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お客様は神様ではありません

 梅田ダンジョンの最大の特徴は、地下一階だけとはいえ一般の観光客にも開放されていることだろう。

 その理由はいろいろとある。

 まずは地球で馴染みの薄いダンジョンというものを、広く知ってもらおうということ。

 魔法の副産物である瘴気の浄化は重要だ。しかし十年前に、瘴気が大量発生してコフュースが大打撃を受けたことも地球では広く知られている。

 おかげで瘴気の浄化施設であるダンジョンを危険視する地球人も少なくなかった。よくわからないことはとにかく怖いと感情的に反対する人はいくらでもいる。

 それならいっそ一般にも開放して、しっかり理解してもらおうという訳である。

 トリアルでは不都合な情報を隠すより、広く開示した方が結果的により多くの知恵が集まり、問題の解決が早くなるという考え方が一般的だ。安全神話という言葉に騙されて警戒を怠り、手痛い打撃を受けた経験を持つ日本側の人々もこれには賛同し、情報の透明性と幅広い共有はヤマトリアル政府の重要な柱となっている。


 また地球側での魔法の普及が、分野によって偏っていたのも開放の理由の一つである。

 地球側で一番広く普及したのは、医療系の魔法だ。魔法を学びたがる人の大半が医療分野だし、奈々美が通ってるような専門の学校も多く作られている。

 どんな病気でも怪我でも、呪文を唱えさえすればたちどころに回復するし、寝たきり老人も元気に歩き回れるようになるし、痴呆老人も理性を取り戻す。需要が大きいのも無理はなく、むしろ供給が追いついていないくらいだ。上級呪文を習得するのに時間はかかるが、身につけてしまえば就職に困ることはない。

 次に人気のあるのが強化系の魔法だ。特に建設業界や、農業などの第一次産業からは引っ張りだこである。こちらは比較的に習得しやすいということもあり、やや供給過多なところがある。就職に活かすなら、強化系以外の呪文も覚えるか、勤奉を上手く利用して特殊車両の免許なども取得しておいた方がいいだろう。


 逆に人が集まらないのが、裕太の得意とする攻撃系の呪文である。

 魔力大崩壊後に溢れ出した魔物の群れと戦い続ける必要があったコフュースと違って、地球では幸いなことに魔法で戦う機会などほとんどない。街中で攻撃呪文を使えば、そのまま牢屋へ直行か、運が良くてもお説教コース確定だ。

 ただでさえ習得が難しいのに、使う機会すらないのでは学びたがる人は少なくなる一方である。

 ならば初心者でも気軽に呪文を使える場所を提供すればいい。それが梅田ダンジョンの役割の一つである。


「そんな訳でね、見学目的のお客さんを安全にエスコートしたり、攻撃魔法の練習をしたいお客さんを上手にサポートするのもスタッフの重要な役割なのよ」

 シノが今回のお仕事を丁寧に解説する。

「お客さんのタイプによって、向いているスタッフが同行するの。だいたい二人ペアでやってもらうことになると思うわ。

 初めのうちはわたしかフェイも一緒にいくし、そんなに難しく無いから安心してね」

 そんな感じの気軽な説明で、勤奉少年たちの午後のお仕事が始まった。


「つっ・・・・・・疲れた・・・・・・」

 健一が大柄な身体を机にめり込ませるかのように、ぐったりと突っ伏した。

 マイケルと組んで、お客に同行してきた後のことである。小一時間ダンジョンを巡ってきただけとは思えない疲労度だった。

「どないしたん、生傷だらけやん」

 奈々美が呪文で健一のあちこちに出来た擦り傷を癒やし、マイケルが買ってきてくれたジュースをぐびぐびと飲み干して、やっと一息ついたようだ。

「いやさ、中学生の三人組のサポートだったんだけどさ。みんな攻撃魔法を使いたいって言うから壁役をやったんだよ」

 身体が大きい健一は壁役としては最適だ。ただそれが今回は災いしたという。

「まだ呪文を覚えたてでさ、なかなか成功しなくて、その間ずっと魔物を退治しないようにしなきゃいけないだろ」

 剣で蹴散らす訳にもいかず、壁として踏ん張る健一の脇から、マイケルが槍の石突きで魔物を牽制して近づけないように連携していたが、何度か肉薄されて攻撃を食らったという。

「それに呪文が完成しても、威力が足りなくて一発で倒せないし、しかも何発か俺に当たるし」

 身体が大きい分、的にもなりやすかったらしい。威力が弱かったから大事は無かったものの、たまったものではない。

「おまけにフェイさんは笑ってるだけでほとんど助けてくれないし・・・・・・」

「何ごとも修行ですよ、健一。前衛なら誰でも通る試練なので、諦めてください」

 神妙な顔でフェイが諭したが、神妙すぎてふざけているのがまるわかりだった。

「いえ、私もきちんと支援はしていましたよ。健一に魔法が直撃しないよう、回避の呪文はかけていましたから、かする程度で済んでいたのです」

「いやそこはかすりもしないようにしてあげなさいよ」

「そこまでするとお客さんの魔法が健一の側で全部曲がって、お客さんの練習にならないですね」

 シノが疑わしげにフェイを見るが、言ってることも間違ってはいないので押し黙る。

「次は僕が壁をやりましょう。健一はサポートをお願いします」

 マイケルが気遣いを見せるが、

「いや、壁は俺の方が向いてるので、今のままでいいっす。それに魔物を倒した時のあの子達の喜ぶ顔良かったし、苦労した甲斐はあったから・・・・・・」

「おお、健一はスタッフの鏡ですね」

 フェイがすかさず混ぜっ返す。

「それにしても裕太やっぱり凄いよなぁ。攻撃呪文があんなに大変だとは思わなかったす」

 しみじみと健一が言い、

「それで裕太はどうしたんですか?」

 健一が突っ伏す前から机に額を付けてピクリともしない仲間を指差す。

「それな、うちらは見学組のお客さんのサポートについたんやけど、裕太君の魔法で魔物を退治したらそれがえらいお客さんに受けてな。そっからお客さんに請われるままに、裕太君の魔法のワンマンショーになってしもてん」

 見ようによっては羨ましい状況だが、目立つのが得意じゃない裕太には精神的にきつかったようだ。おまけに魔力もすっからかんである。

「あそこまで心理的ダメージを受けるとは思わなかったわ。次からは過度な要求は断るようにするわね」

 付き添いだったシノが申し訳なさそうに手を合わせる。

「私を責めていましたが、シノも駄目じゃないですか」

 ダンジョンのお仕事は色々と大変なのであった。

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