3.塔、再び/3
かつて“創造主”と呼ばれた魔法使い。
あらゆる魔法を修めた天才であり、特に魔法生物の創造を得意としていたが、もちろんそれだけで“創造主”などという神に匹敵するような二つ名が付くことはない。
エルネスティには特に言わなかったが、“創造主”と呼ばれた魔法使いが真に求めたのは、単なる魔法生物の創造ではなく「完全な生き物」を作り出すことだった。けれど、その「完全な生き物」がどんなものだったのか、何をもって「完全」だというのか、その創造は成功したのか失敗したのか、研究はどれほど進んでいたのか……そういったものを示す記録は何一つ見つかってない。ただ時折見つかる遺産の断片を総合すると、その魔法使いが“創造主”と呼ばれていたことと、そういう研究を行っていたことが伺えるだけである。
──オルトは、この塔の主が“創造主”だと考えていたから、あのカリンに彼の研究の鍵が隠されているのだろうと予想し、再度ここへ来ることに決めた。そう、前回この塔で見つけたカリンの存在は、ここの主は“創造主”であることをオルトに確信させていた。
けれど、まさか魔神が現れてその確信を否定されるとは……。
ここが“創造主”の遺産でないとしたら、何だというのだろうか。いや、もしかしたらやはり主は“創造主”で、彼が天才たる証としてあの魔神を呼び出したのか?
オルトは階段を進みながら考えを巡らせていた。
階段を降りた先の空気は、ひどく淀んでいた。
腐臭すら感じとれそうなほどの、どろどろの淀みのようにまとわりつく魔力。これまでにいくつもの廃墟や遺跡を探索したが、こんな魔力を感じたことはなかった。
「なんなの、この魔力……」
エルネスティは思わず呟く。塔の外に漏れ出ていた魔力の源はあの魔神ではなく、この階層にただようこの魔力だったのだろうか。
オルトはこの階層を探ろうと探知魔法を唱えたが、うまく魔法をかけられなかった。思わず顔を顰め、溜息を吐く。
「……魔法で阻害されてるようだ。この先はさっぱりわからない。カリン、この先もお前が先頭だ」
「了解した」
* * *
いくつかの魔物……ここに放置されていた魔法生物を倒し、ようやく魔力の発生源と思われる部屋を付きとめた。ここに至るまでとくにめぼしい発見はなく、あの魔神がなぜここにいたのかも不明のままだった。さらなる地下へと続く階段も見つからず、あとはこの部屋を調べるだけでここの探索は終わる。
「今度こそ、何か見つかってくれるといいんだけど」
溜息混じりにエルネスティが呟く。
いっそ見事なくらいに何も見つからなかったのだ。せめてここに情報の断片くらいは欲しい。
「ここは、放棄された遺跡なのかもしれないな。不自然なくらい、何も残っていない」
オルトは、つい数日前に聞いたカリンの“夢”の話を思い出す。
あれが、ここにいる間にカリンにあった実際の体験だとすると、ここは不要なものだけ残して何もかも引き揚げ、放棄された場所だと考えるのが自然ではないだろうか。
カリンとツェルが交代で中の様子を探り、2人ともに問題ないだろうと判断したところで、解錠の魔法を詠唱した。カチャリという微かな音とともに、鍵が外される。
「よし、カリン、扉を開けろ」
「了解した」
カリンが扉をゆっくりと開く間、その影になる場所でツェルが剣を抜いたまま警戒し、オルトとエルネスティが少し離れた場所からそれを見守る。ギ……と、耳障りな重い音を立て、軋みながら扉が動く。
そうして扉が薄く、中が確認できるほどに開いたとたん、まとわりつくような魔力の気配が急に濃くなった気がした。と、同時に、カリンが扉の前から飛び退く。
「避けられたか」
チッという舌打ちとともに、中から女の声がした。オルトが、どこかで聞いたような気がするその声に怪訝な表情を浮かべる。
「早く入ってこい。殺す。殺してやる。偽物の人形め」
「何がいるんだ、カリン」
「カリンだと? 大層な名前を付けられたな人形!」
「オルト、来るな。危険だ」
そばに寄ろうとしたオルトをカリンが制止した。エルネスティは、カリンとオルトを順番に見やり、「どういうこと?」と呟いた。
「中に魔法陣。中央には人間の女の姿をした魔物が1体。正確に言うと、感知した魔力の種類から判断するに、魔物というよりは魔法生物のようだ。あと、今あった通り、魔法も使う。魔法陣の範囲からは出てこれないようだけど、その魔法陣はかなり劣化していて、効力を失うのは時間の問題と思われる。
……で、中の魔法生物は、あんたの護衛によく似ているようだけど?」
ツェルはこの間にも冷静に中を探っていたらしい。淡々と中の様子を報告し、それからオルトに視線を向けた。
カリンは部屋の中にいるものを凝視し、何かが腑に落ちたという顔で呟いた。
「そうか。わたしがカリンである前は、お前だったのか」
「……カリン、どういうことだ。説明しろ」
「オルト、こいつはカリンの素になったやつだ」
「素?」
「オルト、こいつは制御できない。危険だ。だから塔の主にここへ遺棄された」
……聞き出したいことは多かったが、この状況が、そのための時間を許さない。オルトはエルネスティをちらりと見る。
「──とのことだが、どうする?」
「ああもう!」
エルネスティは、彼女にしては珍しく、焦りのあまり頭を掻き毟った。
「聞きたいことだらけだし捕獲もしたいけど……ツェル、魔法陣は時間の問題ってどれくらい?」
「最初の状態ならもって数日だったが、あの護衛に煽られたおかげでもって数時間ってところまで落ちてる」
「今の状況で戦って、勝算は?」
「5分5分か、いいとこ6分4分ってところか」
「そんなに厳しいの?」
「正直、あの魔法生物の詳細が不明なので読み切れないから厳しめに見積もった。根拠はさっきの一撃の印象だけだ」
ツェルは頭を振り、肩を竦める。
「……さっきの様子からして、ここで見逃す選択はないわね。師団として、魔法陣が崩壊してアレが解放されるのは見過ごせない。
ツェル、アレはここで討伐するわ。オルト、あなたにも協力してもらう。私は万一のために並行で師団に状況報告も行うから、メインの援護はオルトに任せる」
「わかった」
「だそうだ。なるべく魔法陣を壊さずに戦って仕留めろ。いいな、カリン」
「了解した」
オルトはカリンに向けて身体強化と防御の魔法を詠唱する。ツェルも、自前の魔法で強化をしているようだ。エルネスティは、この場を覆うように防御結界を構築する。
「俺はあいつの魔法の妨害を中心に行う。精霊魔法での直接攻撃は期待するな。俺の専門じゃない」
ツェルは頷くと、「行くぞ」と合図をした。
* * *
「どれだけ魔力を持ってるのよ」
魔法陣の中から次々放たれる魔法に、エルネスティはつい悪態をついてしまう。
あの生き物の魔法に牽制され、カリンとツェルは苦戦していた。おまけに、いくら斬りかかってもすぐに傷が回復してしまうのだ。斬り落とされた腕すらも、すぐ元どおりに治ってしまうから始末に負えない。
「こりゃ、どっかに供給源があるな。あの回復も魔力によるものだろう。この階層に漂ってる魔力といい、不自然過ぎる魔力量だ」
何かを見落としてるのかもしれないと、オルトは考える。ここへ来るまでは何もなかったが……何もないと決めるのは早計だ。
この階層では探知魔法はほとんど役に立たなかったが、魔法感知は効いた。なら、魔力の流れから何かわからないだろうか。
「……エルネスティ、少し援護を代わってくれ」
「えっ?」
オルトは返事を待たずに、感知魔法を詠唱する。
エルネスティは前線で戦う2人の援護をしながら、オルトの様子を伺った。彼はいったい何を始めたのか。
感知魔法では、探知魔法のように掛かっている魔法の分析や詳細の確認はできないが、魔力そのものの種類や流れを感じることはできる。
オルトは集中しながら、床石を引っ掻いてこの階層の簡単な地図を描き、あの魔法生物に集まってくる魔力がどこから流れているのかを読み始めた。
と、急にオルトが顔を上げ、魔法陣のある壁の一点を凝視する。
「──カリン、今からお前の剣に魔法を付与する。終わったら、俺が印をつけた壁をその剣で壊せ」
「了解した」
オルトは、剣に向けて魔法解除及び魔力遮断の魔法を付与するべく、強化魔法の詠唱を始めた。
既に魔剣として完成している剣に、さらに魔法を付与するのは剣にとって相当な負荷となるが、他の武器を用意している暇はない。
詠唱が完了し、剣に魔法が付与されたのを見計らってすぐに、魔法の灯りを壁のある一点に飛ばした。壁に、目立たないよう隠された、魔法陣のような模様がそこにあった。
「カリン、その魔法の灯りの真下の壁の模様だ。ツェルは援護を頼む」
「了解した」
オルトの意図を察した魔法生物がカリンに掴みかかろうとする。その前にツェルが立ちはだかり、袈裟懸けに斬り下ろし、さらに斬り払う。
魔法生物の傷はすぐに塞がりかけるが……いきなり、その傷口からどろりと魔法生物の身体が溶け始めた。
「オルト、終わった」
壁に剣を突き立てたカリンが振り返る。気持ち悪いほどにこの階層に満ちていた魔力の気配が薄らぎ始める。魔法生物は、声にならない悲鳴とともに、身体がぐずぐずに溶け崩れてしまった。
エルネスティは安堵に一息吐くと、オルトに「あなたの護衛のこと、説明してね」と言った。オルトは眉間に皺を寄せて「説明できたら苦労しねえよ」と嫌そうに呟いた