表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術学院マイナーデ  作者: 宣芳まゆり
魔術学院
99/104

16-2

ベッドの中,息苦しさに目が覚める.

しかし重い体は言うことを聞かずに,再び眠りに落ちてしまう.

それを何度か繰り返すうちに,金の髪の少年は自分の手を握る者の存在に気づいた.


もの心がつく前までは,それは母の手だったように思える.

この学院に来てからは,優しく暖かな祖母の手.

そして,今は,

「サリナ.」

柔らかくて,小さな手.

「ライム?」

薄茶色の髪の少女は,驚いたようにまたたきをした.

「体,大丈夫?」

少女は,少年をいたわるようにたずねる.

そのまなざしは,祖母や母のように慈愛に満ちていた.


「あぁ…….」

まだふらふらとする頭を抱えて,少年は起き上がる.

部屋の中が薄暗い,もう時刻は夕方だ.

「駄目だよ,寝てなくちゃ.」

ベッドに押し戻そうとする少女の体を抱き寄せて,少年はなんとなく安心した気持ちになる.

「あの,……学院長様が,後は任せて安心して休んでいなさいって,」

軽く胸を押して,少女が離してほしいと意思表示をする.

「お水,飲む? 水差しをもらってこようか?」

「別にいい.」

少女を腕の中に閉じこめて,けれど少年はため息を吐いた.


自分で自分が情けない.

あんな簡単なワナに,はまってしまうとは.


しかも麻薬のせいとは言え,大切な少女を裏切ってしまうところだった.

「サリナ,ごめんな.」

そっとささやくと,少女はふしぎそうに少年の顔をのぞきこんでくる.

「何が?」

「……いや,何でもない.」

こつんと額と額をぶつけて,少年はくすっとほほえんだ.


少女があんな風に笑うはずがないのに.

少女はいつも瞳に暖かな光をたたえて,こぼれるように笑うのだ.


「しまった! 見失った!」

夕暮れの中庭で,男はいらだたしげに校舎の壁をたたく.

アデル王子を追いかけていた,ダグラス教官である.

「土の器よ,人の子の叡知よ,」

ダグラスのすぐ隣で,同僚のトゥールが失せ人探しの魔法の呪文を唱え始める.


アデル王子は,想像以上の武術の使い手だった.

戦い,わざと逃がし追いかけて,再び戦ってはまた逃がす.

そのようにして学院の外へ誘導するつもりだったのだが,なかなかうまくいかない.

殺せという命令ならば簡単に実行できただろうが,彼らは王子を逃がしたいのだ.


「ダグラス様! 王子は校舎の方にはいません!」

イースト家の使用人の男が,息を切らせながらやってくる.

アデル王子との追いかけっこに,イースト家の使用人たちも参加しているのだ.

「分かった,ありがとう.」

ダグラスはねぎらいの言葉をかけ,次は寄宿舎方面の捜索を頼む.

「見つけたら,すぐに笛を吹いて知らせてくれ!」

使用人たちでは,アデル王子の足どめにさえならない.

たった十六歳の少年とは思えない戦闘力,ほぼ単身でマイナーデ学院に乗りこんできただけはある.


「エイダ王女は学院の外に部下たちと隠れています,しかしアデル王子はまだ学院の中に……,」

召使たちの報告に,学院長のコウスイは立ち上がった.

「私も捜索に加わろう.」

孫の部屋で,のんびりと事態の推移を見守っている場合ではない.

万が一,図書室などに忍びこまれて魔術書や事典を盗まれたら一大事だ.

「私も戦います.」

もう一人の初老の男も立ち上がる.

マイナーデ学院の教官ラティンである.

「手伝います.」

すぐに部屋を出て行こうとする老人二人を,薄水色の髪の青年スーズが追いかける.

「お気をつけて……,」

ルッカが声をかけると青年だけが振り返り,にこりと優しい笑顔を見せた.


王子一人に,ここまで難儀するとは考えてもいなかった.

本来の策では,ライムが彼らを学院の外まで案内する予定だったのだが…….


「アデル,早く来て……,」

マイナーデ学院の外門の外,南から差し迫る森の縁に少女は従者たちとともに隠れていた.

学院の南には深い森が広がっており,その森の中に馬車と馬を隠している.

後は双子の弟さえ来れば,すぐに逃げられる.

少女は,どうしても違和感がぬぐい切れなかった.

弟はライゼリートの声を聞いたというが,ライゼリートは麻薬に侵されていたはずだ.

お茶を一口しか飲んでいなかったとしても,回復が早すぎないか.

それとも,ライゼリートも麻薬には慣れているのだろうか.

いや,そんなことよりも,魔法による国境越えなど正気のさたとは思えない.


「嫌な感じがするの.」

弟は確かに頭がいいが,その分,何が基本的なことを見落としてはいないだろうか?

「アデル……,」

闇が濃くなっていく森の中,少女の不安に答えてくれる者はいない.

いつもそばにいてくれる双子の弟はまだ,学院の中にいる.

そう,エイダには分かる.

アデルは今,男子寄宿舎の中だ.


闇にほのかに光る,少年の金の髪.

自分のひざの上で眠る少年の頭をなでながら,サリナはただ恋人の寝顔を見つめていた.

顔色もだいぶよくなったし,寝息が乱れることもなくなった.

この調子でいくと,明日の朝には全快しているだろう.

少年の額にそっとキスをすると,コンコンと静かにドアをノックする音がする.

誰だろう? 少女はなんら疑問に思うところなく立ち上がった.

きちんと布団を少年の体にかけてから,ドアの方へ向かう.


ドアを開くと,真っ青な顔をしたルッカと目が合った.

「え?」

「騒ぐな.」

少女は,ひゅうと息をのむ.

見知らぬ少年が,ルッカの首筋に真剣の刃を当てていた…….

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ