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ダンジョンのトイレは重要です

 梅田ダンジョンの朝は早い・・・なんてことは特に無く、一般的な商業施設とあまり違いはない。

 まずは開店前に、お客様を迎えるための準備から始まる。


 前方にはゴブリンタイプの瘴魔が三匹。

 裕太が杖を構えて呪文の準備をしようとすると、

「裕太、初級呪文だぞ!」

 健一が念を押す。出現率が高まって魔物が溢れていた昨日と違って、普段から範囲攻撃呪文なんか使ったら、それだけで戦闘が終わってしまう。

 そんな訳で、裕太はしばらく初級の単体攻撃呪文しか使わない取り決めになっていた。

 わかってるよ・・・そう心の中で答えつつ、裕太が口にするのは攻撃呪文だ。

「火よ、矢となって進め!」

 杖を振り下ろすと、その先端に発生した火の玉が先頭の魔物に飛びかかる。ガラスが弾けるように砕ける瘴魔。

 続く二匹目を、健一が大上段に振りかぶった剣で一気に唐竹割りにした。

 残りをマイケルが槍で突こうとし、矮躯を縮めてその穂先を躱した魔物が、槍の流れに沿ってマイケルに飛びかかった。

「危ないっ」

 剣を振り下ろした勢いを利用して、健一がマイケルに体当たりする。健一の体躯に弾き飛ばされたマイケルだが、おかげで瘴魔の一撃からはギリギリ逃れることができた。

「うわっ」

 前衛の二人が崩れたせいで、魔物と直接向き合う事になった裕太と奈々美が慌てて杖を構えるが、咄嗟のことで呪文を唱える余裕もない。魔物が裕太に狙いを定め、飛びかかる素振りを見せたが、

「うりゃ」

 倒れたままの健一が、カニばさみの要領で魔物を引き倒し、なんとか起き上がったマイケルが槍の石突きで倒れた魔物を打ち潰した。

「おお、やったね」

 一歩後ろから皆の様子を眺めていたシノが、いざとなったら投げつけようとしていた短剣を指先に挟み込んだまま、器用に拍手する。今日はフェイはついてきていない。

「マイケルさん、怪我してるやん」

 健一に突き飛ばされた時に肘を擦りむいたらしく、血が滲んでいる。

「こんなのかすり傷・・・」

 マイケルが強がりを言い終わる前に、奈々美が呪文を唱えてマイケルの肘を杖で撫でた。

 まるでビデオの逆再生のように、あっという間に傷が消滅していく。

「おお、私は初めて回復呪文を経験しました」

 驚きのせいか普段のなめらかな口調でなく、教科書の例文のようになっているマイケル。

「へへん」

 ようやく呪文が使えて、満足げな奈々美。

 魔法の上達には、やはり魔法を使うことが一番である。しかし魔力枯渇状態の地球で魔法を使おうとしたら、魔力がチャージされた魔力石などを使うしか無い。そして魔力石は供給量が少なくお高い代物なので、奈々美達のような高校生がお気軽には使えない。

 ダンジョンのように魔力が流れている場所は、魔法を上達させたい者にはうってつけなのである。

 ちなみにいくら魔力が流れていると言っても、地下一階程度の魔力密度では昨日の裕太のように中級呪文をバンバン打てるものではない。あれは魔力石も使用していたのだ。

 勿論、仕事の為なので使った魔力石も経費で落とせる。ただ使わないで済むなら、それに越したことはない。ダンジョン経営もコストとの戦いなのである。

 裕太の中級呪文禁止令はそうした世知辛い理由もあった。

「よし、邪魔者も排除したところで、さっさと仕事を済ませましょう」

 シノの指示で、裕太達は手早く散開した。

 何をするかといえば、トイレ掃除である。


 ダンジョンを清潔に保つために一番大切なものといえば、当然トイレである。

 人間、動いていれば出すものは出さなければいけない。その衝動は時間を選んでくれないことも、誰もが経験していることだろう。その時トイレが無ければどんな惨劇が引き起こされるか、そんなことは想像するまでもない。

 だからダンジョンの要所要所にはトイレが設置されているし、皆が安心して使用できるようそこを清潔に保つのはダンジョンのスタッフの重要な役目である。

 魔物を警戒して一人が見張りに立っている間、残りのメンバーが手早くトイレを清掃していく。

「シノさん、こっちのトイレの御札、色が薄くなってんすけど・・・」

 健一に呼ばれてシノが個室をチェックして、

「ああ、これはもうすぐ期限切れね。取り替えちゃいましょう」

 ダンジョンのトイレはただのトイレではない。

 無防備な状態を襲われては、どんな冒険者でも危機一髪である。そんなことにならないよう、トイレにはしっかりと魔物よけの結界が張られている。いざという時の避難所の役割もあるのだ。

 その結界を維持しているのが、その札だ。


 魔法といえば魔法師が呪文を唱えるのが一般的だが、魔法が発動前の状態をアイテムに封じ込めることで誰にでも使えるようにすることも可能だ。

 魔法を札に込めたのが符術であるが、魔力を封じ込める為の紋様を描くのに手間がかかる割には初級の呪文くらいしか使えないので、トリアルでもマイナーな技術だった。

 それがヤマトリアルでは、印刷技術を応用することで複雑な紋様の札でも簡単に大量生産出来るようになり、爆発的に普及することになった。

 梅田ダンジョンで使用されている結界符も量産品で、一度起動すれば周囲の魔力を利用して一ヶ月は結界を維持できるスグレモノだ。

 たかがトイレと侮ることなかれ。

 梅田ダンジョンのトイレは、魔法と科学技術とスタッフのたゆまぬ献身によって、いつでも快適に使えるように維持されているのだ。

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