13-1
新国王就任の報に,王都の住民たちはわが耳を疑った.
「し,信じられん……,」
「本当にイスカ殿下が……?」
期待はしていた,しかし無理だろうとあきらめていた.
もしも可能だとしても,王宮でさんざんもめるだろうと.
時代は彼らの認識以上に,動いているのだ.
「明日,戴冠式…….」
ぼう然としたつぶやきに,あたりがわっとわき返る.
「すごいぞ!」
「ばんざぁい!」
王都中央の広場に,歓喜の叫び声が響き渡る.
民衆の反応の大きさに,報道を行った兵士たちは震えた.
今,彼らは歴史的な瞬間に立ち会っているのだ.
実感はない,いまだ実感は持てないけれど,
「こ,これからは,俺たちの時代だ.」
一人の兵士が言うと,さらに人々の声が大きくなった.
「イスカ陛下! 明日の戴冠式では着飾ってもらいますからね!」
城のメイドがぷりぷりと怒りながら,赤毛の青年を追いかける.
メイドの持っているふりふりの衣装に,イスカはさらに逃げる足を速めた.
「かんべんしてくれよ,舞台役者じゃあるまいし……,」
廊下をあわただしく,大またで歩く.
「イスカ! 戴冠式と同時に国外にも新国王就任の報を出すぞ!」
どこかへ急ごうとする青年を追いかけるのは,一人のメイドだけではない.
マイナーデ学院での彼の同級生やら城の従官やら若手の政務官やら,せわしない.
「文面は任せた! 堅苦しい文章は苦手だ!」
「俺だって嫌いだ! 貴様,戴冠式前から仕事をサボる気か!?」
元学友同士の気さくな言い争いに,どっとまわりも笑い出す.
新国王就任の準備と新しい体制作りに,城は活気づいていた.
おもしろいことに,若いもの,身分の低いものばかりが元気で,としかさのもの,身分の高いものは置いてけぼりをくらった気分だ.
これではいけないと,大臣ダガはあわてて新国王を追いかける.
ぼやぼやしていると一気に世代交代が進んで,老人たちは完璧においていかれてしまう.
「国王陛下!」
ダガが呼びかけると,赤毛の青年はいたずら小僧のようにほほえんで,
「形式と格式は任せる.」
と,国外への国王就任のあいさつ文作成を押しつけた.
イスファスカの王位継承,もはやこれこそが世代交代だったのだ.
……形式と格式は任せる.
身分ばかりを重宝していた老人たちには,形式と格式しか与えないということだ.
とある部屋の前まで行くと,イスカは振り返って,
「悪い! 一人にしてくれ!」
と友人たちを拝みだした.
「はぁ!? 何を言ってるんだよ!」
「イスカのせいでいそがしいのに,」
「そこを何とか頼む!」
軽く押し問答をしていると,部屋の扉が内側から開く.
「イスカ?」
ひょっこりと顔を出したのは,亜麻色の長い髪の女性だ.
気の強そうなつり目の瞳に,分厚いめがねをかけている.
「キーリ!?」
友人たちが驚く前で,
「遅い! 城まで呼び出したくせに,いつまで待たせるのよ!」
いきなりキーリは,赤毛の青年のほおをぶったたいた.
「すまん,これでも急いだんだ!」
「言いわけ無用!」
謝る青年のほおをぐいぐいとひっぱってから,キーリは自分たちを囲む人々の多さにぎょっとする.
「何? 何ごとなの?」
キーリ・ハイネス,下級貴族の娘でイスカの元同級生である.
同じく元同級生である王国騎士カイゼが,説明をしてやる.
「キーリ.イスファスカ陛下,だ.」
「陛下ぁ!?」
キーリはすっとんきょうな声を上げてしまう.
イスカは,自分の両ほおをつねる彼女の小さな手をつかまえた.
「キーリ,今日は大事な話があって……,」
言いづらそうな青年に,周囲の元同級生仲間はすぐにぴんとくる.
マイナーデ学院では有名だったのだ,この二人の友だち以上恋人未満の微妙な関係は.
友人たちが気をきかせて人払いをしてくれたのを確認した後で,赤毛の青年はしどろもどろ求婚の言葉を口にした…….
「イスカ先輩,国王陛下になるんだね.」
ライムの自室へ通されてやっと,サリナは無邪気にうれしそうな顔になった.
ラルファードやイリーナや貴族たちの手前,露骨に喜ぶことができなかったのである.
「すごいね.イスカ先輩,すっごくかっこよかった.」
イスカの王位継承を一番望んでいたのは,サリナたち,マイナーデ学院でのイスカの後輩たちかもしれない.
第一王子のラルファードが影の薄い生徒であったのに対して,イスカはどこまでも目立つ存在だった.
低学年では,イスカが第一王子だと勘違いをする生徒もいたほどである.
ちなみにサリナも,勘違いをしていたうちの一人だったのだが,
「明日が戴冠式だね.イスカ先輩の晴れ舞台が見られるなんて,」
うれしいと言葉を続けようとすると,少女は唐突に少年に唇をふさがれた.
長い口づけは,息苦しくなるほどに.
「ライム……,」
そっと離されたかと思うと,すぐに再び口づけられる.
「あの,」
情熱的な少年に,たやすく少女は流される.
三度目のキスを待っていると,少女は少年に鼻をつままれた.
「リャ,リャイム!?」
真っ赤になって怒ると,少年は楽しげに笑い出す.
「馬鹿,やいていることぐらい察しろよ.」
腕の中に閉じこめられて,少女は耳たぶまで真っ赤にさせた.
「やいてって……?」
少年は,少女の赤い耳たぶに口づける.
心も体も手に入れて,それでももっと自分だけを見てほしいと願う.
恋という名のわがままな感情に,甘く振り回されている.
「私が好きなのは,ライムだけだよ.」
ほおを赤く染め上げる少女が,恥ずかしげにつむぐ言葉.
言葉だけの答えでは満足しきれなくて,
「ライム殿下,コウスイ様からお手紙が来ていますよ.」
ドアの開く音にわれに返って,少年は少女を手放した!
「ス,スーズ!?」
情けないほどにうろたえる少年に対して,従者の青年はあきれたようにため息を吐いた.
「ドアを開けたのが私ではなかったら,どうしていたんですか? 殿下.」
どこからどうみても,ライムが姉であるサリナに言い寄っているようにしか見えない.
「ごめんなさい……!」
あわてて謝る少女に,青年は優しくほほえんだ.
「いいんだよ,サリナ.……悪いのは,」
いささか演技がかった冷ややかな視線で,年下の主君を射抜く.
「こっちのけだもの殿下の方ですからね.」
なんとも言いわけできずに,金の髪の少年は黙って青年から手紙を受け取った.
今朝の朝帰りの件で,少年は青年の信用を一気になくしてしまったようだ.
「王位継承の件が片づいたら殿下に渡すように,城の者が申し付かったらしいのです.」
祖父からの手紙を,少年は黙って開く.
マイナーデ学院学院長コウスイ・イーストの手紙は,孫が無事に城へ帰還し,この手紙を読んでいるだろうことへの喜びの文章から始まっていた.
手紙を読み進めるとともに,少年の顔つきが険しくなってゆく.
「明日の戴冠式が終わったら,すぐにマイナーデ学院へ帰ろう.」
手紙からすっと視線を上げて,少年は青年と少女に向かって言った.
「じいさんが一人で苦労している,……西ハンザ王国の王女と王子が留学させろと学院に押しかけてきているらしい.」




