4.湖底の神殿/1
押掛共同研究者がやってきて約3カ月、とうとうカリンの動力源がエルネスティにバレた。
エルネスティがいつものように訪れ、ノックしようとしたとたんに中からガタンガシャンと大きな音がした。いったい何がと焦って扉をバンバン叩いても返事はなく、すわ一大事と強硬手段で扉を開けて中に入ると、オルトがひっくり返った傍らでカリンが呆然と立っていた。
「ちょ……ちょっと!? いったい何があったの!?」
思わず大声をあげて近寄ると、カリンの口元が血に汚れているうえに、オルトの左腕から血が流れていることに気付き、エルネスティの顔からさっと血の気が引く。真っ青な顔色のまま手に持っていた荷物をぽろりと取り落とし、これはただ事ではないと、思わず防御魔法を唱える準備に入ろうとした。
「いや……待て……少し、待て……」
倒れたままのオルトが弱々しく声を上げ、エルネスティを制止するように小さく手を振った。
「……血?」
「ああ、血だ」
腕の手当てを終えて、寝台に寝かせたオルトを追及したところ、ようやく白状した。カリンの魔力供給元が実は血であるということを。
エルネスティは頭痛を覚えた。ああまったく、なんだってそんな重要なことを黙っているのだこの男は。人を、いや、共同研究者をなんだと思ってるんだ。
「──あのね、私だって一応魔法使いなんだし、そういうケースがあることくらい理解してるし、最初から話しておいてほしかったわ。魔法を知らない人みたいに血だからどうとかって無暗に騒ぎ立てるようなことはしないつもりよ。
私、そんなに信用ないのかしら。私はオルトのこと信用しているのに……他に隠していることはない? いやよ、もうこんな風に慌てるのは」
苛立たしさを無理やり抑えこみ、エルネスティは軽く目を伏せて寂しげな……ポーズを取り、溜息を吐きながら儚げに囁いた。
オルトはそんな彼女から目を逸らし、小さくすまないと呟く。
エルネスティは畳みかけるようにオルトに目を合わせ、「もう、ほんとうに隠し事はなしよ?」と小首を傾げながら微笑み、そして容赦なくカリンの“補給”についての詳細確認へと入っていった。
……補給のサイクルはだいたい10日に1度、通常はカップ1杯程度の量の血で問題ない。
ただし、活動量に応じてサイクルか供給量を増やす必要がある。もちろん、供給源を外注するわけにいかないので、責任もってオルト自身の血で賄うし、オルトの健康状態に何ら影響を与えない程度の量でもある。
──通常ならば、だが、やはり限界はあった。
今回のオルトの貧血は、言ってしまえばつい先日、フローブルク近郊に魔物が出たという事件が原因だ。
オルトもフローブルクの住人である以上、町の治安が脅かされる状況では援護の要請を断ることはできない。この町唯一の魔法使いであるオルトと、その護衛であるカリンの両名ともが、町の警備隊と一緒に魔物の討伐に駆り出されることになるのだ。
特に、今回は出没した魔物が多く、騎士団の派遣を待つ余裕もなかったために想定よりも厳しい状況となった結果、カリンが盛大に動き回って激しく消耗し、通常より多くの血が必要となったのだ。
それでも、いつもならオルト自身が倒れないよう注意しつつ、補給サイクルを若干短めにするなど無理のないよう慎重に調整する。
しかし、さらに不運なことに、討伐へ駆り出される直前まで魔道具の製作に追われ、不摂生が続いたことによる体力の低下に気づかないまま血を与え過ぎ、貧血でひっくり返ってしまうはめになったのだ。
間抜けな話だな、とオルトは自嘲する。エルネスティも、ほんとに間抜けだわ、と心の中で独りごちる。
「……ちゃんと言ってくれれば、私も協力するのよ?」
「あのなあ……お前も血を寄越せなんて言えるわけねえだろうが」
寝台にだるそうに寝転がったまま、オルトは呆れた顔のエルネスティをちらりと見やった。ただでさえ女は血を失い易いっていうのに、言えるか馬鹿野郎、と口の中だけでもごもごと言う。
だが、せっかく面白そうな研究対象を見つけたのに、その持ち主にどうにかなられてはエルネスティが困るのだ。それくらいならつべこべ言わずに自分にも協力させろ、とエルネスティは思う。こいつに任せていたら埒が明かないわ。
「それで自分が倒れてたら世話ないじゃない。で、カリンは足りたのかしら?」
「大丈夫だ」
急に話を振られて、カリンも戸惑いながら頷く。
こうして見ると、多少無表情だがやはり人間のように見えるなと、エルネスティは考える。ほんのりと血の気が差している今は、外見だけならますます人間と変わらない。本当に、これが作られた生き物だというのだから、魔法は奥が深い。
「次はいつなの?」
「通常なら10日後」
「じゃあ、それは私が供給するわね」
「おい。何言い出してんだ。やめろ」
「あなたは一回休みよ。ひっくり返ったんだから言うこと聞きなさいね?」
「そうじゃなくて……」
オルトが慌てるが、エルネスティは構わずに続ける。
「もう、それはこれでおしまい。じゃ、今日の本題に入るわね」
「……本題?」
「ええ」
うふふ、と笑うエルネスティに、オルトは怪訝そうな目を向けた。
「この前、塔の地下で見つけた魔法陣があったでしょう。あれによく似た様式を見たことあるっていう人がいたの」
「何?」
「ここの東のモント湖にある遺跡で見たらしいのよ」
「モント湖か……あそこにある遺跡って言うと、湖底に沈んだ神殿か?」
「そう。湖畔の入口から入った、水没していない区画で見たそうよ」
「へえ? 何年か前に行ったが、そんなものあったかな」
「見落としていたのかもしれないわ。ダメ元で調べてみてもいいんじゃないかしら」
「まあ、確かにな。あの塔みたいな例もあるし」
「そう言うと思ったから、ツェルには声をかけてあるわ。あとは、斥候ができる人を見つくろって同行を依頼したほうがいいと思うのだけど、心当たりはある?」
「2、3、ないことはないが……すぐに都合がつくかはわからない」
「ツェルも私も心当たりは聞いたんだけど、誰もしばらく都合が付かなかったの。心当たりにぜひ聞いてみてちょうだい。知ってる人なら安心だもの。
あと、出発はいつ頃がいいかしら」
「今抱えてる注文が終わってからだから……最低でも10日後より後だな」
「そうね、私も研究休暇の申請をしなきゃならないし……来月の頭からはどうかしら。20日あれば、準備もしっかりできるでしょう?」
「いいんじゃないか?」
「じゃ、それでいきましょう。王都で準備をしたほうがいいものがあったら連絡ちょうだい。用意するわ。あ、地図や遺跡の内部のことはできる限り調べておくつもりよ」
「わかった、それは任せる。確か、俺も前に行ったときに調べたものが残っているはずだ。確認しておく」
「お願いするわ」