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魔術学院マイナーデ  作者: 宣芳まゆり
狂気の魔女
9/104

2-2

魔術学院マイナーデのあるシグニア王国北西地方は,古くからの名門イースト家の領地である.

このイースト家は近年,没落の一途をたどっていたのだが,コウスイ・イーストという名の男が,魔術学院の学院長に就任したことから運が向き始める.

コウスイの一人娘であるリーリアが,シグニア王国第一王子に見初められたのだ.

当時,リーリアは十六歳,リフィール王子は二十七歳であった.


繊細で神経質な少女であるリーリアは,十一歳年上の王子からの求愛に喜びよりも怖れを抱いた.

王子は気の多い男であり,すでに三人の妻を持っていたからである.

父であるコウスイとその妻はそんな娘をふびんに思い,王子からの結婚の申し出を固辞した.

しかし権力を求める親族たちによって,少女は強引に王都へと連れ去られてしまったのだ…….


「これはイースト家の魔女の赤札です.」

母親の生家の名に,少年は少しだけ動揺する.

金の髪の少年の隣では,薄茶色の髪の少女が心配そうなまなざしを向けていた.

「森のはずれの屋敷に,一人で住んでいる不気味な女貴族で,」

街の住民たちは口々に,少年に対して説明をする.

「魔力の強い娘に赤札をつけて,さらって行くのです.」

むしろこの際だから,不平不満をすべて言ってしまえといった乗りだ.

「ハンの家の娘が,ついさきほど札をつけられて,」

地面にひれ伏している男が,真っ青な顔で少年をすがるように見つめる.

「連れさらわれた娘はけっして帰ってはこないと,この近隣の街では,」

男の体がびくっと震え,ついでかたかたと小刻みに震えだした.


「マイナーデ学院の生徒様なら,あの魔女に狙われて当然だと,」

彼らには,ライムもサリナも貴族の子どもに見える.

「分かった,」

金の髪の少年はため息とともにうなずいた.

つまり森の中ですれちがった馬車にその魔女とやらが乗っていて,サリナに目をつけたということだ.

「赤い札ののろいを解くから,家へと案内してくれ.」

「い,いいのですか!?」

すると娘を助けてくれと懇願していたはずの男が,驚いた声を上げる.


見るからに高貴の出らしい少年は,むっと怒った顔になる.

「いいも悪いもないから,さっさと案内してくれ.」

「あ,ありがとうございます…….」

いまだ信じられない風情で,男は少年を見つめ返した.

貴族である少年が,平民である自分の頼みを聞こうとは……!

この少年はよほどの変わり者であるらしい.


「で,では,こちらに……,」

男は立ち上がり,遠慮がちに少年を促す.

少年は少女と連れ立って歩こうとした,とたんに,

「こいつに触るな!」

少年は少女を抱きしめて叫ぶ.

バン! バンバンバン!

爆発音とともに,少年と少女のまわりの大気が破裂する.

三度,少女の背に張りつこうとした赤札が爆発したのだ.

少年のまわりにいた街の住民たちは,少年の突然すぎる魔法に腰を抜かした.


「殿,……ライム様,なんて乱暴なのろいの解き方なんですか?」

すると,一人の青年がやってきて言う.

薄水色の髪の青年,宿を探しに行っていたスーズである.

「仕方がないだろ!」

赤札が再び少女の背につくのを見た瞬間,少年は思わず魔法を放ってしまったのだ.

腰を抜かして目を丸くする街の住民たち,少年の腕の中では守りたい対象であるはずの少女が目をまわしていた…….


「消えた……?」

薄暗い部屋の中で,女はほっそりとした指であごをつまんだ.

何者かによって,完璧なはずの彼女の魔法が解かれたのだ.

街から屋敷へ帰る途中に見つけた薄茶色の髪の少女.

平凡などこにでもいるような少女の外見をしていながら,非凡な魔力を隠し持つ.


女はぎりっと唇をかんだ.

ほしい,なんとしてでも…….

強大な魔力を持つ,あの少女の体が…….


イースト家は,そのおこりから魔力の強い一族ということで有名であった.

シグニア王国の中では,王家や魔法剣の使い手であるアーク家についで大きな魔力を持つといわれている.

そしてイースト家に生を受けた女性には,あるいわれがつく.

すなわち強大な魔力によって狂い,ついには身をほろぼすというものだ.


その中にあって,この女にはなぜか魔力が少なかった.

一般的に魔力の大小は血筋によるが,そこまで厳密なものではない.

女は自分の魔力の小ささを喜ぶべきだろう.

だが,なぜか女にはそれがくやしかった.

平凡なためにまわりからの関心を得られずに,本宅から離れた小さな屋敷にひとりこもっていても,誰からも何も言われない.


もっと強い魔力さえあれば……! それは女の望む狂人のゆがんだ情念だった.


本来,魔法の解除には細心の注意がいる.

街の中心の広場に魔方陣を描く少年の姿を,サリナはむっとしてにらんだ.

いまだに鼓膜がじんじんとする,少女は耳をつまんでごくっとつばを飲みこむ.

対する少年は,赤札をつけられた少女,話にあったハンの家の娘を陣の中心にすえ,せっせと魔方陣を作りあげてゆく.


私のときは呪文さえもない力任せの魔法だったのに.

しかも少年がのろいをかけられた娘に対して,術の説明をしたりするたびに彼女のほおが赤く染まる.

娘にとっては,ライムはまさに降ってわいた救いの王子様なのだ.

しかもなかなかに見目のいい,……そんな娘の気持ちが分かっていても,サリナの機嫌はますます悪くなるのであった.


だいたいこの少年ときたら,「好きだ.」と言ってくれたわりには,まったく少女に対して態度が変わらない.

身分ちがいなのは分かっている,少年との未来を望んでいるわけではない.

けれど何か多少なりとも恋人らしいことが,ほんのちょっとぐらい思い出を作ってくれてもいいのではないかと少女は思ってしまう.


「サリナ?」

金の髪の少年は,少女がぶすっとすねた顔をしていることに気づいた.

「なに,変な顔をしているんだ?」

「してないもん!」

ぷいっとそっぽむく少女に,少年は意味が分からず首をかしげた.


「サリナ,スーズ,補助を頼む.」

なぜか怒っているらしい少女のことは無視して,少年は気持ちを解除魔術の方へと集中させる.

魔法の発現には,精神統一が不可欠である.

特に扱う魔力が巨大になればなるほど,魔力が暴走する危険性が増す.


「われ,大地の精霊にこいねがう,」

決められた言葉を口にした瞬間から,魔法は始まる.

自身の身のうちからあふれ出してくる力,それだけならば制御するのにたやすい.

「かの娘にかけられた,けがれをはらい,」

少年はうっと言葉に詰まった,スーズとサリナの魔力が加わったからだ.


底の見えない少女の魔力,少年はぞっとして少女の顔を盗み見た.

「……浄化の光を与えたまえ,」

ただライムの魔法に同調し意識を合わせているだけなのに,これほどまでの魔力が発散されるとは……!

けれど,

「侵されぬ契約は今,果たされる!」

必ず,操ってみせる!


のろいのかけられた娘に,どぉと光の洪水が降り注ぐ.

予想以上の光量に,術を放った少年でさえ目を覆う.

街の住民たちは,すさまじい威力の魔法に「さすがはマイナーデ学院様の生徒様だ.」と意味のわからない過剰敬語で感嘆するばかりだ.


光が収まると,あまりの光にぼう然とした態の娘だけが残される.

のろいなどみじんも残ってはいない.

金の髪の少年はほっと息を吐いて,サリナの方に顔を向ける.

すると少女はなんともなく,

「大成功だね,ライムお,……ライム.」

にこっとほほえんだ.


怖いな…….

少年はあいまいにほほえみ返しながら思う.

いつもいつも少年には,少女の魔力が恐ろしい.

なのに,少女はまったくそれを自覚していないのだ…….

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