5.前王国の城跡/4
「おい!」
焦ったようなオルトの声が聞こえて、エルネスティは我に返った。あまりに驚いて、一瞬惚けてしまっていたようだ。
「大丈夫よ……ここ、通路が続いてるわ」
立ち上がりながら自分が入ったほうを振り返る。どうやら扉に幻影が被せてあったはずが、扉が朽ちて幻影だけが残っている状態だったのだろう。たまたまそこ目掛けてうまく転がり込んでしまったようだ。
「……幻影の魔法が残ってたのね」
ぱんぱんと膝を払い、エルネスティは幻影を潜ってもとの通路へと戻った。
「……驚かせるな。もう少し注意しろ。今回は運が良かっただけだぞ」
オルトに言われて、少しだけムッとする。
「わかってる。ちょっと躓いちゃっただけよ、次は気をつけるわ」
「当たり前だ」
顔を顰めるオルトになんだか気が抜けて、「とにかく、この通路も後回しよ。今日は休みましょう」とエルネスティは言った。
あらかじめ目をつけてあった小部屋に結界を作り、ようやく腰を落ち着ける。
「私が転んで見つけた隠し通路は、脱出か何かに使う通路のように見えたわ」
エルネスティは、暗がりでうっすらと見えた通路のようすを思い出す。装飾はほとんどなく、どう見てもただ通れればいいという程度の、細く暗い通路だった。
「なら、そっちはやっぱり後回しかな」
翌日の探索のためにと、エルネスティは地図を広げ、今日見つけたものを地図に書き込みながらオルトに頷く。
「……それにしても、カリン。お前、いったい何を感じたんだ?」
急に尋ねられて、カリンは驚いたように振り向いてから、首を振った。
「わからない。ただ、だめだと感じただけで、何がだめなのかもわからない」
「……もうちょっと、何かわからないのか?」
少し呆れたようにオルトがもう一度問うが、やはりカリンは首を振るだけだ。カリンにも説明のしようがない感覚だったのかもしれない。
今夜の夜番は2交代。前半をノークとエルネスティとツェルでやり、後半をオルトとカリンでやる形だ。
ノークとツェルはさらに前半の中で交代する。ふたりの疲労がだいぶ強いようなので、そういう形になったのだ。
「外をうろつく音がしないだけ、過ごしやすいわね」
時折、微かに金切り声のような不死者の声が聞こえはするものの、概ね静かに過ごせることに安心する。
「うん。昨晩はあんまり落ち着けなかったからね」
ノークも幾分かほっとしているようだ。
──ここは何故こんなに急に破壊されてしまったのだろう、とぼんやりと灯した魔法の灯りを眺めながら、エルネスティは考えた。魔法や、ましてや呪いなんかでこんな大きな都市がいっぺんに破壊されるようなことはないはずだ……と思っていたのだが、崩壊の跡を見ると、どうみても何か大きな力によって崩されたことは明らかだ。それほどの大きな力を生むものとなると、やはり魔法しか思いつかない。
では、どれほどの魔力があれば、こんな大きな破壊を生むことができるのか……というところで、思考は止まってしまうのだが。
これから向かう場所で見つけるものの中に、そのヒントになるようなものはあるのだろうか。
「なんだか、探索を続けるのが怖くなるわね」
ぽそりと独りごちると、ノークが「ん?」と首を傾げた。
「この先見つけるのは、何なのかしらって考えたの。
──そろそろ交代ね。次を起こして寝ましょう」
翌朝……とは言っても、暗い屋内なので感覚頼りだが、全員が起きたところで体調を確認した。問題ないとわかったところで軽い朝食を済ませながら、地図を広げて再度今日の予定を確認する。
「当初の予定どおり、昨日の通路を進もう。後から見つけたほうは、後回しだ」
「了解。これからは壁ももうちょっと気をつけないとだめだね」
じっと地図を見つめるノークに、オルトも頷く。
「感知魔法をかけておくつもりだ。さすがにというか、魔法で隠してあるものなら、ある程度はわかるだろう」
「あと、床と壁、十分気をつけて」
くすりと笑いながら自分を見るノークに少し赤くなり、「わかってるわ」とエルネスティは小さく言った。
そうして、また延々と通路を辿り、途中に見つけたものを調べ……。
「ずいぶんぐるっと回っているのね」
円を描くように回り込む通路に首を傾げながら、エルネスティが言う。
「ところどころ、魔法の痕跡が残ってる。完全じゃないのに未だに残ってるっていうのは、かなり強力な……結界か何か、だな」
「前王国は、いったい何をしてたのかしらね」
地図に書き込みながら、訝しむようにエルネスティはまた首を傾げた。まるで、この王城を使って何か大規模な魔法でも仕掛けようとしていたかのような……ふと、前王国は魔王の魔法により崩壊したという話を思い出し、まさかね、と呟く。
「こんなに大きな結界なんて、発動させるだけでとんでもない魔力が必要よ。いったいどこからそんな魔力を調達したっていうの?」
ずっと頭にあった疑問を思わず口にすると、オルトがエルネスティをちらりと見やって小さく呟いた。
「ひとつ……考えてることがあるんだ」
「何?」
「──カリンの魔力源」
訝しむように考えて、それからエルネスティは瞠目する。思わずオルトを見上げ、「まさか」と口に出してしまう。
「なんで、アレなんだろうな」
目を眇め、眉根を寄せるオルトに、エルネスティは何と答えていいかわからなかった。ふたりともそのまま黙り込んでしまい、ひたすらノークの後を歩く。このまま話し続けたら、到達してはいけないところに結論が行ってしまいそうだと感じた。こんな王城の真ん中で、そんなモノに手を出す魔法使いがいるなんて、ありえない。
とうとう我慢しきれなくなり、はあ、とエルネスティが大きく溜息を吐くのと同時に、オルトが「待った」とノークに声を掛けた。
「ここに何か魔法がある」
そのまま、オルトは幻影を解除するための魔法を唱えると、その下からは複雑に描かれた、魔力を帯びた紋様が現れた。「これって……」エルネスティはその紋様を見るとすぐに地図に目を移し、ぶつぶつと何かを呟きながらあれこれと計算を始めた。
「オルト、やっぱり、この通路は何か結界……魔法の仕掛けを兼ねていると思うの」
端に計算式を書きながら、エルネスティは地図にどんどん印とメモを書き込んでいく。ノークに方角も確認する。
「考えてる通りのものなら、この印を書いた場所にも同じような紋様があるはずよ」
「考えてる通りのものって、何だっていうのさ?」
ツェルが眉を顰めた。
「……こんなに大きなものは初めてだけど、魔力集積のための魔法陣に似てるのよ」
「集積?」
「そう。普通は大規模な結界と一緒に刻む、周囲に漂う魔力を集めるための魔法陣。集めた魔力は結界を維持するための助けにするの」
「それが、なんでこんな風に隠してあるんだ」
ツェルは考え込むように壁の魔法陣に目をやった。
「わからないけど、たぶんこの通路が囲んだ中に何か大規模な魔法の仕掛けがあるのだと思うわ」
「この中に入る通路を探して、中を見てみればわかるんじゃない?」
ノークの言葉にオルトが頷く。それにしても、王城にこんな仕掛けを作るなんて、どれほど時間を掛けたのだろう。王家だってこれに関わっていたはずだ。でなければ、こんなところにこんなものは作れない。
「なんか、嫌な感じだわ」
そこまで呟いて、エルネスティはふと思いつき、また地図を開く。
「……ねえ、昨日、私が偶然見つけた通路」
「ん?」
「あれじゃない?」
オルトがはっと目を見開き、地図を覗き込む。
「あの通路はこの向きに伸びていたわ……つまり、あれは、この内側と繋がってるんじゃないかしら」
「──行ってみるか」
地図を睨むようにじっと見つめながらオルトが言うと、ツェルも「何があるのか、すごく気になるしね」と同意する。
地図を覗き込み、あれこれと話をする4人の傍らで、「この、向こう側……」と、カリンがぼんやりとした表情で、壁を撫でていた。




