英語は下級な言語です(個人の感想です)
しつこい夏の太陽もようやく地平線の向こうへ隠れる頃、梅田ダンジョンも閉店する。
それは観光客向けのセンターの受付が閉まるということであり、スタッフの仕事はまだまだ終わらない。
「おやおや、何だかお疲れのようね」
裕太と健一を見て、シノが茶化すように言った。
朝のシフトを終えてから、四人で健一の調べてきたラーメン屋で食事して新喜劇を見に行き、亡命の手続きがあるマイケルと一旦別れた後はカラオケ屋で時間を潰し、その後で奈々美お勧めのスパゲッティ屋で腹を膨らませてからの出勤である。少々夏休みを満喫しすぎた感はある。
「まあきちんと仕事してくれればいいから、気合い入れて頑張ってね」
ちょっと遊びすぎたと反省する裕太達。
これでダンジョンに潜るのも三度目だから、もう慣れたものだと思っていたら、閉店後のダンジョンはいつもと様子が違っていた。
明るい。むしろ眩しいくらいだ。
まるで昼のような光量で、ダンジョンの隅々までばっちりと照らされている。
裕太達は今まで薄暗い地下街しか見ていなかったが、その昔まだ梅田が壊滅する前はこれくらい明るいのが当然だったのだろう。
「どうしたんです、これ?」
「ああ、夜は初めてだったわね。お客さんが帰った後は掃除することになってるんだけど、明るいほうがやりやすいでしょ」
「えっ、じゃあ今までなんか薄暗かったのって、わざとそうしていたんですか」
「だって、その方がいかにもダンジョンって雰囲気でしょ」
意外と俗な理由であるが、客商売というものは大抵そんなものなのである。観光資源としてのイメージが大切なのだ。
梅田ダンジョンはその殆どがシャッター街と化しているが、実際にはそのシャッターの大半はダミーである。再建時に手間と強度的な理由から店舗の中身は再現されず、シャッターはコンクリの壁にハメ殺しになっている。
だが一部は中身も作られていて、それなりに活用されていた。
「いくよー」
フェイがシャッターを引き上げると、そこには二台の路面清掃車が格納されていた。
当然のようにフェイがその一台の運転席に座り込む。
「これ、動かすのに免許が必要だから、わたしとフェイが運転するわね。
免許は十六歳から取得できるから、興味があるなら言ってね。手続きしておくから」
電動の清掃車は、ブラシを回転しながら静かに動き出した。
「なんか、あれだな・・・・・・」
「うんまあ、そうだね・・・・・・」
明るい通路を、路面清掃車を先導するように歩きながら健一と裕太がぼそぼそとつぶやく。
夜は観光客があらかた魔物を倒した後なので、裕太達は新たに湧き出る分を蹴散らすだけでいい。
主な仕事はペットボトルなどの大きなゴミや、観光客の落とし物を拾う程度だ。
特に技術を要求されない清掃業務などは中学生がやる勤奉の定番だが、その頃の記憶がフラッシュバッグしているのか、男子二人のテンションは著しく下がっていた。
それとは対象的に、ハンドルを握るフェイはずいぶん楽しそうで、たまに清掃車を無駄に蛇行させてはシノに怒られていた。
「ああ奈々美ちゃん、そこのポスター張り替えておいて」
シノが清掃車に積んでいたポスターを奈々美に投げ渡す。例の朝破れていたポスターである。
「そう言えば、シノさんって、英語習ってたんです?」
ポスターを受け取って、奈々美がなんとなく尋ねる。
「中学の頃に授業はあったけど、その後はトリアルに留学したからねぇ。それがどうしたの?」
「だって、英語って文字数少なくて簡単そうですやん。ええなぁと思って」
トリアル語は日本語よりやや文字数が多い。学生としては頭の痛い話である。
「ああ、そういうことね。確かにトリアル語の読み書きは文字を覚えるのが大変だけど、実際には英語なんかよりずっと取っ付き易いと思うわよ」
「はあ・・・・・・」
どうにも実感がわかないと奈々美が首を傾げると、
「例えばね、そこに書かれてる注意書きがあるでしょ。それを全部ひらがなにしたら分かりやすくなると思う?」
「全部ひらがなだと、逆にわかりにくいっすね」
ゴミ拾いに飽きたのか、健一も話に乗ってくる。
「そうよね。意味を伝えるなら、ひらがなだけでなく漢字も使わないと分かりにくいわよね。でもね、英語みたいな下級言語って、常にひらがなだけで生活しているみたいなものなのよ。上級言語が当たり前のわたし達からすると、彼らの表現って稚拙すぎてとても理解しづらいの。
その点、トリアル語は同じ上級言語だからね。法則性さえ理解したら、後は日本語と同じレベルで理解できるわよ」
「一般的に、下級言語は音を伝えるだけの言葉。それに対して、上級言語は意味を伝える為の言葉。
だから上級言語は魔力に作用して、言葉に込められた意味を具現化することが出来ますね。
実は魔力があるところだと、日本語とトリアル語で喋っても大体の意味は通じます」
フェイがシノの説明を補足する。
「それに引き換え、下級言語は動物の鳴き声を複雑にした程度のものなので、何を言ってるのかさっぱりですね」
裕太が健一に漢字で喋るようにとアドバイスしていたのも、同じ理屈である。音ではなく、意味を伝えることを意識しなければ、上級言語としては不完全で、呪文にはならないのだ。
「あの、トリアル語を覚えなくても意味が通じるなら、僕達がトリアル語を習ってる理由って・・・・・・」
「そこはそれ、喋り言葉と書き言葉の違いよ。読み書きはきちんと覚えないと出来ないからね。
それにこっちは基本的に魔力枯渇地帯だから、向こうみたいに魔力が意味を伝えてくれないし」
苦労して学ぶのには、それなりの理由があるのだ。学生達はただため息をつくしかなかった。
ちなみにアメリカ出身のマイケルは、話の間ちょっと困った顔で固まっていたという・・・・・・