範囲と効果時間を延長するアイテムで、勿論地球の技術を応用して作られたものだった。
ネズミ以外にも、町の人達が集まってきて遠巻きにフェイを眺めていたが、これは物珍しさに集まってきただけだろう。だがヤードゥの領内では、同じようなことが人間相手にも行われている。
フェイの歌・・・・・・呪文は三分程で終わったが、スピーカーからはその後も十分ほど曲が流れ続け、ネズミの群れもその間は途切れることなく続いた。大半は野ネズミやドブネズミだが、中には明らかに毛色の違うハムスター的なものも混じっている。
「ペット的なやつは寄り分けて別のケースに移してください。それが終わったら蓋を閉めてワゴンに閉まってください」
気は進まなかったが、仕事である。二人は軍手をしてネズミを選別し、ワゴンに収納した。
フェイはペット的なネズミのケースを、初めに打ち合わせしていた男達に手渡した。逃げ出したペットかもしれないものを、一緒に駆除する訳にはいかないのだろう。
フェイはその後も場所を変えては同じことを繰り返し、正午には持ってきたケースが全部ネズミでいっぱいになった。
偉い人のお宅で振る舞われた新鮮な山の幸盛りだくさんの食事を済ませた後、三人は梅田への帰路につく。ワゴンの中は明らかに獣臭くドブ臭い。そこにフェイの荒い運転が加わって、控えめに言って地獄の有様だった。
「二人とも、今日はありがとうございました。前回はシノと奈々美に頼んだんですが、今回はナゼか断られちゃって困っていたんですよ」
何故なんて疑問を抱かなくても、断る理由なんていくらでも思いつく。
「前回って、いつもこんなことしてるんですか?」
「シーズン中は、二ヶ月に一度くらいの割合で依頼がありますね。何分ねずみ算的に増えて行きますからね」
ちっとも笑えないジョークだった。