幕間
湖の遺跡から持ち帰ったものを整理するのは、丸一日がかりの作業だった。内容のわからないものとわかるものを分け、内容ごとに優先度を付けてふたりで分担を割り振って、ようやく落ち着く頃には既に日が暮れていた。
「さすがに多かったわね」
「だな」
とんとんと肩を叩きながらエルネスティが言うと、オルトも頷く。
「これ、全部ひととおり調べ切るのに、どれくらいかかるかしら」
「……召喚魔法関係は後回しにするとしても、ひと月は固いな」
積み上げた書物と紙束を眺めながら、エルネスティは眉根を寄せて考える。
「──ねえ、やっぱり、あそこは“創造主”の遺跡だったと思う?」
オルトはじっと考えて、それから頷いた。
「たぶんな。召喚魔法の本が多かったのは、召喚した生き物を魔法生物の素体にと考えてたからかもしれない」
「そんなこと、できるの?」
「さあ。けど、これまで俺の見つけた記録にそんなことが匂わせてあったんだ。それに、あの塔には魔神をベースにした魔法生物がいただろう?」
「そういえばそうだったわね……“完全な生き物”だったっけ。完全て、いったいどういうことなのかしら」
手近なところの羊皮紙に手を伸ばし、ぱらぱらとめくりながらエルネスティは考える。食べたり飲んだりが必要無くなること? 老いて衰えることがないこと? それとも、子孫を残す必要がなくなること?
……どれも、完全とはほど遠くなることのような気もするけれど。
「わからん、けど、何を以って“完全”だというのか知りたくて、俺も追いかけてるだけかもしれない」
「ふうん?」
めくった羊皮紙をとんとんと揃えて、エルネスティは大きく伸びをした。
「それはそうと、今夜も泊めてもらうわね」
「……まだ日暮れ時だぞ。間に合うんじゃないのか?」
「夕食時に呼び出すのは気がひけるわ。それに、今から帰ったらもう夜でしょう? 夕食を調達して片付けて……って、面倒なんだもの」
「……そういやお前が何か飯を作るなんて話は聞いたことがないな」
ふと考え込むようにオルトが言うと、エルネスティは肩を竦める。
「だって、忙しいんだもの。師団て結構激務なのよ。今は寮住まいで、自分でやらなきゃいけないのは掃除くらいだからいいけど、寮を出たら自分で全部やらなきゃいけないなんてぞっとするわ」
「……なんだか身も蓋もないな」
「あら、あなたも女の子に夢を見てるクチなの?」
ふふ、とエルネスティは笑いながらオルトを見上げた。
「師団の女魔法使いなんて、誰でも似たり寄ったりよ。仕事が終われば疲れ切ってて家事なんてやる気も起きないわ」
「そりゃたいへんだな」
くすくすと笑いながら、エルネスティは続ける。
「私の親友が、魔法使いの同居人を捕まえて首尾よく教えを乞うことができたからって寮をでたんだけど、10日もしないうちに、同居人が家事を全くやらないってキレてたわ。このままじゃ仕事と家事で身体を壊すって」
「へえ? それで、寮に戻ったのか?」
「それが、同居人を小一時間言い含めて家事を全部押し付けたっていうの」
「さすがお前の親友だな」
「でしょう? 今は家事手伝い兼ベビーシッター兼魔法の師匠をやってるはずよ」
「……そんなに?」
オルトはちらりとカリンを見て、溜息を吐いた。カリンは戦いでは役に立つが、細かい作業にはとことん向いていない。
「カリンがその半分でも使えたらよかったんだがな」
「あら、家事ができる男はモテるのよ。いいじゃない、家事の腕が上がって」
「そんな都合のいい言葉に騙されるかよ」
エルネスティが、またくすくすと笑う。遺跡から帰ってからの彼女はほんとうに機嫌が良い。
「ねえ、オルト」
「ん?」
「“創造主”って、何がしたかったのかしら」
「何が?」
「そう。“完全な生き物”を作って、その先はどうしたかったのかしらって思ったの」
天井を見ながら考えるエルネスティに釣られて、オルトも天井を見上げる。
「……さあな」
「作って終わりってわけじゃなさそうよね」
「それもそうだ」
「……この本に研究記録も混じってるみたいだし、読めば何かわかるかしらね」
「わからなきゃ、困るだろ」
「たしかに、それもそうね」
書物の背表紙を指でそっとなぞったあと、エルネスティはカリンに目を移す。
「ねえ、カリン……あら、そんなにそれが気になるの?」
カリンはまた目の前でゆらゆらとメダリオンを揺らして眺めていた。遺跡から帰ってから、暇さえあればメダリオンをじっと見るようになったのだ。
「よくわからない。けれど、どうしても目が行くんだ」
カリン自身も困ったようにかすかに眉尻を下げるが、それでもやはり視線はメダリオンに向かったままだ。
「……その紋章に惹かれるのかしらね?」
首を傾げるエルネスティをちらりと見て、オルトも眉根を寄せる。
「後でもう一度じっくり調べてみるか……カリン、とりあえず、そいつはお前が持っておけ」
「いいのか?」
「お前の首にぶら下げとくほうが、安全だろう」
「わかった」
もう一度メダリオンをじっと見てから、カリンは鎖を首に掛けた。




