2-1
森の中の分岐道である.
少女は地図を眺めて,「う~ん.」とうなった.
右に行くべきなのか,左に行くべきなのか.
地図をぐるぐると回して,王都へと続く道を考える.
そして無意味に地図を日の光にすかしてみる.
「分かった! 右だ!」
少女はぽんと手を打った.
「ちがう! 左だ!」
とたんに,隣に立っていた金の髪の少年がどなる.
「なぜ地図を見ているくせに間違うんだ!?」
深い緑の瞳は森の色をしているのだが,穏やかな森の木々に少年の心は同調していないらしい.
「サリナ,今,自分たちがどこにいるのか,分かるかい?」
少女をフォローするように,背の高い青年が口を挟む.
兄妹のような年の差の青年だ.
「ここ,……ですよね?」
自信なさげに少女は,地図のある一点を指さした.
「ちがう,ここだ!」
すると少年が少女の手を強引につかんで,地図の上を移動させる.
「そしてマイナーデ学院がここで,王都はここ!」
繊細そうにみえて実はごつごつとしている手に,少女の心臓はおもしろいぐらいに鳴った.
「ちなみにサリナの故郷のケイキ村は,」
ふと少年は,少女が地図を見ずにうつむいていることに気づいた.
「サリナ,聞いているのか!?」
「ごめん,聞いてない!」
はじかれたように,少女は真っ赤な顔を上げる.
「王子が手を離してくれないと無理!」
すると少年少女の会話を横で聞いていた青年がぶっと吹き出す.
「スーズ!」
少女と同じく顔を赤くして少年が怒るのだが,まったく迫力はない.
青年は遠慮なく,腹を抱えて笑い出した.
少女たちが学院を出発してから,十日以上が経過していた.
旅慣れない少女は地図の見方から火のおこし方まで,少年たちに教わりながら旅を続けていた.
最初のころは足手まといにならないようにとずいぶん気を張っていたサリナだが,つい二日前にライムが朝寝坊をしたことがきっかけになって,今ではだいぶ気がゆるんでしまっている.
まさか自分が気を使わなくてよくなるように,少年はわざと寝坊したのではなかろうか?
少女が青年にたずねると,主君に対して歯に衣着せない青年は笑いをかみ殺して答えた.
「それはちがうよ,サリナ.」
金の髪の少年のことを買いかぶる少女に対して教える.
「ライム殿下はなかなか寝つけなくて寝坊しただけさ.」
夜は野宿である,野宿となると当然だが,一番弱い存在である少女を守るべく,少女を挟んでライムとスーズは眠る.
そうすると隣で無防備に眠る少女が気になって,少年は眠れなくなってしまうのだ.
「今夜は街の宿に泊る予定だし,殿下もぐっすりと眠れると思うよ.」
「ふ~ん,」
少女は興味深げにうなずいた.
枕が変わると眠れなくなるとは少年の心は繊細なのだな,と勘違いをしながら.
しゃべりながらゆっくりと歩くサリナとスーズに対して,金の髪の少年は一人で先に先にと進む.
少年の揺れる金の髪を,少女はうらやましげに眺めた.
さらさらと流れるような金の髪,自分のごわごわとしたくせ毛とは大ちがいだ.
少女は髪も瞳も父親似である,故郷の村では誰もがそう言う.
つと,少年が振り向いた.
母親似だという繊細な顔だち,涼しげな目もとに少女はどきっとする.
「馬車が来る.」
がらがらがらと稲妻のような音がして,少女たちはあわてて道の端に寄る.
六頭引きの大きな馬車である,しかもこんなせまい道なのにものすごいスピードで走ってくる.
「道から出ましょう,」
青年の言葉に,少年は立ちすくむ少女を抱き寄せて木立の中へと入った.
目の前で馬車が通り過ぎる瞬間の大きな音に,少女は耳をふさぐ.
飾り立てられた馬車,乗っているのはこの付近に住む貴族にちがいない.
御者の男が馬に振るうムチの迫力に,少女はびくっと震えた.
馬車が通り過ぎても,少年たちはしばらくの間,馬車の立てた砂ぼこりのせいでむせていた.
「なんだ,あれは? 迷惑だな.」
ごほごほとむせながら,少年は言う.
「街の方から来ましたね?」
ふと青年は,少女の背中に何かがついていることに気づいた.
「サリナ? 背中に,」
すると少年がさっとそれをはがす.
長方形の赤い紙の札だ,まるで目印か何かのように少女の背に張りついていた.
「何,これ?」
少女は目を丸くする.
「知らん,」
少年はそっけなく答えて,簡単な魔法で札を燃やした.
底意地の悪い悪意のような魔力を感じる.
嫌な感じだ,少年は一人でまゆをひそめた…….
昼下がり,少年たちは小さな街に着いた.
スーズはすぐに宿を探しに行き,ライムとサリナは食料を買い足しに行く.
もちろん,ライムが王族であることは伏せて,である.
三人はともに,旅の商人の扮装をしていた.
街を歩きながら,少女はもの珍しそうにきょろきょろと首を動かす.
学院を出てからずっと森の中を旅していたので,ひさびさに自分たち以外の人間を見る.
しかもサリナはマイナーデ学院に入学してからは,学院の外に出るのはこれが初めてだ.
しかし,そんなことより……,
少女はふふっとご機嫌な笑みを浮かべる.
二人でこうして歩いていると,まるでデートしているみたいだ.
どこの雑貨店に入ろうかと,うろうろとしていると,
「うわっ!?」
すれちがった男が,いきなり驚いた声を上げる.
「え?」
少女は何ごとかと,男の顔を見返す.
対する少年はすぐに気づいて,少女の背にいつの間にか張りついた赤い札をはがした.
「聖なる炎よ,災厄をうちはらえ!」
ぼっと大きな炎が上がる,少年の派手な魔法に街の住民たちは皆,少年の方に顔を向ける.
「なんて魔法だ……,」
「まさか,マイナーデ学院の生徒か……?」
魔法はそんなにもたやすく誰もが使えるものではない,ある程度の知識や教養が必要なのだ.
少年は最初に驚いた声を出した男に向かってたずねる.
「確かに俺はマイナーデ学院の生徒だ,この赤い札が何か知っていたら教えてくれ.」
街の住民たちは,どよっとざわめいた.
魔術学院マイナーデの生徒といえば当然,貴族である.
しかもただの貴族ではない,高等魔術を操り,王族を学友に持つこの王国の将来のエリートたちだ.
「もしもあなたが真実,マイナーデ学院の生徒様ならお願いがございます!」
少年と少女を囲む群衆の中から,一人の男が転がり出る.
男の必死の形相に,少年は何ごとかと身構えた.
「俺の娘を,……娘を助けてください!」
地面にはいつくばるようにして頭を下げる男に,少年と少女は顔を見合わせた.