第九十二話 子供の喧嘩は恐ろしい
「──これは一体、どういうことなのかしら?」
空への近道、ソハマ。
程よい広さのその街の1角に建てられた、特に目立たない倉庫化した建物。明かりが灯らず、薄暗い室内には飛空艇の部品やらなんやらが散らばっている。
そんな建物の中で、今、苛立ったような少女の声が響いていた。
肩まで伸びる薄桃色の髪を軽くセットしたその少女は、目の前で震える気弱な少年を、般若の如き形相で睨みつけている。
可愛らしい顔が台無しだ。
傍観に徹するジルは、1人思う。
「ノウェラ。アタシは言ったはずよね? ここには誰もいれるなって。なのにこの状況はどういうこと?」
「ごごご、ごめんよぉ、ラナっ! でで、でも、でも、ぼ、僕もどうすればいいか、わかんなくてっ!」
「黙りなさいこの愚図! 言い訳なんて求めてないのよ! 主様にまでご迷惑おかけして、恥晒しもいいとこよっ!」
「う、うわぁああんっ! ごめんなさぁあああいっ!!」
びええっ、と泣き出すノウェラに、「あんたそれでも男!?」と怒鳴り散らす、ラナと呼ばれた少女。眉を釣り上げ、目を見開き大声を発す様は、見ているこちらにまで恐怖を抱かせてくる。お陰でノウェラに同情する者が、この場には多くいた。
情報屋とオルラッド。アランにベベル。そして、最初こそ彼を疑っていたアドレンやミーリャですら、哀れむような表情を浮かべ、彼らのやり取りを眺めている。
もちろん。ジルもその内の1人であるということは、忘れないでもらいたい。
──さて、話をかえよう。
ラナ。そう呼ばれる少女がこの屋内に踏み込んできたのは、つい先程のことであった。
彼女曰くお礼に貰ったという、謎の小箱を腕に帰ってきたラナは、その背後に2人の新キャラ(恐らく噂の整備士と思われる)を従えていた(ように見えた)。ただ今その新キャラは、ノウェラより何かを耳打ちされ、アドレンが見たという死体を処理しに行っているので不在だ。
お陰で2人の少年少女の喧嘩(というよりは説教に近い)を止める者は誰もおらず、傍観し続ける皆は困り果てていた。誰もがきっと、あの2人の帰還を待っていることだろう。心の奥底で。
「泣けば済むと思ってんじゃないわよ!」
「そ、そんなこと思ってないよう!」
「嘘をつくなこの木偶! もういいわ! 腹を切れ! そして今まで生きてきたことを心の底より詫びて死ね!!」
「うええん! わかったよらなぁ!」
「いや、そこはわかっちゃダメだ」
到底子供の口喧嘩とは思えぬ会話になってきたところで、ジルが耐え切れなくなったのかツッコミを入れた。
当然、会話を邪魔されたことにより、ラナの鋭い眼光が向けられる。体を貫くそれは、思いの外、恐ろしい。ノウェラの怯え具合も理解できるというものだ。
「口を開いてまことに申し訳ございませんでした。どうぞ続けて下さいませ」
土下座と共に謝罪を口にするジル。踏み込んではいけない領域に踏み込んでしまったと、彼は数秒前の行いを後悔した。
「──なにしてるの?」
そんな、よくわからない状況になりだした部屋の中、響いたのは2人分の足音と新たな声。顔を上げた少年の視界に、金髪の、比較的小柄な、魔法使いのような衣装を身にまとった少女と、まさに整備士と言った服装の、赤毛の女性が写り込む。
どうやら死体処理を終えたようだ。土下座状態を解除しながら、ジルは1人考える。
「あ、ヒリアさん。ドーアさん……」
「ラナ、またノウェラ叱ってたの? ダメだよ。人前でそんなことしちゃあ。主様にも何回か注意されてるよね?」
「あ、す、すみません。つい……」
怒られ、素直に謝るラナ。どうやら彼女よりも、今口を開いている少女の方が、立場的には上らしい。
「皆さん、ごめんなさい。2人にも悪気があるわけじゃないんです、決して」
フォローを入れるように告げた少女に、ジルが代表者となり首を振る。気にしないでくれという意を含んだそれを、彼女は理解してくれたようだ。はにかむように微笑みながら、「ありがとう」と礼を紡ぐ。
「……ミーリャやアランちゃんとは違ったかわいさだ」
真剣な顔で吐き捨てたジルに、両サイドから鉄拳が振り下ろされた。
「──ところで、整備士さんってのはそちらのお姉さんの方であってやすか? オイラたち、主様に聞いてここを訪れたんですが……」
殴られ、沈んだ少年。ちょっと自業自得な彼をスルーした情報屋が、早く話を進めようと口を開いた。
それに答えるのは、赤毛の女性。
彼女は片手を腰に当てると、そのまま片足に体重を乗せ、もう片手に持っていたスパナを器用に回す。
「ソウダネ。整備士、ドーア・パドルツェをお探しなら、僕のことで間違いないヨ」
言い、女性はにまりと笑った。口端から覗く八重歯が、妙に魅力的だ。
「僕を訪ねて来たってことは、何か修理してもらいたいとかかな? もしくは空に飛び立ちたいとか? まあどちらにせよ、リレイヌちゃんがわざわざ紹介してくれたんだ。依頼は出来る範囲でなら引き受けてやるよん」
「リレイヌちゃん……」
よくもまあ、あの主様をそんな風に呼べるものだ。違う意味で尊敬すると、ジルは苦笑。
そんな彼の様子に、整備士ドーアは不思議そうに首を傾けている。
「なに? 僕なんか変な事言った?」
「あ、いえ、特には……いえ、ていうか、依頼の話に戻るんですが、飛空艇を……」
消え入りそうな声でボソボソと喋るジルに嫌気が差したようだ。邪魔くさそうに彼の頭を押すと、ミーリャが口を開く。
「ミーリャたちは青雲の城を目指してるのね。わかったらさっさと飛空艇を用意するのよ」
「青雲の城? ……ああ、あのダンジョンのことね。なるほどなるほどーん」
うんうん、と頷くドーア。スパナで凝った肩を叩きながら、彼女は笑う。
「あそこ目指すなら確かに僕が適任だろーね。でも命知らずな子供もいたもんだねぇ。ま、人生謳歌してるようで僕としちゃ全然構わないんだけども」
どういう意味だろうか。
ドーアのセリフのせいで嫌な予感がしてきたと、ジルは密かに獣耳を垂れる。
「護衛とかはいんの?」
「最強のイケ男がいるぜ」
「黙れ。──ここにいる者は皆そこそこ戦える。問題はないかと」
「お、準備は万端ってことね!」
いい覚悟だと、彼女は笑った。
「んじゃま、僕も別件のお仕事あるし、ちゃちゃーっと君たちをお空へ運んじゃうことにするヨ! 外で待ってて! 飛空艇持ってくるーん!」
言うや早々、ドーアはスキップ混じりに建物の奥へと消えていった。言葉通り飛空艇を取りに行ったのだろう。
なんだかやけにアッサリしているが、果たして大丈夫なのだろうか。疑問を抱きながらも、ジルたちは屋外へ出ようと、各々その身を動かした。
「ベベルばーさんはどうするんで?」
「あたしゃ元々弟子の顔見に来ただけさね。空には興味無いよ」
「んじゃお別れっすね。また機会があればお会いしやしょう」
明るく笑う情報屋をしっしっ、と払い、ベベルは彼女の言う弟子の方へ。親しげに挨拶を交わし、そのまま会話を始め出す。既にこちらには欠片も興味がないようだ。
「振られたな、情報屋」
ケラケラとアドレンが笑う。情報屋はよくわかっていないのか、「なんのことですかい?」と至極不思議そうに首を傾けていた。




