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そのポスターはレプリカです

 魔物に警戒しつつダンジョン各所のトイレを掃除し終わり、裕太達がセンターに引き返している時だった。

「あっ、またポスターが破られてるわ」

 シノが古びたポスターの前で立ち止まった。その言葉の通り、下側の右隅が破り取られている。

 そのポスターに視線を走らせて、何となく違和感を覚える裕太。

「あれ、そのポスターってトリアル語を使ってるんですね」

 絵柄から龍事件の頃のアメリカ映画のポスターだと思っていた裕太が、違和感の原因に気づく。

「元のポスターは当然英語だったんだけどね、下級言語は使えなくなったから、レプリカを作る時に外国感を出すためにトリアル語にしたらしいわ。今じゃトリアル語読める人が増えて、外国感もクソもないんだけど」

 十年前からそのままなのかと思っていたので、ただのレプリカだと知ってなんとなくがっかりな気分になる裕太。そもそもこの地下街自体が、百メートル級の龍によって破壊されたものを再建しているので、ポスターも当時そのままである訳がなかった。古ぼけて見えるのは、初めからそういうふうに加工されているだけだ。

 そしてトリアル語に関してはそもそも外国どころか、思いっきり自国の公共語の一つだし、義務教育で必須の教科でもある。裕太達にしてみれば、外国感なんて感じない。

 ただそれも今だからの話で、梅田ダンジョンが建設された頃はまだトリアル語は目新しかったのだ。

「こういうのを見ると、何だか背中が痒くなりますね」

 マイケルがトホホと大げさに戯けて、一行に笑いを誘う。


 トリアルはコフュースの三大国の中で、唯一魔隷制度を認めていない国だった。

 そもそもヤードゥやテンクから逃れてきた使い魔の人達が建国したという経緯があり、魔法による奴隷支配を徹底的に否定している。

 使い魔化されないようにするには、魔力的素養を高めて耐性を付けるのが一番だ。だからトリアルでは国民全員が上級言語を使えるように教育体制を整えている。同時に奴隷を作る元となる下級言語を普及させることも禁止だ。

 その理念はヤマトリアルにも引き継がれている。

 下級言語である英語を、公共の場に晒すなんてことはありえない。

 仮に下級言語しか話せない人が亡命してきた場合は、施設で上級言語を習得するまで入国は許可されない。マイケルが流暢に日本語を話すのも当然のことなのである。


 梅田ダンジョンでの勤奉の勤務時間帯は、大きく朝・昼・夕・夜の四つに分けられている。それぞれ三時間の勤務であり、一日に二つの時間帯で六時間働く。勤奉としては一般的な部類だ。

 拘束時間はそれだけなので、自由時間はたっぷりある。夏休みの勤奉が旅行代わりにされてしまうのも無理のないことであった。

 どの時間帯に入るかは日によって異なるが、シノの受け持ちのメンバーは基本的に同じシフトに組み込まれていた。


 朝の時間帯は開店前に仕事が集中しており、客が入りだしてからしばらくは楽になる。

 ダンジョンに入った客はすぐに戻ってこないから、受付は入ってる客の相手だけでいいし、食事や土産物目当ての客が来るのも昼ごろになるからだ。


「火よ、矢となって進め!」

 控室で、健一の威勢のいい声が響いている。隙間時間を利用して、魔法の勉強をしているらしい。

 裕太から借りた杖を勢いよく振り回しているが、元気なのは声と動きだけで、他に変化は何もなかった。

 何か起きないかとしばらく硬直していたが、流石にバツが悪くなったのか、救いを求めるようにちらりと傍らの裕太に視線を移す健一。

 健一の呪文はまるで駄目だったわけでなく、呪文に合わせて魔力の流れは確かに変わっていた。だが魔法に変換されるほど収束されず、もう少しのところで拡散してしまっている。そういう呪文と魔力の流れの状態をなんとか説明しようとして、

「ええと、初めの火の部分はけっこういいんだけど、進めの部分はこう・・・ちょっと平仮名っぽい言い方になってるから、もっと漢字を意識して、ぐわっと溜め込んだのを吐き出す感じにした方が魔力を込めやすいと思う」

 裕太が必死に言葉をつなげるのを、健一も真摯に理解しようとじっと聞いていたが、

「何を言われてるのか全然分からない・・・」

 困惑した表情で広い肩をすくめてしょげこむ。

 ちょうど控室に入ってきて二人のやり取りを見ていたシノが、

「初めから魔法が得意な人は感覚派が多いから、人に教えるのは向いてないんだよね」

 健一を慰めるように言った。

「ああそれ、分かります。うちのクラスでも魔法が得意な子らそんな感じやわぁ」

 奈々美の声にも実感がこもってて、何となく肩身が狭くなる裕太。

「まあ呪文との相性もあるし、一旦コツを掴めばそこからぐいぐい上手くなる人もいるし、ようは諦めずに何度もやり続けるのが一番だから、めげずにこれからも頑張りなさいということよ」

 魔法の道は一日にしてならず、である。

「それより物販の搬入をちょっと手伝ってもらえないかしら」

 どうやら一時の休息も終わりのようだ。

 裕太達は慌てて立ち上がり、シノの後を追った。

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