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鼻毛の呪文は割とポピュラーです

 三日目のシフトは朝と昼だった。センターの食堂で昼食を済ませた後、せっかくなので呪文の練習をしようという流れになった。

 地上と違って魔力が濃いダンジョンは、呪文の練習をするのに向いている。

「それにしても裕太はいいよな、裕太は」

 開始早々、健一がまた羨ましがる。

「せやかて健一君もなんか使える呪文はあるんやろ?」

「そりゃあるにはあるけどさ・・・・・・」

 奈々美に問われて、健一が言葉を濁す。

「どんなんが使えるのん」

「ホタルと、拍手と、煙」

 小さな光を生み出す呪文と、破裂音を出す呪文と、煙を出す呪文。どれも魔法学の初めに習う、初歩の初歩である。出来ない方が珍しいし、実用性も皆無だ。

 聞いた奈々美がなんというべきか微妙な顔をした。

「健一はまだいいですよ。私なんて全然魔法が使えません」

 まだヤマトリアルの市民資格を申請中のマイケルは、当然魔法学を習ったことも無い。魔法を使えないのも無理はない。

「でもよく考えたらさ、魔法学で習う呪文って物質系ばかりだよね。昨日のシノさんの話だと、生体系の呪文の方が簡単っていってたけど」

「その理由、うち知ってる。あんな、人にかける呪文は資格を取ってない人に教えたらあかんねん。だって間違いとか起こったら怖いやん。

 せやから一般の高校の魔法学やと教えへんねんて。うちの高校、医療系やけど初めは呪文やのうて資格の勉強ばっかりやったもん」

 ふと思いついた裕太の疑問に、奈々美が答えた。言われてみれば、確かに裕太達の高校の教科書には人にかけるような呪文は載っていなかった。

 ただこれは地球側で魔法を広める時に出来た取り決めで、コフュースでは学生達による割と荒っぽい呪文の掛け合いも珍しくはなかった。と言うか、コフュースルの良識派の間でもそれがずっと問題視されてたので、地球側に広める時にあえてそういう決まりを作ったのだ。

 ヤマトリアルでは建国当初から地上での魔法師の育成に力を入れていたが、梅田龍事件の時の冒険者の一人でもあるファラステラがヤマトの首相になってからは特に地球側向けに特化した教育を導入して成果を揚げている。地方で裕太のような逸材が育ったのもその成果の一つといっていいだろう。

「じゃあ生体系の呪文なら、俺でも上手く使えたりするのかな」

「いや昨日のシノさんの話は、同じ効果なら生体系の呪文の方が簡単ゆう話やん。でもホタルとか拍手に相当するような生体系の呪文とかうち知らんし、さすがにそれより簡単なんはないんとちゃう」

「ちなみに生体系で簡単な呪文ってどんなのがあるの?」

「えーと・・・・・・うちが習った中で一番簡単やったんは、鼻毛を伸ばす呪文かな」

「なにそれ・・・・・・」

「かけてみる?」

 ちょっと乗り気な奈々美に、男子一同は一斉に首を横に振った。

 ちなみにトリアル式の呪文は実在が確認されているだけで三十万種類以上ある。ただ「ヒマワリの花びらを一枚増やす」というような、実用的でない呪文も多い。

 それでも実用書にまとめられているような呪文だけでも千五百はある。百も呪文を使いこなせれば大魔法師と言われることを考慮すれば、いかに多いか分かるだろう。

 学生達が自分にぴったりな呪文が一つくらいあってもいいのにと願うには、十分過ぎる数なのだ。


 無駄話をしていても貴重な時間が失われるだけだと言うことで、まずは出来る呪文から試してみようということになった。

「灯火よ、宿れ」

 健一が呪文を唱え終わると、ピンと伸ばした指先がぼんやりと点滅する。いわゆるホタルの呪文だ。

 それを囲んで何となく拍手する裕太達だが、マイケルは結構本気っぽかった。

「凄いですね。私にも出来ますか?」

 正面から言い寄られ、健一が戸惑うように身を引く。

「でも、俺、呪文はあまり得意じゃないし・・・・・・教えてもらうなら裕太の方が」

「でも僕、感覚派らしいから教えるの下手だよ?」

 らしくもなく自信なさげな健一が面白いのか、裕太が混ぜっ返す。

「せやせや。それに人に教えるのもけっこういい勉強やゆうし」

 確実に面白がっている奈々美が、裕太を支援する。

 二人に共謀されて観念した健一が、緊張した面持ちでマイケルに向き合った。


「灯火よ、宿れ」

 ピンと指を立て、真剣な面持ちで呪文を唱えるマイケルだが、その指先にはなんの変化も現れない。

 健一はどうアドバイスすればいいか分からず、裕太に助けを求めるような視線を送った。

 マイケルの呪文は発音こそ滑らかだが、まだ漢字の持つ意味まで把握しきれていないのか、魔力の流れが呪文を上滑りして、魔法として収束するにはまだ程遠かった。裕太はそんなふうに感じたが、それをどう伝えたらいいか分からなくて、奈々美に助けを求めるような視線を送った。

「おしい、もうちょいやね」

 マイケルの肩をポンポンと着やすく叩きつつ、元気づける奈々美。

「そうですか」

 なんの疑いも持たず、マイケルが嬉しそうに再挑戦をしようとした時、

「おや、呪文のお勉強ですね?」

 控室に入ってきたフェイが、皆の様子を見て看破する。

「はい、ホタルの呪文を教えてもらいました」

「おお、あれは確かに初心者向けですが、面白みにかけますね。私なら鼻毛の呪文をおすすめします。皆で勝負して、一番鼻毛を伸ばされた人が負けね」

 そんなことをするから、地球に魔法を広める時にいろいろ取り決めが出来たのだった・・・・・・

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