魔法にもいろいろあるのです
梅田ダンジョンは元バスロータリー側のダンジョンセンターと、元家電量販店のダンジョンビルの二つの入口がある。
ダンジョンセンターは観光客向けで、広い代わりに地下一階にしか行けない。
ダンジョンビルはガチの攻略者向けで、最下層まで行くことが出来る。
この二つは実は食堂街で繋がっているが、ダンジョンビル側の扉は認証キーが必要な為に観光客は行き来できない。更に道が入り組んでいるので、新米のスタッフもよく道に迷っていた。
センター側と比べると、ダンジョンビル側は装飾も実用的で地味な感じだった。
「おやっさん、来たわよ」
裕太達を連れて入り組んだ通路を抜けてきたシノが、ダンジョンビルの狭い受付カウンターに声をかけた。
カウンターの中の人物が、じろりとシノを睨みつける。裕太には大人の年齢というのがよく分からないが、その人物はおやっさんと呼ばれる程シノと年の差があるようには見えなかった。
痩せぎすで肌が浅黒く、悪人面だ。顔の造作だけの問題じゃなく、目つきも悪いし不機嫌そうなオーラを発散させている。苦手なタイプだなぁと裕太は萎縮したが、裕太だけでなく健一達も同じような表情だ。
「この子達が今度勤奉に来た子よ。期間は三週間だから、よろしくね」
シノが裕太達を紹介し、四月からバイトをしているので顔見知りらしい奈々美以外、一人ひとり簡単に自己紹介してぺこりとお辞儀した。
おやっさんは裕太達に興味なさそうで、横を向いて聞き流しているようにも見えた。最後のマイケルの挨拶が終わると、
「まあ、こっちはセンターと別管理だから、お前らとはあまり絡まんけどな」
横を向いたまま、何か作業しながらボソリと言う。
「荷物はいつものところに届いている。さっさと持っていってくれ」
「了解。いつもありがとね」
彼の不躾な態度はいつものことなのか、シノは気安く礼を行っておやっさんの指し示した方へ裕太達を促す。
「それから三回のトイレの調子が悪いから、また例の業者に連絡しといてくれるか」
おやっさんが、シノの背中に付け加える。
「また? こないだ修理したばかりじゃない」
シノが振り返って言うが、おやっさんは俺に言われても困るという具合に肩をすくめるだけだった。
「なんか怖そうな人っすね」
おやっさんの姿が見えなくなってから、健一がボソリと感想を漏らした。
「まあ愛想が悪いから仕方ないけどね、根はいい人なんだよアレでも。あんなだからセンター側の受付したら即クレームが出て、それ以来ずっとこっちにいるらしいけど」
そんな人はそもそも受付にしちゃ駄目なんじゃないだろうか、そんな風に思う裕太達だった。
そこはどこから見ても倉庫にしか見えないほどに倉庫だった。
「ここは元が元だから、大量の荷物を搬入したり保管するには便利なのよ。だから腐らない土産物とかは大量にここで発注して、必要な分だけセンターに運ぶことにしてるの」
シノがダンボールの山をポンポンと叩きながら説明する。
「今日運ぶ分はおやっさんがこのラベルを貼ってくれてるから・・・ここからここまでね」
「けっこう凄い量ですね。台車とか使えないんですか?」
箱を一つ持ち上げてみて、そのずっしりとした重さに眉をひそめる。一つだけでも一苦労な重量感だ。裕太だと無理しても三つ持ち上げるのがやっとだろう。
「台車だと途中で段差あるから、逆に面倒なのよ。大丈夫、強化魔法かけてあげるから、見た目ほどの重労働にはならないわよ」
ニコニコ笑いながら、シノがトリアル式の呪文を唱えて裕太達へ手を振り上げた。
「これでいつもより筋力アップしてるから、じゃんじゃん働いてね」
そう言われても、今ひとつ実感がわかない裕太。
試しに裕太は天井近くで積み上げられたダンボールの山に手をかけた。
「あっ、これけっこういけるかも・・・」
裕太がふんぬと力を込めると、ダンボールの山が床から離れる。
「えっ、ちょっ、ちょっと待って!」
逆にシノが慌てて裕太を制止する。持ち上げたはいいものの、積み上げられたダンボールは安定が悪くて、ぐらぐらと今にも崩れそうだ。
健一と奈々美が慌てて左右からダンボールの山を支え、マイケルが上半分を引き受けようと手を伸ばす。
「えっ、これ重いですよ。半分でも無理です!」
マイケルは差し出した手を上にずらして、三分の一ほどを裕太から引き取った。
「これくらいで限界です」
マイケルの忠告に従って、健一も三分の一ほど引き抜く。
「うわ、これだけでも結構きついっす」
健一も音を上げ、シノが健一の山の上二つを取り上げて奈々美に渡す。
「裕太君、大丈夫?」
「ええ、これくらいなら全然平気です。ありがとうございます」
シノは少し考え込み、裕太の山はそのままにしてマイケルからダンボールを二つ引き取る。
「じゃあセンターまで戻りましょう」
シノを先頭に、一行はまたセンターへの複雑な通路を歩き出した。
「それにしてもどうなってるんだ、裕太」
ダンボールをセンターの倉庫に置いて、健一が裕太を小突いた。
何を言われてるか分からず、裕太が戸惑う。
「あれは術者と対象者の呪文相乗ね。わたしもあれ程のは初めて見たわ」
半ばあきれた表情で、シノはしみじみ言った。
「わたしの強化呪文だと、普通はせいぜい倍くらいの強化率なのよ。あんなにダンボールを持ち上げるとか、普通は無理。
ただ生体系の魔法は相性があるというか、かけられる側の魔力も効果に上乗せされることがあるの」
「その生体系とか、学校で習ってもイマイチよく分からないんすけど・・・」
健一が恥ずかしそうに挙手してシノの説明を遮る。シノは言葉を選ぶように小首をかしげ、
「魔法にもいろいろな分類方法があるんだけど、効果を発揮する対象によって生体系・物質系・時空系の三つに分けることがあるの」
魔法分類についてはコフュースでも山程学説があり、異説にも事欠かない。学校で習うようなメジャーなものでも何種類もあり、テスト前の学生を混乱させるジャンルだ。
「一つ目の生体系はその名の通り、生物にしか効かないわ。対象の身体能力を魔法の力で引き上げるの。魔法の中では比較的習得しやすい呪文が多いから、術者も多いわ」
指を一本立てて、シノが説明を続ける。
「二つ目は生物だけじゃなく、物質全体に作用するの。例えば回復呪文の場合、生体系だと着てる物はそのままだけど、物質系の回復呪文だと服ごと修復されるわね。ただ生体系よりちょっと難易度は高め」
説明しながら、二本目の指を立てる。
「最後の時空魔法は、難易度がかなり高くて、使える人は少ないわね。時空系での回復呪文は、治すというより時間を巻き戻して元の状態に戻すの。タイミングを間違えると呪文をかけた時より悪い状態に戻ることもあるから、回復系としてはあまり使われないけどね。
こんなふうに呪文の結果は似たようなものでも、途中過程が違うものを分類するのがこの分類法の特徴よ。逆に炎系とか回復系なんてのは、途中経過を無視して効果だけに注目した分類ね」
ちなみに蘇生呪文は時空系と生体系の複合呪文であり、死ぬ前の状態に巻き戻してから回復させる。その為に死んでから時間が立つほど成功率は下がり、死んでから三日までが成功する目安だ。それ以上時間が経つと、いくら魔法でもどうにもならない。
「それで生体系呪文の場合、かける相手も魔法師だと抵抗されることがあるでしょ。麻痺系とかバッドステータス系は特に」
「えっ、抵抗できるのはバッドステータス系だけじゃないんすか?」
「抵抗するかどうかは、かけられる側が無意識のうちに選んでるのよ。自分に不利な効果の場合は抵抗して、有利な場合は受け入れてるの。この時、単に受け入れるだけじゃなくて、自分に有利な効果をさらにブーストしちゃう人がたまにいるのよね」
皆の視線が自然と裕太に集中する。
「それで裕太君だけ他の人より強化の効果が大きかったんだと思うわ」
「なんか裕太だけずるいっす」
健一がボソリと呟き、奈々美が同意するように頷いた。マイケルは困った顔で二人を見下ろしている。
「まあまあ、これも個性の一種だからそんなこと言わないで。健一君だって、その体格を羨ましがられたこと、たくさんあるでしょ。奈々美ちゃんだって、可愛くて羨ましいし」
「やーん、シノさん口が上手いわぁ」
奈々美が頬に手を当てて照れる。健一も何となく納得したようで、裕太はほっとする。
補足しておくと、生体系呪文に抵抗出来るのも魔力の素養があるものだけだ。上級言語を使っているなら自然とその素養は高まるが、下級言語しか使えないと抵抗のしようもない。フランスがあっという間に奴隷化されたように、呪文をかける側の思いのままだ。
「もういい時間だから、皆は引き上げてくれていいわよ。次のシフトは夜だから、遅れないように気をつけてね」
今から次のシフトまでは自由時間だ。せっかくの大阪、食事に観光に遊行と、何をして過ごそうかと若者達の思考はあっさりと切り替わった。