5.前王国の城跡/1
「前王国の王都跡?」
「そうなの。ユールさんはご存知?」
「いや、僕はそんな遠くは行かないから」
王都の外門へ歩きながら、そんな会話をする。親友の師匠で高位の魔法使い……というが、外見からはとてもそうとは思えない。思えないのに、転移魔法で自分を連れてたやすくフローブルクまでの往復をこなしてしまうのだから、彼はたしかに高位の魔法使いなのだろう。
「じゃあ、“創造主”って呼ばれた魔法使いのことは知ってるかしら?」
「……“創造主”、か。名前だけなら」
“創造主”の名前になぜだか引きつったような笑みになるユールに、エルネスティは首を傾げる。
「どうやら本当に“完全な生き物”を作ろうとしてたみたいなのよね。でも、何を基準に“完全”なのかがいまいちわからなくって」
「……わからないほうが、健全なことってあるよ。僕の経験から言うと、“完全”とか“完璧”とかいう言葉を多用する人間に、ろくな奴はいないしね」
「そうかしら」
魔法使いなら、“完全”と言われるとなんだかわくわくするものだと思っていたのだけど、と考える。
「ああ、もうすぐ門だよ」
「あら、話してると早いわね。じゃ、先に渡しておくわ。今回の分」
「まいど」
銀貨を数枚渡されて、ユールはにんまりと笑う。エルネスティをフローブルクまで送迎するのは、いい小遣い稼ぎになっているのだ。
「じゃ、手を出して。転移するよ」
「よろしくね」
門をくぐり抜けた先でユールが差し出した手にエルネスティが手を置くと、すぐに見慣れたフローブルクへの光景に変わった。
「それじゃ、気をつけて。君に何かあったらエディトが泣くから」
「わかってるわ。帰りは1ヶ月後を予定しているけど、変わるようなら連絡するわね」
「了解。それじゃね」
手を振るとすぐにユールは消えた。転移魔法はほんとうに便利だが、訓練するには仕事と研究に時間を取られすぎてて余裕がない。もう少し落ち着いてからになるだろう。
今回の探索も、前回と同じメンバーだ。少々期間が長く、馬を使っても目的地まで往復10日以上かかってしまうし、場所が場所であることから1ヶ月を見込んでいる。
“神殿”で手に入れた資料の解読だけでまるまる2ヶ月を費やしたし、その後も相当の時間を使って中身の調査をしたけれど、まだまだよくわからない部分は多い。それでも、“創造主”の本来の研究室があの前王国の王都の、それも城のあたりにあったことがわかったのだ。僥倖と言うべきだろう。
移動用の馬の準備も頼んでいたので、出発前日のフローブルク入りだ。あれから思ったよりも時間がかかってしまったため、冬が終わってからの探索となってしまったが、準備も十分することができたし、かえってよかったと思う。
いつものようにオルトの家の扉をたたくと、すぐにカリンが開けてくれた。
「久しぶりね、調子はどう?」
「悪くない」
カリンはいつものように平板な声で答え、奥に向かって「オルト、エルネスティが来た」と伝えた。
「オルトは?」
「明日の準備中だ」
まだ終わってないの? と訝しみつつ部屋に入ると、床に座り込んであれこれ並べ、その前で考え込むオルトがいた。
「呆れた。何なのこの惨状。出発は明日の早朝でしょう?」
「……今回は長いから、いろいろ吟味してるんだ」
「いいけど、明日寝不足で調子を崩しても知らないわよ。適当に切り上げなさいよ」
「そうだな」
ひとの話を聞いているのかいないのか、生返事を返すオルトにやれやれと首を振り、エルネスティは階段を上がると、いつものように客室に荷物を置いた。
「そういえば、あのメダリオンはどうだった?」
「何か弱い強化魔法がかかってるのはわかったが、他にはとりたてて何の特徴も無し、だ」
「強化魔法?」
「ああ、たぶん、鎖が切れないようにとかなんじゃないかと思う」
「たしかに、相当年月が経ってたけど、切れたり傷がついたりはなかったわね」
それじゃ、カリンがあんなに気にしていたのはどうしてだろうかと考えると、オルトが、「魔法じゃなくて、紋章のせいなのかもな」と言った。
「紋章?」
「カリンを作ったのが“創造主”で、あれがその紋章なんだとしたら、カリンはそれに反応しただけかもしれない」
「なるほどね」
たしかに、カリンは何の命令も受けておらず、名前すらない状態で見つかったというけれど、造り主の紋章なら何かしら反応してもおかしくはない。
「……王都で、前王国の資料が残ってないか調べたんだけど、今以上のことはわからなかったわ。もちろん、あの紋章と“創造主”のことも」
エルネスティの言葉に、オルトも頷く。
「こっちも伝手をたどって調べてはみたが、さっぱりだ」
「どれだけ資料が散逸してるのかしらね」
前王国のことを調べようとすると、いつも資料がなさすぎることに驚いてしまう。“呪いで滅んだ”という説が独り歩きして、とばっちりで関連するものがすべて処分されてしまった結果だろう。本当に、ひとびとの迷信深さにはいつも呆れるばかりだ。
「……呪いなんて、ほんとに迷信なんだけどな。呪いで国が滅せるなら、この王国だってとっくに滅んでると思うのにね」
「王国云々はともかく、まあ、魔法使い以外にとって、魔法自体が“よくわからないけどすごいもの”だからな」
「私、1000年くらい早く生まれてたらって思うわ」
「……10年早くっていうのはよく聞くが、1000年ってのは初めてだな」
「もう、まじめに言ってるのよ。資料が少なすぎるんだもの。妖精だって寿命が尽きるくらい昔なのよ。前王国を滅ぼしたって評判の魔王が生きてたら、聞きに行きたいくらいだわ」
「魔王ねえ……そういや、王都には角があるんだったか」
「そうよ。ま、今代の魔王のものだって触れ込みで、角だけですごい魔力らしいわね。本体と揃ったらいったいどれくらいになるのかしらって思うわ。ちょっと私じゃ想像もつかないけど」
「へえ……まさか、魔王って生きてるのか?」
何気なく出した話題に意外な言葉を返されて、オルトは興味を引いたようだった。
「よくわからないけど、親友の見立てじゃ生きてるって話よ。あれで死んでるとかありえないって、感知の素養が高い魔法使いたちもみんな言ってるみたい。騎士団の手前、明言はしないけどね」
「そりゃ驚きだ。生きてるなら、どこにいるんだろうな」
目を瞠るオルトに、エルネスティはくすりと笑う。
「さあ? どこかに隠れてるんじゃないかしら。何せ、王都には“魔王殺しの英雄”がいるんですもの」
翌日はすっきりと晴れて、うららかな日差しでぽかぽかと暖かかった。絶好の旅立ち日和だろう。
「ノーク、ひさしぶりね」
「やあ、エルネスティ!」
冬を挟んで、半年ぶりほどにもなる獣人と握手を交わす。相変わらず、ベテランとは思えないような無邪気な笑顔で再会を喜ぶノークと、他愛もない会話を交わす。
「まずは、王都跡から3日の距離にある鉱山町に行って、そこに馬を預けようと思うんだ」
「妥当じゃないかな」
その横では、オルトの計画に頷きながらツェルが馬にひらりと跨っていた。
「で、預け先のあてはあるのか?」
「いや、何分あそこまで北は初めてだから、行ってからだな」
「そこなら、僕が以前世話になった宿があるんだ。たしか厩舎もあって馬も預かってくれると思うけど、どうだろう」
「それは心強い」
一見の客よりも顔見知りのほうがサービスを受けやすいのは、どこの町も同じだ。その町に着いたらツェルの知る宿に世話になろうと、すぐに決まった。
「じゃ、そろそろ出発しましょうか」
エルネスティの言葉で馬に跨ると、早速北へ向かって進め始めた。




