14-2
シグニア王国が魔術大国と呼ばれるのには,理由がある.
ひとつ,生まれながらに強大な魔力を持つ人間が多いこと.
「だから母さん,学院には近づくなよ.」
まじめな息子の顔に,リーリアはくすくすとほほえんだ.
「心配しすぎよ,ライゼリート.」
しかし強大な魔力を持つ人間ならば,どこの国にも存在する.
ふたつ,魔術の研究が盛んであること.
「私は,マイナーデ学院の生徒じゃないのだから.」
シグニア王国の高等魔術は,シグニア王国の魔術師にしか扱えない.
広くて深い魔法の知識,それに加えてけっして表には見せないコツみたいなものがあるのだ.
「ライゼリートの方が何倍も危ないわ.成績がいいのでしょ?」
魔法に関しては,シグニア王国は他国の追随を許さない.
それだけの研究の歴史がある.
そしてその最高峰が,マイナーデ学院である.
「俺は大丈夫だ,……俺のことよりも,」
シグニア王国が魔術大国でありえるだけの力は,そこにある.
「……サリナの方が心配だ.」
よって特権階級の王侯貴族のみが,入学を許されていたのだ.
今は下級貴族や平民の入学も認められるが,外国人の入学はけっして許可されないであろう.
最後にみっつ.
これはまったくの迷信であるのだが,シグニア王国には古来よりの魔法の伝道書が存在するという.
しかも究極魔術だの最終奥義だの,かなり笑える名前で呼ばれているとかいないとか…….
「サリナ様.」
馬車の中で着替えていると,深刻な顔つきでルッカが声をかけてきた.
「何ですか? ルッカさん.」
下着姿のままで,少女は振り返る.
「ライゼリート殿下とお二人でお出かけになるのは,やめた方がよろしいと思います.」
「え?」
少女はぎくりと顔をこわばらせた.
「お出かけって,……ちょっと魔法の練習に付き合ってもらっているだけです.」
言いわけの言葉を,しどろもどろつむぐ.
少女を見つめるルッカの表情は,険しいままだ.
「では,はっきりと申し上げます.」
「禁じられた恋の罪は,女性だけが負うのですよ.」
心臓が,どくんと鳴った.
「近親婚はこの国では禁じられています,ましてやサリナ様は王族でしょう?」
魔力の大小は,本人の努力よりも血筋によって決まる.
そのため,過去には近親婚が盛んに行われていたのだが…….
「ご,誤解です,ルッカさん.」
震える声で,少女は反論を開始する.
「ライムは,……私の弟で,マイナーデ学院の同級生,友だちです.」
何代にもわたって近親婚を繰り返した結果,魔力の強い家系,特に王家はすっかりと血が弱くなってしまった.
魔力が強いどころか,まったく魔力のない子どもが生まれたり,目の見えない子どもが生まれたりした.
流産の率も高くなり,以来,シグニア王国では近親婚をかたく禁じているのだ.
特に王族,貴族によるものを…….
「だから,魔法の練習に付き合って,」
「ごまかさないでください,サリナ様.」
ルッカは,ぴしゃりと言い放つ.
「あなたとライゼリート殿下を見れば分かります.」
サリナは簡単に言葉に詰まってしまう.
もともとうそが上手な性格ではない,今だって本当のことを打ち明けてしまいたいくらいだ.
……けれど金の髪の少年の出生について,やすやすと誰かに話すわけにはいかない.
もしもルッカに話すとしても,ライムに相談してからでないといけない.
「ルッカさん……,」
少女が言葉を探していると,ルッカは少女の肩に上着をかぶせてやった.
「かぜをひきますよ,サリナ様.」
「ルッカさん,私,」
姉のように優しくほほえむ女性に,少女は抱きつくようにして言い返す.
「ライムのことが好きなんです,たとえ姉弟であったとしてもあきらめられないんです!」
その瞬間,ルッカの瞳に浮かんだ同情的な光.
少女は打ちのめされたように,立ちすくんだ.
「サリナ様,突然,恋人が弟だったと知らされたあなたの気持ちは分かります.」
ちがうと叫びたくなるのを,少女は唇を引き結んでこらえる.
「けれど,……どうか分かってください.」
マイナーデ学院に帰れば,事情を知らない者すべてがルッカと同じ目で少女を見つめるのだろう.
「もしもお子ができていたら,どうなさるおつもりだったのですか?」
「え?」
聞き返してから,少女ははっと気づいて顔を真っ赤にさせた.
「な,ななななんで,知って……?」
誰にもばれないように,ふるまっていたというのに.
「サリナ様,ちゃんと掃除をなさったみたいですが,」
ルッカは少女のくせのある髪に手を入れた.
「ベッドのそばに髪が落ちていました,短いくせのない金色の……,」
少女のものではありえない髪が…….
ルッカは,みずからの仕える少女の長い髪の一房を取った.
少女の顔は,羞恥のために赤く染め上がっている.
無垢な瞳で,幼いとさえ感じる体で,彼女は男性を知っている.
「サリナ様,禁じられた恋の罪は女性だけが負うのですよ.」
もう一度,ルッカは少女に言い含めた.
「父親のない子を産むつもりですか?」
子どものように,サリナは首をぶんぶんと振る.
「……月のものは?」
ひそやかな問いかけに,消え入りそうな声で少女は返事をする.
「まだ,……でも,特に遅れているわけじゃ,……ないから,」
少女の瞳がかすかにうるんで,自分たちの考えなしの行為の代償におびえていた.
「もう二度と,ライゼリート殿下とはお二人にならないように.」
しかし少女は再び首を振って,否定の意を示す.
「こっ,こうゆうことは,しないようにします!」
かたかたと震える肩で,紅潮したほおで少女は叫んだ.
「だから……,」
すがるように見つめられて,ルッカは少女の冷たくなった体を抱きしめる.
「私は,あなたを心配しているのです.」
頑固な少女に,言葉の調子が少しだけきつくなってしまう.
少女は力なく「ごめんなさい.」とだけ答えた…….




