1.魔法使いの相棒/後篇
魔法により、確かにソレを構成する芯の部分に真名と目的が刻み付けられたことを確認すると、ぼんやりと霞がかかっていたように見えたソレの目に意思のようなものが宿り、頼りなかった身体がしっかりと起き上がった。
「真名は、俺とお前だけのものだ。他人に明かすことは許されない、いいな?」
「主よ、了解した」
「お前のことはカリンと呼ぶ。俺のことはオルトと呼べ」
「了解した、オルト」
「では、お前の鎖を外すから少し待て」
俺は鎖をざっと調べ、開錠の魔法を唱えた。ソレ……カリンを縛っていた枷が外れた。
カリンは自由に動くようになった手足を不思議そうにぶらぶらと動かしている。
「これでも着ておけ。あと、少々頼りないかもしれないが、無いよりマシだろう。使え」
さすがに、仮にも人間の女の姿をしたカリンを真っ裸のまま放っておくわけにはいかず、荷物から予備の着替えを出し、少し考えて、護身用に持っていた短剣と一緒に渡した。
カリンは頷き、もそもそと服を着て短剣を腰に付けた。
「正直、お前がどれだけ戦えるかわからないんだが……無理はしないつもりだ。駄目だと判断したらすぐにここへ下がるぞ」
「了解した。……オルト」
「何だ? 何か問題でもあるか?」
「血が欲しい」
「……あ?」
「血がないと、力が出ない。血をくれ、オルト」
「……何だって?」
カリンが、手を握ったり開いたりしながら、とんでもないことを言い出した。
「血、だと?」
「ああ、血だ。血がないと、わたしは戦えない」
「どれくらい必要なんだ」
「わからない。もらったことがないから」
頭を抱える。なんてことを言い出すんだ、こいつは。血だと?
──ああ、そういえば、こいつを探知魔法で探ったときに死霊術の気配も感じ取れた。つまりそういうことか。こいつは血を糧として活動するモノなのか。
くそ、毒食らわば皿までいくもんだったかと、少しの逡巡の後に覚悟を決めて袖を捲りあげ、左腕を差し出した。
「……俺が死なない程度なら、やる。ほら」
カリンは俺の左腕をじっと見たあと、おもむろに噛み付いた。牙が生えていたのか、腕に何かが突き刺さる痛みに顔を顰めながら、俺はその様子を観察した。傷から染み出る血を舐め取るように飲むにつれ、ソレの顔色が硬い大理石のような白からだんだんと赤みが差した人間のような色に変わっていく。
と、少し眩暈を感じ、慌てて俺はストップをかけた。さすがにこれ以上は俺が動けなくなってしまう。
カリンはぺろりと傷を舐めた後、抱えていた左腕から名残惜しそうに離れた。
簡単な治癒魔法で手早く傷を塞ぎ、カリンに確認する。
「どうだ」
「……戦えると思う」
たしかに、カリンの動きはさっきよりもしっかりと、そして俊敏になっていた。
「ではもう一度確認するぞ。
俺たちの目的は、第一に無事にこの地下から脱出すること。第二に亡霊騎士……魔物を倒すことだ。だが、第二の目的は絶対じゃない」
「地下から出ることと倒すこと、了解した」
仲間の安否も確認したいが、おそらくだめだろうと諦めはついていた。
ならば亡霊騎士など無視してしまえばよいのだが、そうするとここからやつが放たれてしまう。さすがにあの魔物が自由になるのはまずい。カリンにやつを倒せるのなら、きっちり始末したい。
大きく深呼吸をして、扉の封を解除すると、なるべく音を立てないように扉を薄く開き、外の様子を伺った。
目の前の通路の奥からぎしぎしと錆びた金属の擦れ合う音がする。つまり、あの亡霊騎士はあっちか。
「やつは左手方向奥だ。お前はそっちを頼む。俺は右手方向を封鎖してから向かう」
「了解した」
カリンはぺたぺたと軽い足音を立てながら走り出す。
俺は、そういえば靴は履かせていなかったなと考えながら詠唱を始めた。魔法が完成し、炎が燃え上がって通路を塞ぐ壁となって出現する。これで1時間程度はこの通路を封鎖しておけるはずだ。こちらから何かがやってきて後ろを突かれる心配は無い。
俺は息を吐く間もなく、カリンが向かった方向へと走り出した。
走り出してすぐに、ガツンガツンと激しく剣を打ち合わせる音が聞こえてきた。カリンが持っているのは短剣だが、それで互角にやり合っているということなのだろう。
すぐに戦う様子が見えて、俺は舌打ちしたくなった。カリンは防具もないまま、持ち前の俊敏さと目の良さだけでやつの剣をかわしながら短剣で斬りつけて、避けきれない斬撃は巧みに受け流して凌いでいる。
だが、かすり傷とはいえ傷を負っているカリンに対して、向こうはまったく傷ついた様子がない……あの亡霊騎士は、どうやら魔剣でないと傷をつけることすらできないようだ。このままではジリ貧だ。
頭の中で使える呪文を反芻しながら考える。ならば、カリンの短剣でやつに傷を与えられるようにすればいい。武器の一時強化か……何を付与するのが一番よいだろうか。
「カリン、今からお前の武器に魔法を付与する。準備の間は耐えてくれ」
「了解した」
カリンは戦い方を変え、斬りかかる代わりにやつの繰り出す剣を巧みに避けることを優先し始めた。
俺は、まず探知魔法を詠唱し、やつの帯びた魔法を判別することに集中する。
強化魔法に死霊術、変化魔法……様々な系統の魔法が複雑に絡んで施されている。つまり、やつもこの塔の魔法使いの被創造物ということなのか。
観察しているうちに、ふと、やつの体の一部分が強く魔法を帯びていることに気づいた。よくよく見ると、そこには小さな魔法陣が組み込まれているようだ……魔法で確認しなければ気づかないように、隠された魔法陣が。
その魔法陣は、わずかに死霊術を帯びている。
──あれがこいつを動かすキーか。
2人の剣戟はますます激しくなり、傍目にはカリンが防戦一方で押されているように見えた……今はわざとそうしているとはいえ、あまり長い時間をかけるのはまずそうだ。
俺はカリンの短剣に魔法を一時付与するための詠唱を開始する。
本来、戦いの前にあらかじめかけておくべき魔法のため、詠唱に少々時間がかかってしまう。しかしこれしかない。付与する魔法は治癒だ。通常なら、斬りつけたらその傷が回復するなど使えないにもほどがあるが、やつの魔法陣にかかっている魔法は死霊術で、負のエネルギーを帯びている。治癒の正のエネルギーをぶつけてアレを壊すのが、一番手っ取り早いだろう。
ようやく魔法が完成し、カリンの持つ短剣がぼうっと魔法の光を放ち始めた。
「カリン、やつの首元に魔法陣がある。正面の鎧の継ぎ目のすぐ下だ、それを狙え」
「了解した」
たちまちカリンの猛攻が始まった。
カリンは相当な剣の使い手でもあるらしい。やつの長剣に対し、得物が短剣と不利であるにも関わらず、くるくると踊るように動き回ってやつを追い込んでいく。さすがに敵も然る者であり、なかなか己の弱点である首元の魔法陣を狙わせないが、防いでいられるのも時間の問題であると思われた。
カリンだけに戦わせるのも憚られ、俺も魔法で援護を……と考えたが、すぐにそれはやめた。下手に手を出すと、足を引っ張ることにしかならなさそうだったからだ。
そして、唐突に戦いは終わった。
カリンがとうとうやつの魔法陣を捕らえた。魔法陣のど真ん中にカリンが短剣を突き立てると、やつはぴたりと動きを止め、一瞬のうちに崩れ去ってしまった。
残されたのは錆の浮いた鎧と手に持っていた魔剣……最初に見つけたとき、やつに刺さっていた魔剣のみだった。
「オルト、終わった」
「終わったな」
ほっと息を吐いて、これで当面の危機は去ったと考える……が、他の魔物がまたすぐにくるとも限らない。ここに長居は無用だろう。
やつの魔剣を拾い上げ、カリンにこれからはこの剣を使うといいと言って渡す。それから、仲間たちが倒れたところへ行き、彼らの持ち物……遺品と遺髪を手早く集め、亡骸に簡単な清めの儀式も行った。
彼らを見捨てたことについて、弁解はしない。だが、彼らが死後不死者として蘇ってしまうことは本意ではない。
……彼らに安らかな眠りのあらんことを。そして来世に光あらんことを。
一連の作業を終え、地下から出ると、すぐに階段の現れた壁を魔法でさらに崩してすべて埋めた。また調べたくなったら、そのとき掘り起こせばいい。
カリンは呆けたような表情で周囲をきょろきょろと眺め回していた。
「どうした?」
「外は、こんなに明るいのか……」
「まだ日が出ている時間だからな」
「そうか、太陽か……」
カリンの呟きに、俺は少しだけ違和感を感じた……作られた人形にしては、随分感情がこもっているように思われて。
だが、魔法使いの被創造物に感情があるわけない。俺の気のせいだろう。
「じゃあ、行くか……いや、ちょっと待て」
「どうした、オルト」
歩き始めようとして、カリンのぺたぺたという足音に、まだ靴を履いていないことを思い出した。カリンを適当に座らせ、荷物から革と布を取り出し、足に巻く。
「靴は町に着いたら買う。それまではこれで我慢しろ」
「了解した」
それから、もう一つ、町に着く前に言っておかねばならないことも思い出した。
「いいかカリン。俺以外の人間……生き物に“血をくれ”と言ってはいけないし、もらってもいけない。同意なく血を獲る行為も禁止だ。必要なときは2人だけのときに俺に言え。それと、定期的に血が必要なら、その量と間隔はあとで調整する」
「了解した。オルト以外に血を貰うおよびそれに付随する行為はしない」
「では、お前は今から俺の相棒として扱う。何か不満や要望、意見がある場合は遠慮なく言え」
「意見……要望……了解した」
カリンは首を傾げながら、俺の言葉を反芻していた。