4.湖底の神殿/2
顔合わせは出発の直前、フローブルクの町だった。
斥候と探索の専門家として紹介されたのは、ノークという名前の猫系の獣人だ。年の頃は20前後のようだが、オルトの紹介だ、たぶん彼は信用の置けるベテランなのだろう。ゆらゆらと揺れる尻尾が、彼が今回の探索にかなりの興味を持っていると示していた。
「よろしく。あなたが魔法使いだね。で、そっちが魔法剣士か」
目を細めてにいっと笑い、差し出された獣人の手を取り、エルネスティは「よろしくお願いするわ」としっかり握った。
モント湖までの街道は順調だった。もっとも、人の行き来もそれほど多くなく、襲って身入りが見込めるほどの隊商が通ることもないため、盗賊や追い剥ぎはあまりいないだけなのだが。
「東部はほんとに何にもないのね」
「開拓も進んでないド田舎だからな」
のんびりと歩きながらエルネスティが言うと、オルトもその言葉に頷いた。
「エルネスティは東に行くの初めて?」
ノークが落ち着きなくあちこち興味深げに眺めていたと思ったら、するすると寄ってきた。
「オレ初めてなんだ。西の方はよく行ってたんだけどさ」
「私も、実際に行くのは今回が初めてよ。知識としては知っているけど」
「そういや、エルネスティは師団の魔法使いなんだろ? なんでオルトの知り合いなの」
にいっと目を細めながら、首を傾げる。猫系の獣人は押し並べて皆小柄で、ノークも男性だがエルネスティとそれほど身長が変わらない。若干視線が上になる程度だろうか。目の前にちょうど口元が来るくらいで、顔を薄っすら覆う柔らかい被毛がはっきりと見える。
「偶然よ。フローブルクの北東にある塔の再調査で知り合ったの。おもしろい研究をしてるから、頼み込んで強引に共同研究者にしてもらったのよ」
「へえ、オルトの彼女じゃなくて?」
「あら、彼女に見えた?」
くすりと微笑むと、げほっとオルトがむせてどんどんと胸を叩きだした。それを見てぷっとエルネスティが吹き出す。
「残念だけど、オルトは私のタイプじゃないの。ただの共同研究者よ」
「なあんだ。オルトに春が来たのかと思ったのに」
ノークもからかうようにくすくすと笑いながらオルトをちらりと見ると、いかにも取り繕った無表情で顔を背けていた。
モント湖までは宿らしい宿はひとつもない。だいたいが野宿か、運が良ければ村で屋根のある場所を借りるかといったところだ。食料も嵩張らず保存のきくものを持参してはいるが味気ないものばかりなので、時間があれば狩りをしたり、立ち寄った民家で譲ってもらったりで調達する。
そんな調子で数日街道を東へと向かい、ようやく目的地に着いた。
まずは一晩休息を取ることにして、もう一度地図を取り出し確認する。以前オルトが探索に来た際に作った地図と、エルネスティが持ってきた師団で保管されていたものの写しだ。
「ノーク、隠しがあるとしたらこの辺りが怪しいと思うの。あなたはどう見るかしら?」
「──うーん、オレならここも探してみるかな」
ふたつの地図を比べ、不自然な空間がないか、何か隠してありそうな場所はないかを検討する。今回はそのあたりを中心に探索することになるだろう。
「カリンは何か気になるところはない?」
急に水を向けられて、黙って皆のようすを見ているだけだったカリンも地図を覗き込む……が、すぐに首を捻る。
「わからない」
「そう……やっぱり地図上よりも直接見たほうが、何かわかることが多いかしら?」
「わたしに何かがわかるとは思えない」
「あらそう? この前の魔神といい、あなたが知ってることって意外に多いんじゃないかと思ったのだけど。それに、何かを察知したときのあなたの反応ってすごいわよ」
不思議そうにじっと見つめるカリンに、エルネスティはにっこりと微笑んだ。
「それにしても、水の中を自由に活動できるような魔法があればもっといろいろなものが調べられるのに、ままならないものだわ。こういう時、魔法も万能じゃないのねって思うのよ」
神代の頃はもっと世界が魔法に満ちていて、魔法でどんなところへも行けたというのに、今の世界は不自由だ。
「水の中に潜れたって、肝心のモノが何も残ってないんじゃ仕方ない。水の中は、相当な早さでモノが劣化するからな」
オルトの指摘に、わかってないわねとエルネスティは首を振る。
「それはそうだけど、死ぬまでに一度くらい、水の底とか土の中とか、それに空の上とか行ってみたいわ」
どんな魔法ならそんな場所に行けるのかしらとぶつぶつ呟き始めるエルネスティを、オルトは少し呆れたようにちらりと見やった。
「それはそうと、怪しいところは3箇所か。さすがにたくさんはないな」
地図を見ながらツェルが考え込むと、ノークは頷く。
「そりゃそうだよ。だって、これまで相当調べられてるとこだしね。師団だって何度も調べに来てるだろ? オレだって、オルトの誘いじゃなきゃ、こんなとこ何も残ってないよって断ってるさ」
「あら、オルトは信用あるのね」
「そうだよ。勘がいいっていうか、あんまり外さないんだ。これまでもオルトが行こうって言ったとこなら、だいたい何かしら見つかったしね」
「それは楽しみだわ」
微笑みながらエルネスティがオルトに視線を向けると彼は焚火の用意をしながらぷいと横を向いてしまった。
“湖底の神殿”と呼ばれるこの遺跡は、“神殿”と名がついていて、建物の作りや様式こそ“神殿”そっくりではあるが、神のおわす場所などではない。これまでの調査で、おそらく魔法使いが作ったものだろうとは判明している。モント湖上に張り出すように建てられているが、今は土台が割れて地上部の半分以上が湖に崩れ込むように崩壊してしまった。なぜそのように壊れたかはわからず、この建造物を作ったものが誰なのかも、なぜ“神殿”のような様式にしたのかも明らかにはなっていない。
水没を免れた場所は既に遺物目当ての盗賊や市井師団を問わずの魔法使いたちが散々調べた後なので、ほとんど何も残っていないと考えられている……が。
「まずは、私が聞いた、あの魔法陣そっくりの様式を見かけたという場所を調べてみましょう」
エルネスティが地図を広げ、一角を指差す。水がすぐそばまで迫った小さな部屋だ。
「この部屋に、あの様式に似た未完成の魔法陣があったというのよ。教えてくれた魔法使いはそちらの専門ではなかったのだけど、未完成でほったらかされてたのが気になって、なんとなく覚えていたと言っていたわ」
「未完成、か……」
「ええ、未完成でもある程度は用途とか推測がつくはずよ。行ってみましょう」
「その部屋は、俺が行った時には水没してたところだが」
「彼が行ったのは雨が少ない年だったから、水位が下がってたみたいね。今は雨が少ない時期で、ここしばらくはたいして降ってもいないもの。たぶん今回も水の上に出てるんじゃないかしら」
「なるほど」
地図を眺めながらオルトが頷く。
「じゃあ、まず調べるのはその部屋が最初で、合計4箇所だな。ルートはここから入ってこの順番でどう?」
「いいんじゃないか?」
ノークが指で辿った線を追い、ツェルも頷いた。既に調査済の区画なら、罠もあらかた解除されている。後から住み着いた魔物や獣以外に危険な生き物もいないだろうし、このあたりにはそこまで危ない魔物もいない。
「最初の階層はそれほど危険はないから、調査に専念できそうね」
「そうだね。本当に隠されてる区画があるなら、それを探し出せるかどうかで後が決まるってとこかな」
ノークの言葉に、オルトも頷く。
「広さを考えても、3日探して何も見つからなければ引き揚げるというのが、妥当だろうな」
「そうね。じゃあ、最初の3日でまず一区切りとしましょう」
エルネスティの言葉に全員が同意し、立ち上がった。
“湖底の神殿”の地上からの入り口は、湖のほとりにある丘の洞窟だ。おそらく、もともとはあの“神殿”からの隠された出入り口として作られたものだろう。今は本来の出入り口は水没してしまっているため、ここがメインの出入り口となっている。
洞窟の入り口を念入りに探ったノークは「うん、出入りはないみたいだ」と頷いてから、後ろに控えていた者たちを手招いた。
「さ、ほんとの入り口はこの奥だよ。行こう」
ノークとカリンを先頭に、オルトたちは洞窟の中へと踏み込んだ。