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5.前王国の城跡/5

 すぐに元来た通路を戻り、昨日エルネスティが転がり込んだ通路へとはいる。ひとひとり分ほどの幅の細い通路で、昨日ちらりと見た時に考えたように、恐らく本来は緊急時に使われる隠し通路なのだろう。枝道もなく、ひたすらまっすぐに続いているだけの細長い道だった。

「ここからは螺旋階段になってる。足元、気をつけてね」

 オルトは、ああと頷いて、宙を漂う魔法の明かりを少し低くし、先行させた。


 距離感が掴めないせいか、螺旋階段は延々と続いているように思えた。ここで昨日のような悪霊(スペクター)に襲われたらひとたまりもないなと、ついついエルネスティは良くないことを考えてしまう。たぶん、この通路から感じる陰鬱な空気にあてられてしまったんだろう。

「下に着いたよ。扉がある」

 再びノークの声がして、エルネスティは慌てて意識を物思いから戻す。

「ここは魔法でよく保存されてるんだな」

 長い年月が経っているとは思えないほど状態の良い扉を開けると、そこはどうやら魔法使いの私室と思われた。質のいい調度と、中央の大きな机。その上に無造作に置かれた書物や紙束は、ここの主がいなくなったときのままなのか。

「すごいわ」

「ああ、これはすごい」

 こんなにもモノが残っている遺跡なんて、これまで見たこともない。価値はもちろん、ここから得られる知識も計り知れないものとなるだろう。自然、オルトもエルネスティも目を輝かせて食い入るような目つきで机や書棚を凝視している。

「……なんたって、前王国の宮廷魔法使いの私室だ。きっと失われた魔法もいろいろと残ってるんじゃないか?」

 あちこちに目を移しながら、オルトが期待に満ちた呟きを漏らすと、エルネスティは感嘆に息を吐きながら、傍らにあった紙束をめくった。

「魔法文字?」

 見たことのない、併記されたメモから恐らくは魔法文字と思われる文字の羅列に目を瞠る。かなりの数だ。これがすべて魔法文字なら、どれだけの発見になるのだろう。本当に、すごい。

「……全部を一度に持ち出すのは無理そうね。重要そうなものだけ見繕って、ってところかしら」

「だな」

 オルトとエルネスティ、それからツェルは、壁の書棚や机の上に置かれた書物を一箇所に積み上げて、すぐに分別を始めた。

「リベリウス、か」

 分別を始めてすぐ、どうやらこの部屋の主だったものらしい魔法使いの署名を見つけてオルトが呟くと、カリンがびくりと飛び上がるようにして振り向いた。そのようすにエルネスティが驚き、「どうしたの?」と声を掛ける。

「……造り主、だ」

「え?」

「リベリウス……私を造った者だ」

「つまり、ここが……」

 “創造主”と呼ばれた魔法使いの書斎?

 エルネスティは、オルトと顔を見合わせた。

「……書物より手記とか日誌とか、そういうものを優先して持ち出そう」

 積み上げた書物を調べる手に力が込もる。つまり、ここを調べたら、長年探していたものの答えが見つかるというのか。

 一時ほどの時間を掛けて取り敢えず持ち出すものを選別した後、残りの書物は簡単にまとめておいて、後日改めて取りに来ようということにした。最後に魔法使いの印を刻み、後々のための目印とする。王都へ帰ったら、エディトかユールに転移魔法で運んで貰えないかを打診してみよう、と考えながら。

「今からそんなに荷物増やして大丈夫?」

 心配そうに言うノークに、エルネスティもオルトもくすりと笑う。

「これでも、絶対持ち帰りたいやつだけに絞ったのよ」

「……魔法使いって、しょうがないね」

「ノークだって、これが宝石だったら同じことするくせに」

「じゃあ、お互い様か」

「そういうことよ」

 肩を竦めて、それから「じゃ、この先へ行こう」というノークの声を合図にツェルが部屋の扉を開けた。


 本来使われるほうの通路は隠しに比べれば広いものの、やはり殺風景だった。壁や床をじっくりと観察していたノークが「あんまり時間をかけずに作ったみたいだね」と言う。ここに小人の職人がいたら、たぶんこんな立派な王城なのに突貫工事でつまらない通路を作るなんて、と嘆くかもしれない。

「どっちに向かいたい?」

 左右両方に伸びた通路を灯りで透かし見ながらノークが尋ねる。オルトが少し集中し、左を指差した。

「こっちから少し魔力を感じる。行ってみないか?」

「了解。こういうとこは、気になるほうから調べるのがいいからね」


「それにしても、内側に入ってから、不死者の気配はなくなったわね」

「……たぶん、守りの結界が残ってるんだろう」

 歩きながら周りを見回していると、オルトも同じように周りを見た。ここにきてからずっとそこはかとなく感じていた、何か吸い取られるような不死者の気配はすっかり消えていた。その代わり、魔法の気配はだいぶ濃くなっているのだが。

「そろそろかな」

 ふと通路の先に目をやってオルトが呟くと、ノークが「扉だよ」と小さく言う。手早くいつものように周りを調べると、ノークはすぐに「魔法が掛かってると思う。オルト、頼む」と前を退いた。代わりにオルトが出て、いくつかの探知魔法を唱える。

「魔法陣があるのね」

 ぼんやりと光を帯びて浮かび上がった複雑な紋様がまだまだ力を失ってないことに、エルネスティは驚く。幾度となく魔法使いが口にする“魔法に永遠はない”の言葉通り、こんなに長い間効力を保つ魔法は普通はない。なにしろ、前王国が崩壊してから約1000年もの時間が経っているのだ。

「ここに集積の魔法が働いているってことなのかしら」

「たぶん、そうだろうな」

「魔法陣、消したほうがいいのかしら」

「調べてから決めよう」


 魔法使いふたりはすぐに魔法陣の観察を始めた。ぼんやりと浮かぶ紋様の中に使われた魔法文字の種類と配置から、これが何のためのものなのかを推測するのだ。その間、カリンとツェルは周囲の警戒を行い、ノークは近辺の壁に仕掛けがないかを確認する。

「集積、凝縮、維持……それから、抽出? 見たことのない文字も混じってるわ」

「……死? なんでこんな文字が混じってる?」

「でも、罠とかではなさそうよ」

 魔法陣をどうにかしたものに死をもたらすというなら、もっとほかの魔法文字が必要だが、そういうものはない。

「……周囲のもの、とにかく何からでも魔力を集めて凝縮するための魔法陣、というところか」

「何からでも……」

 例えば、“死”すらからも魔力を汲み上げようとしているのか、という心の声が聞こえたかのように、オルトが頷いた。とにかく魔力が必要で、なりふり構っていられなかったのかもしれないとしても……。

「でも、それは禁忌だわ」

 眉を顰めてエルネスティは呟く。確かに生き物の死はたくさんの……その生き物が身の内に持っていた魔力をいっぺんに放出し、たくさんの魔力を生む。けれど、そうやって生まれた魔力は世界に還って次の生命のために使われるものだ。そうやって世界は回っている。それを横から掠め取ったりしたら……。

 そこまで考えて、エルネスティは急にオルトを振り仰いだ。

「ねえ」

「ん?」

「ということは、この町が崩れた時に死んだ人たちからも、魔力を奪い取ったってことなの? この中のものが?」

 瞠目するエルネスティの言葉に、オルトは扉をまた凝視した。

「ろくなもんじゃないな……」

「本当に、前王国は、いったい何をやっていたの」


 ……前王国を滅ぼしたのは魔王でもなんでもなく、欲をかいた人間の自らが招いた災いによる、ただの自業自得だったんじゃないか──そうエルネスティには思えた。


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