4.湖底の神殿/4
最初の部屋で見つけたものは。どうにか解読できそうな保存状態の書物が3つと、ちょっとした金目のもの……作りの良い金の小さな燭台だ。
「幸先がいいわね」
うっかり力を入れすぎて傷めないよう、そっと書物を持ち上げて用意した油紙にしっかりと包む。その上から保存の魔法をかけながら、帰ったら補修しつつ、内容を解読しながら写し取ることにしよう。いったいどんなことが書いてあるのか、今からとても楽しみだとエルネスティはついつい笑みを浮かべた。ノークは燭台のほうに興味があるようだが。
「カリン、どうした?」
「……いや、どうもしない」
オルトとカリンの声にふと我に返り目をやると、どことなくぼんやりのするカリンとそれを訝しむように見ているオルトがいた。
「どうしたの?」
エルネスティが尋ねると、オルトが「いや、気のせい……だったみたいだ」とかぶりを振った。
「何が気のせいだと思ったの?」
「はっきりとはわからないが」と呟くように述べたところでカリンは言い淀み、じっと考える。
「視線のようなものを、感じた気がした」
「視線?」
問い返されて、カリンは頷く。
「だが、もう感じない。何かの気配もない」
念のためだと、オルトは探知と感知の魔法両方を唱える。しばらく集中したあとに、「生き物はいないな」と頷いた。
「生き物、ってことは、魔法生物がいるのかしら」
「十分考えられる」
ここまで魔物らしい魔物に遭わずに来られたが、確かにここからは未知の領域なのだと、オルトの言葉に気を引き締めた。
部屋を探し終えた後も、まだまだ先へと進む。日数に限りがあるうえ、この先がどれくらいの規模なのかわからない以上、できる限り多くの範囲を調べるのだ。
通路を歩く時は床と壁と天井に仕掛けがないかを注意し、扉があれば少し離れた場所で待機してもらってノークが調べ、曲がり角や分かれ道では気配を探りつつ印をつけ……半ばルーチンワークのようになった一連の行動を繰り返しつつ、進む。
「意外に広いのかな」
歩数を数えながら書いた地図を、エルネスティはもう一度眺める。
「広いというよりも、ぐるっと何かを迂回してるんじゃないかしら」
眉根を寄せて、自分のつけたメモを確認し、それからノークに見せた。
「そうだね。真ん中にだいぶ大きい空間があるよ」
「あの塔の作りと似ているとしたら、その真ん中に実験室か魔法室の類があって然るべきだな」
オルトの意見にエルネスティも頷く。
「魔法使いの作る屋敷にもよくある作りよ。真ん中に魔法室や実験室を置いて、なるべく周囲に影響を出さないようにするの」
「……真ん中がそうなら、次の角を曲がれば、そこの入り口とかがありそうだね」
ここまでの部屋は居住用だったらしく、ここに住んでいたものの私物と思われるものばかりが残されていた。何か、ここで行っていた魔法の研究に関する物品は、それなら、この真ん中のエリアにあるのだろう。ここまでの部屋がまったく空ではなかったことから、十分成果は期待できる。
「問題なければ、進みましょう」
これから見つけるものへの期待が高まってか、エルネスティの表情は明るい。
推測通り、角を曲がった場所には中心部への入り口と思われる扉があった。
「仕掛けはない。向こうに何か動くものの気配もないと思う」
ノークが淡々と調べる間に、オルトが魔法を唱え、魔法の気配がないかを探る。
「魔法のしかけもないだろう。向こうに生き物はいない……と思うが、正直なところ、はっきりしない」
ツェルが頷き、扉の前のノークと位置を交代する。カリンにバックアップを指示してゆっくりと扉を開け、一呼吸おいて何も起こらないことを確認してから中を覗いた。万一のために防御魔法を用意していたエルネスティもほっと息を吐く。
「目立って危ないものはない、と思う」
「じゃ、また僕の出番かな」
「俺も魔法で見よう」
ひょいひょいとノークが中に入り、入り口でオルトが魔法を唱える。
「こういう時、私も探知魔法が使えればって思うのよね」
床に座って頬杖を突きながらエルネスティがぼやくと、ツェルが「そういえば使えないんだっけ?」と言った。
「どうもね、向いてないみたいなのよ。ほんとうに簡単な魔力感知がやっとなの」
「へえ」
「私の親友は、いい師匠を見つけて苦手な系統も使えるようになってたから、私も紹介してもらおうかしら」
可愛らしい見かけによらず、師団でも戦いが絡む荒事ばかりの任務を任されるのは、この防御魔法に秀でた素養のせいでもある。あの塔の探索任務だって、本当は調査向きではないからと外されていたのを、どうしても行きたくて頼み込んで入れてもらったのだ。
「確認終わったよ。もう入っても大丈夫」
ノークの声に顔を上げ、エルネスティは立ち上がった。
「何が見つかるかしら。楽しみだわ」
スキップでもしそうなようすで部屋へと入るエルネスティに、オルトは少し呆れた。
「お前、えらく楽しそうだな」
「あら、当たり前じゃない。まだ知られてない場所を見つけて、しかも残されてるものがあるのよ」
ふふ、と笑いながら部屋の中の瓦礫を丁寧にどかす。
「私、こういうまだ知られてないものを知ることができるのって、魔法使いになった醍醐味だと思うの」
オルトは眉を上げてエルネスティを見る。
「いちばん世界の秘密に近い場所にいるのねって、実感できるのよ」
「……わかる」
ぼそりと同意するオルトに、エルネスティは顔を輝かせて振り向く。
「ほんとうに?」
「ああ」
「うれしいわ。師団でも、魔法そのものが楽しいっていう魔法使いは多いけど、私の気持ちをわかってくれる魔法使いは少ないの。知らないことを知るって、ほんとうに楽しいことなのよ。それが、魔法のことじゃなくても」
くすくすと笑いながら、エルネスティは瓦礫の中から見つけた小物を、ひとつひとつ丁寧に吟味する。オルトも、話しながら手元から目を離さない。
「……遺跡に行くと、そこが既に漁られた場所でも、何かしら発見があるんだよ。魔法や物品以外にもな」
「そうよね! ……なんだか意外。あなたがそんな風に考えてるなんて」
「どう思ってたんだよ」
「あら、当然、がめつくて秘密主義のケチな魔法使いって思ってたに決まってるじゃない」
「……お嬢さんお嬢さんした見た目のくせに、お前も相当だな」
やっぱり呆れたように言うオルトに、エルネスティは「外見に騙されるほうが馬鹿なのよ」と、またくすくす笑った。
「めぼしいのは、これで全部か」
見つかったのは、やはりあまり状態のよくない書物が数冊、魔道具が5、あとは、貴金属でできた換金できそうな小物がいくつかだ。
ひとつひとつ丁寧に梱包し、荷物に入れながら、これを調べたら何がわかるだろうかと思いを馳せる。
「どうする? 次に行く?」
ノークが奥へ続く扉を眺めながら、声をかける。
「……そうだな。まだ余力はあるから、次の部屋だけ調べておくか」
オルトも扉を見詰めながらそう返した。おそらく、この奥は魔法室だろう。文字通り、魔法の実験や開発のために使われる部屋だ。このまま明日にしてもいいが、気にして落ち着かないくらいなら、調べてしまったほうがすっきりできる。
「オッケー」
ノークはまた扉の向こうの気配を探ったあと、かちゃかちゃと調べた。
「へんな仕掛けとかはなさそう。ただ、向こう側、ちょっと気になる気配があったんだけど……よくわからない」
「気になる気配?」
首を傾げるノークに、ツェルが聞き返す。
「何か生き物がいるかもしれないんだけど……」
歯切れ悪く言葉を濁すノークに、オルトは探知魔法を唱えた……が、首を振る。
「……だめだ、魔力遮断か何かがあって、わからない」
「魔法室だものね」
魔法の実験のための部屋なのだ、当然事故などを想定して、対魔法の処置がされているのだろう。
しばし考えて、オルトはひとつ息を吐いた。
「何かいるのがわかってるのだから、この部屋は今確認しよう。放っておいて襲われるかもしれないと考えつつ夜を明かすよりマシだ」
「たしかにそうだ」
ツェルも同意し、すらりと剣を抜く。オルトはカリンに強化魔法を唱え、エルネスティは全員に防御の魔法を唱え始めた。
「準備ができたら、開けるからね」
ノークが扉の影になるように立つと、オルトとエルネスティは少し離れた場所へと移動した。そのままカリンとツェルが剣を構えて位置に着くのを確認し、ノークが「いくよ」と扉を開き始めた。




