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3.塔、再び/1

「うれしいよ、僕の研究がまた進められる」

 君のおかげだと囁き、嬉しそうに微笑む彼の顔が眩しくて、まともに見ることができなかった。これでいいのだ。これで彼が喜んでくれるなら……彼の喜びはわたしの喜びなのだ。


「だめだ」

 うまくいかない、と彼が言った。組み込んだ何かの術が干渉し合い、想定どおりの効果を生まなかったのだという。魔法についてはさっぱりで、何がどうなったのかを全く理解できず、わたしはおろおろするだけだった。


「君に施した術が落ち着くまで、ここに留まってもらう」

 どことなく冷たい声で彼が告げる。落ち着くまでとはいったいいつまでなのかとわたしが不安を告げると、すぐに出られるから心配しないでと、笑顔を見せてくれた。


「これ以上、あの失敗作から引き出せるものはないな」

 扉越しに彼の声が聞こえてくる……失敗作とは、たぶんわたしのことなのだろう。ここに入れられて以来、弟子だという人は来ても彼は来ない。その弟子も、わたしから様々な“素材”を採取してすぐに出て行ってしまう。


「すばらしい礎体を手に入れたよ!」

 どこからか聞こえる彼の声。それを機に、この場所から人の気配は消えた。わたしのところへも、もう誰も来ない。わたしはきっとこのままここで忘れ去られていくのだろう。このまま朽ちていくのだろう。


* * *


 ──くるくる変わる場面を見下ろしながら、ああ、これは過去の出来事かと、カリンは納得した。幸せだったはずなのに、なぜそれが続かなかったのだろう、という思いが押し寄せる。“彼”の言う通りにしたのに、ここに出ている“わたし”はいったい何を間違えたというのだろうという思いが頭をよぎるのだが、自分のことにしては遠いものと感じられる。まるで、誰かがそう語るのを聞いているかのようだ。


 これは過去の出来事であり、たしかに自分自身のものだという意識もあるのに、実感はまったく湧いてこなかった。思いと同様に、遠い誰かの体験を横から見せられているような、舞台の上で繰り広げられる芝居か何かを見ているような、すべてが遠いものとして感じられた。

 音を立てないように与えられた部屋から出ると、カリンは居間のソファにそっと座り、窓から差し込む月明かりの中でここへ来てから毎夜自分が見るものは何なのだろうかと考える。

 ふと、階上でがちゃりという音がして扉が開いた。オルトが自室から出てきたのだ。きっと頼まれた魔剣を仕上げていたのだろう。彼はすぐにカリンに気づくと、階下へ降りながら声をかけてきた。


「何してるんだ?」

「……過去の出来事が見えたので、考えていた」


 カリンは窓の外を眺めながら答えた。いつものようにその表情は乏しく、何を考えているのかは窺い知れない。オルトも、ふとカリンの視線に釣られてちらりと月に目をやる。


「過去の出来事?」

「そう。たぶん、わたしがカリンである前の出来事だろう」

「あ? なんだそれ」

「夜、休息に付いたら、なぜか映像が見えた。自分を見下ろすような位置から、自分に起こっている出来事を見ているような状態になった」

「──夢? 夢なんか見るのか?

 ……お前が見たっていう映像のこと、全部、俺に話してみろ」

「了解した」


 聞きながら、オルトは考える。

 カリンは、あの部屋に繋がれる前の記憶はほぼゼロだという。何があったにしてもあの部屋にいる長い年月の間に忘れ去ったのだが、それが時折、眠っている間に断片的に浮かび上がるのだと言う。まるで夢じゃないか。

 魔法使いに作られたものが眠るというのも驚いたが、そのうえ夢を見るなんてあるのか? しかもそれがカリンの“過去”だという。考えるだに馬鹿馬鹿しい。

 しかし、カリンが時々見せる妙な人間くささが、それらを馬鹿げたことだと切り捨てるのを躊躇わせる。

 カリンはいったい何なのか。最初は人間の女に似せて魔法で作ったただの“人形”だと考えていたが、どうもそれだけでは済まなそうだ。カリンは何か生き物……それも、人間を組み込まれているのではないか。浮かび上がる記憶や夢は、その人間が体験したものではないか。オルトにはそう考えることが自然だと思われた。

 やはり、もう一度あの塔の地下へ行って、元主である魔法使いの残したものを調べる必要がある。


* * *


「結界?」

 カリンを拾ってから10日後、再びあの塔を訪れると誰かが訪れた形跡があった。

 探知魔法で探ると、塔の周囲にぐるりと結界が張られている。内部へ入る分には問題ないが、誰がこんなことを……とオルトが考えつつ進むと、崩して閉じておいたあの階段が明らかに誰かの手によって掘り起こされていた。


「魔法使いがいるな……」


 人の手でというよりも、魔法で一息にどかされた様相の土砂の山に、少し来るのが遅かったかと考える。遺跡荒らしだろうか。この先にいる相手によっては戦いになるかもしれないな、そうひとりごちて、階段の奥を覗き込んだ。

 それから、後ろのカリンに声をかける。


「おい、カリン。この先人間は殺すなよ」

「了解した」


 魔物や魔法生物ならさほど問題ではないけれど、人間を殺してしまうとなんやかやと後が大変になって面倒臭いからなと考えつつ、オルトはカリンを振り返った。

 まだ新しい鎧を身につけ、髪をひとつにまとめた姿は、見ようによっては華奢な少年のようでもある。カリンの鎖帷子に板金鎧を組み合わせた鎧は動きやすさを重視したものだ。さらに防御魔法と重量軽減の魔法も付与されて、なかなかの出来の魔道具でもある。


「鎧に問題はないか」

「大丈夫だ。動きにも重さにも問題はない」

「じゃ、行くか」


* * *


 ──その魔物は、ここにいたほかのものとは一線を画していた。

 奇妙なほどに白いぬめぬめとした質感の皮に覆われ、あちこちに棘のようなものが突き出た骨ばった身体と、牙を生やした骸骨のような頭。鋭く長い爪と針の伸びた尻尾を振りまわし、とてつもない力でこちらを攻撃してくる。しかも、魔法のような能力まで持っているようだ。

 そのうえ魔法も効きづらく、剣の打撃も通りにくい、ひどくやっかいな相手だった。

 何よりも、こんな魔物なんて見たことも聞いたことがない。


 この塔から漏れ出す魔力は、おそらくこいつが原因なんだろう。近くにいるだけで、探知魔法の使えない自分でも嫌な魔力の気配を感じられる。

 幸いなことに、この魔物が超えられない結界がこの階層全体に施されていたものの、長い年月によってそれは綻び始めているようだった。魔力漏れこそがその証拠だろう。長くても十数年でこの結界は破れ、この魔物はここから解き放たれてしまう。そうなったらこの近隣はこいつ1体に蹂躙される……それはだめだ。

 何より、魔物に見つかってしまった以上、こいつを倒さなければ私たちも無事には帰れない。けれど、この状況は……。


 倒れてしまった騎士の姿に、エルネスティは絶望的な気分になる。私の運もここで尽きるのだろうか。この仕事をしてればいつか来るかもしれない日が、今まさに迫ってるだけだとはわかってる。

 自分の魔法もほとんど空になってしまった今は、ひとりで魔物に応戦している傭兵だけが命綱だ。果敢に戦う彼の剣技は並の騎士など及びもつかないくらい卓越しているけれど、彼に何の援護も与えられない以上、先が見えていることに変わりはない。

 つい数カ月前、突然、遠縁の子供を引き取った上に結婚もしたという報告をくれた親友の顔が瞼に浮かんだ。ああ、私も死ぬ前にいい旦那様が欲しかったなあ。


 荒くなった息を整えようと、ずるずると壁にへたり込んだエルネスティの眼の前を、急に何者かが走り抜けた。白い影?


「おい、生きてるか」


 頭上から、落ち着いた男の声が降ってくる。

 エルネスティが見上げると、自分より幾分か歳は上だが、それでも魔法使いにしてはまだ若いと思われる男が彼女を覗き込んでいた。


「生きてる、けど、あなた誰?」

「俺は魔法使いオルトだ。で、あれはなんだ」

「わからない。けど、普通の魔物じゃないことはわかる。調べる前に襲われたの」


 男……オルトはエルネスティのローブを見て眉根を寄せると、魔術師団かよと呟いた。

 それからすぐに探知魔法を詠唱し、魔物にかかっている魔法を確認し……被創造物ではないのかとも呟いた。


「何か魔法的防御がついてるな……カリン、身体強化をかけるからな」

「了解した」


 オルトの言葉にエルネスティが魔物のほうに目をやると、戦う者がもうひとり増えていた。先ほど走り抜けた、白い髪の少年……いや、女性は、あの傭兵と遜色ない動きで魔物に切りつけている。援軍のおかげか、傭兵の動きにも少し余裕が出てきたようで、これならなんとかなるかもしれないと思えた。


 オルトが強化魔法を詠唱する横で、ようやく息が整ったエルネスティは、倒れたままの仲間たちのほうへと近寄る。まだ生きてるなら、手当をしなくてはいけない。

 一番近い位置に倒れた魔法使いにそろそろと近寄ると、まだどうにか息があるようだった。簡単な癒しの魔法で血止めだけを行い、自分がさっきまで寄りかかっていた壁際へと引きずってくる。その傍らでは、魔物と戦う2人をオルトが魔法で巧みに援護していた。上位の魔法使いには見えないのに、援護のし方といい、状況の見方といい、彼はかなり熟練した魔法使いのようだ。

 エルネスティが2人目の生存者を引きずって下がってきたときには、あれほど強かった魔物の醸し出す気配が薄くなっていた。


 傭兵の剣が首を跳ね飛ばし、カリンの剣が身体を貫くと、ようやく魔物は動きを止めて倒れた。「ずいぶんしぶとかったな」とオルトが倒れた魔物の身体に近づこうとすると、それはみるみる溶けて黒い汚泥のような染みに変わってしまった。

 オルトが息を呑んで立ち止まる後ろで、「なんで? 何なの?」とエルネスティが呆然とした声で呟く。死んだら身体が溶けてなくなる魔物の話など、オルトもエルネスティも聞いたことがない。魔物のすぐそばにいた傭兵も、これにはかなり驚いているようだった。


「オルト、こいつは魔神だ」

「ああ? 魔神だ?」


 カリンが感情の乗らない声で淡々と告げると、オルトは突然何を言い出すのだとでも言いたげに、カリンを見た。

 同様に、エルネスティも訝しげにカリンへと目をやる。


「そうだ。異界より召喚された魔神や悪魔は、この世界では仮初の身体しか持たず、こちらで死を迎えると溶けてなくなり、もといた世界へと帰還する」

「……カリン、お前はなんでそんなことを知ってるんだ?」

「これは魔法使いにとって常識だと、カリンではなかったころに聞いたことを思い出した」


 オルトはカリンの言葉に渋面を作り、本当にこいつはいったい何なんだと考えたが、カリンは、自分こそなぜそんなことを聞かれるのかわからないという顔でオルトを見返していた。

 ──魔神という存在があることと異界についての知識は書物に概要程度のものが残されてはいるが、そこから何かを召喚するための魔法や技術はほぼ失われてしまったというのが、今の魔法使いの間での常識だ。

 復活させようにも、肝心の召喚に必要な魔法陣の様式や召喚対象の真名を調べるための手段が残されていないのだ。


「私は魔術師団第2隊所属の魔法使いエルネスティ。いろいろ聞きたいことはあるけど、まずは、危ないところを助かったわ。ありがとう。あそこにいるのは、師団で雇った傭兵のツェル。魔法剣士よ」


 生存者の手当を終えたエルネスティが2人に割って入る。傭兵ツェルは、魔物が溶けた後の傍らにしゃがみこみ、残された汚泥を観察している。


「それで、魔神って、どういうことなの? 魔界?」


 エルネスティは、さらにオルトを睨みつけ早口で捲し立てる。


「──召喚の魔法は失われてるっていうのに、これが本当に異界の魔神だというなら、いったいどこから出てきたっていうの?

 あなたはこの塔のことを知っているようね。話してちょうだい。……断っても、魔術師団の権限を使って何としてもあなたには協力してもらうわ。

 あれが本当に異界の魔神だというなら、魔術師団は絶対に看過できない」



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